『少し、私の話でもしましょうか』

鍋をかき混ぜながらナマエがそんな事を言った。
挙動が幾らかおかしくなった不知火の事が気にかかり、混血であると言った自分の事を怪しんでいるのでは、と考えたのだ。

此処は村の外れ。
集落から大きく離れたこのような所で、若い女鬼が一人で暮らしているなど、普通では有り得ない事なのだ。

ナマエがそのように考えているなどとは、当然不知火には解らない。
少なからずナマエに興味を持っていた彼は、聞かせてくれ、とだけ答えた。



暫く前に、ミョウジ家の女鬼が里を抜け出して人間の男と駆け落ちをした。
ミョウジ家はそれなりに名のある家柄で、里の中でちょっとした話題になった事があったのだ。

相手の男は老舗の呉服屋の若旦那。
最初は駆け落ちをして何処かで暮らすつもりでいたのだが、呉服屋を営む家の人間は、大事な後継ぎを失うくらいならと、女鬼が家に入る事を許したのだという。

『…しかし母は父以外には鬼である事を伏せていた為、素姓の知れない怪しい娘、何処ぞの馬の骨だと、父の家の人間から相当嫌われていたみたいでした』

ナマエはよく煮えた鍋を椀に装って不知火に差し出した。
味噌仕立ての野菜の鍋料理だ。

周囲から如何に言われようと、それでも二人は愛を貫き、やがてナマエが生まれた。
生まれた子が後継ぎとなる事が出来る男であったなら、女鬼に対する態度がまた違ったのかもしれないが、残念な事に生まれたのは女。
役立たず、穀潰しなどと、散々酷い言葉を言われ続けた。

『それから後、母は何とかして男子を授かろうと尽力しましたが、ついに子すら出来ず、私が十になる前に、父は流行病で亡くなりました』

男が死去し、いよいよ女鬼に対する当たりはきつくなった。
両親は特に激しく怒り狂い、
お前があの子を殺したのだ、この疫病神め、お前が代わりに死ねば良かったのに、
などと口汚く罵り、ついには女鬼を家から追い出した。

下界に縁者の無い女鬼は、愛しい我が子であるナマエを死なせてはなるまいと、罰を覚悟で不知火の里に戻った。
方々に頭を下げて回り、再び里に住む許しを得た女鬼は、この場所に居を構えてナマエと二人で倹しく暮らした。

『その母も長年の心労が祟ったのか、一昨年亡くなりました。
今は私が一人でこの家に住んでいます』

涙も浮かべず淡々と語るナマエに対し、純粋に哀れむ気持ちが不知火の胸の内に湧いた。

『お前、凄ぇ苦労してんだな…。
今までかなり辛かったんじゃねえの?』

労りの思いを込めてそのように声を掛けると、ナマエは満面の笑みで威勢良く、いいえ!と答えた。

『母も私も笑っちゃう位に前向きでしたから、どんなに辛くても、何だかんだで毎日楽しく過ごしていました』

ナマエには強がりや虚勢を張っている気配が全くなく、真実を口にしているのだと伺えた。

なんて奴だ。

不知火は驚きのあまり呆然としたが、やがて肩を震わせ始め、ついに大きな声を上げて豪快に笑い出した。

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