九
『何って、言葉通りだよ』
しれっとした顔の不知火と、落ち着きを無くしたナマエ。
二人は実に対照的であった。
『そ、そんな、昨日今日会った様な相手に向かって軽々しく言う事では無いでしょう!?』
『軽々しくなんて言ってねぇよ。
それに、人物を見るのに必要なのは期間じゃねぇ、接した内容だ』
笑みを消し、不知火は真剣な顔つきでナマエを見た。
『俺の“此処”が、お前を“良い女”だと定めた。
嘘偽りの無い、根っからの気持ちだ』
親指を立てて自らの胸に当てる彼を見て、ナマエの心はかなり揺らいだ。
自信に満ち溢れ、人を決して肩書きや立場などの尺度で計らない。
こんなに魅力的な男鬼、惹かれないはずが無いのだ。
だがナマエは迷った。
不知火に惹かれる気持ちは、心の底からの、誠の物だろうか。
もしかしたら、長い事他者との接触が無かった為、親しく会話が出来るという所で、気持ちが浮ついているだけではなかろうか。
“好き”と言われて、嬉しくなっているだけではないだろうか。
幼少期をまともに過ごせず、また、恋の一つもした事がないナマエには、無理からぬ迷いであった。
『…お返事は、』
力なく目を伏せていたナマエを凪いだ心で眺めていた不知火は、彼女の口から何かが呟かれたのを聞いた。
聞き返すと、ナマエは落とした鎌を拾い上げて彼を見た。
『やはりすぐのお返事は出来ません。
私にも気持ちというものがありますから、嫁になれと言われて、はい解りました、という訳にはいきませんもの』
ナマエは妥当な返答だと思ったのだが、不知火にはそうではなかったらしく、彼は嬉しそうに笑った。
『断らねぇ所を見ると、少なからずお前にもその気持ちがあるっつー事だな』
『!』
不知火の指摘は正しい。
ナマエが迷うのは、彼を好意的に想う気持ちが大部分を占めているからだ。
『返事は何時だって構わねぇぜ?
時間を掛けたら掛けた分、俺に惚れさせる自信があるからよ』
何とも凄い発言に面食らうが、怯まずにナマエが言い返す。
『そんなの解らないでしょう?
私の気持ちは、私のものなんですから』
耳まで真っ赤にしてそのように言ってもただ可愛らしいだけなのだが、不知火はそこには触れず、彼女の言葉に乗ってやった。
『いーや、解るさ』
『何がです』
少しむっとしてナマエが見つめる。
不知火は、だってよ、と言うと、
『…俺は、一度狙った獲物は絶対に逃さねえから』
と、指で銃の形を作り、ナマエに向けて打ち抜くふりをした。
その仕草に、ナマエの胸は確実に貫かれた。
ここまでされると却って清々しく、ナマエはついに笑い出した。
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