十二
『『…』』
二人の間に会話は無く、激しい雨が打ち付ける音と、時折落とされる雷鳴だけが響いている。
不知火はナマエを抱えたまま身体を動かして壁に寄り掛かった。
腕の中の彼女の震えはいつの間にか止まっていたが、それでも特別大きい雷が落ちるとびくりと身体を跳ね上げた。
本当に雷駄目なんだな。
ナマエが怖がる度に布団の上から彼女の背を弱く叩いてやり、安心させようと努めた。
どんな災難でも気持ち良く笑い飛ばす程の気概を持った、いつものナマエの姿は今は無い。
自分の胸に顔を埋めてしがみつく彼女に対し、不知火は愛情の様な庇護欲の様な感情を覚えた。
愛おしいとは、こういうことかと思った。
始めはただ恐怖に慄(おのの)くばかりであったナマエに、少しずつ違う事を考える心の余裕が生まれた。
自分が握り締めているのは、父の形見の浴衣。
鼻に届く懐かしい匂いは父のもの。
しかし、それを纏っているのは不知火であり、自分が今頬を寄せているのもまた、不知火である。
なんて事をしてしまったのか、と今更ながらナマエは思った。
そう思うと妙に緊張してしまい、身体が動かなくなる。
その時、またも大きな雷鳴が響いた。
『!』
ナマエが驚愕のあまり身体を震わせると、布団の向こうから不知火があやす様に背を叩いてきた。
大丈夫、怖くない、と言われている思いがした。
背から伝わる柔らかい振動に誘われるように、身体の強張りを解き、息を深く吐き出す。
目を閉じると、不知火の心音と体温が伝わって来た。
この方は今、私の身体を抱き締めて下さっている、とナマエは此処で初めて理解した。
他者の腕の中に納まるなど、両親以外では初めての事。
意識をすると物凄く居た堪れなくなるが、同時に心地良さも覚えていた。
会話が無い分、頭の中がよく働く。
矛盾する二つの思いを抱えたまま、ナマエは様々な事を深く考え込んだ。
半刻程経つと、段々と雨音が遠のいて行き、終いには雷雨が嘘の様に止んでしまった。
『…止んだみてぇだな』
不知火がそう呟くと、ナマエがゆっくりと頭を擡(もた)げ、縁側の方へ顔を向けた。
雨戸の隙間から微かに日が差し込んでいるのが見える。
ナマエの表情から恐れが消えた事が見て取れ、もう大丈夫だろうと、不知火は身体を離そうとした。
『待って』
気付いたナマエは、咄嗟に不知火の腰元を掴んで離れるのを阻んだ。
不知火は目を丸くした。
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