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「…お前なに考えてんの?」
「…なにって…え?」
「俺は、具体的につきあうって何すればいいのって聞いただけだろ」
「だから、なにって…ナニでしょ?」
「お前の頭の中そればっかりか。中学生男子か」
「失礼な!二割くらいはちゃんとしたこと考えてるよ!」
「八割はエロか」
「エロじゃないよ!三上のことだよ!」
「つまり俺とやることばっか考えてんだな」
「ば、ばっかりじゃないよ!ちゃんと、他にも、ちゃんとしたこと…」
ごにょごにょと口ごもる。
三上とそういうことができるなんて、お伽話くらい現実味がなくて、けれど妄想だけならいいだろうと考えていただけで。
それもつきあう前の話しで。
今は多少現実味が帯びてきて、妄想でもそんなこと考えられない。
一生懸命訴えても、以前が以前なだけに信じてもらえないだろうが。
「って、なんでこんな話ししてんの!本当にからかうのやめてって!」
「お前が勝手に勘違いしたんだろうが」
「だってあんな風に言われると…」
きっと潤のせいだ。手っ取り早くやることやってしまえばいいと言うから。
恥ずかしい。今更恥ずかしがる必要もないが。
こういう男だというのも三上は知っている。変な妄想をしては三上に気味悪がられていた。
隠そうとしても遅い。でも思ってしまう。何故以前の僕はあんなに大胆に三上に迫れたのだろう。
「そんなにやりてえの?」
「や、やるとか、やらないとか…今はそんなこと考えられないし…」
「へえ。やっぱり男とはつきあえないって俺がいつ言うかわかんねえのに?そんな躊躇してる暇お前にあんのか?」
「それは…」
俯いて冷静になった。
三上の言うことは一理ある。つきあっていられるうちにたくさんの思い出がほしい。
もしかしたら明日別れを告げられるのかもしれない。
この部屋を出たら二度と上げてくれないかもしれない。
二人きりになれないかもしれない。
そうしたら、やっぱり気が変わったと言われかねない。
初めては三上がいいと思った。村上に乱暴されたときですら、強く願った。
その三上と自分はそういうことをできる関係にある。
ならば恥ずかしいだの、戸惑うだの言っていないで、押し倒すくらいではないと身体までは手に入らない。
わかっているが行動には移せない。
そんなことをした後に気の迷いとなれば、三上にとって男と寝たのは永遠の黒歴史になってしまう。
ない可能性の方が高いが、彼から手を出してくるまでは自分からは出せない。
もし三上が引き返せるというのなら、引き返した方がいいと思っている。
欲しい欲しいと願ったくせに、手に入りそうになると持ちきれないからと遠ざけたくなる。
「で、でも三上だって実際男とできるかなんてわかんないじゃん」
「まあな」
「女の子とだってやりたいって思わない三上が僕相手に…」
「いや、お前のことだから無理矢理縛ってでも襲うのかと思って」
「そんな変態じゃないよ!」
「変態だろ、十分」
「言い返せないのが辛い!」
言えば、額をぺちんと叩かれた。
「馬鹿だなお前」
「そんな一日に何回も言わなくても…」
ひりひりとする額を撫でた。
三上は立ち上がり、クローゼットからブルゾンを取り出して羽織った。
「飯、なんか買って来る。お前はどうする」
「僕も行くよ」
急いでベッドから降り、財布をポケットにしまった。
コンビニに行く道、三上の半歩後ろをついて歩く。
本当は隣に並びたかったが、まだその距離には慣れていない。
僕の定位置はこの場所で、少し後ろから見る彼の背中が好きだ。
特別背中が大きいわけではないのに、なんだかとても安心する。
我が道を行く彼の後ろをついて歩けば、自分もいつか彼のようになれるのではないかと期待する。
適当な食糧やお菓子を篭に放り投げ、世話になったお礼と言ってはなんだが、支払いをした。
本当はもっとちゃんとお礼をしたいが、僕の財布事情ではとても厳しいし、彼はそんなことをしても喜ばないと思う。
部屋へ戻り向かい合ってご飯を食べる。
ただ、それだけのことなのにもう同じ部屋にはいられないと思うと嬉しいと同時に切なくなる。
一分でも一秒でも長くいたい。鬱陶しいと一蹴されるので口にはしない。
満腹になった腹をさすりながら、風呂にも入った。
後は帰るだけだ。時刻は八時を過ぎたところだ。
甲斐田君はまだ帰宅していない。
彼もまた、神谷先輩と離れがたいのかもしれない。
ソファに座り、ぼんやりとテレビを眺めた。
三上も同じように、ソファに深く座りながらテレビを眺めている。
三上とは会話らしい会話はしていないが、当然のように近くにいられるだけで十分だった。
けれどもうそれにも区切りをつけなければいけない。
嫌だ、嫌だと煩い心を律してテーブルに放り投げていた携帯を握った。
「僕、そろそろ帰るよ」
たったそれだけの言葉なのに、胸が張り裂けそうになった。
永遠の別れではないのに怖ろしくなる。
一人で冷静になったら彼の気が変わるのではないだろうか。
狡猾だが、ずっと傍にいれば情が移ってくれるかもしれないと思った。
ぎゅうぎゅうと痛む胸に蓋をする。なるべく我儘は言わないと決めた。
「ああ。部屋の前まで俺も行く」
「え、いいよ。寮内だし、女の子じゃないんだから」
「女なら一人でも帰れるけどな、お前子どもだろ」
「子どもじゃない!」
「変わんねえよ」
僕の否定の言葉を聞く前に三上は鍵を持ち、立ち上がった。
「行くぞ」
「うん」
後ろ髪を引かれる、というのは彼に期待しても無駄だが、あっさりと離れられると胸の痛みが増してしまう。
好きの度合いが違うのだからしょうがない。
これからもっと、彼が自分にあまり興味がないのだと知らされるはめになるだろう。
一々傷ついていたら身体も心ももたない。
制服や、置いていた荷物を紙袋に詰め込んで、扉の前で待つ三上に駆け寄った。
「お待たせ」
再び無言で歩く彼の後ろをついて歩く。
僕の部屋までは数分でついてしまう。
この廊下がずっと、ずっと永遠に続いていればいいのに。ぼんやりと馬鹿みたいなことを考えた。
部屋の前につき、鍵をさす前に扉に背中を預けて三上を振り返った。
「三上、ありがとう」
「だからなんもしてねえって」
「一緒にいてくれただけで助かったし、全然怖くなかった…。三上のおかげだよ。それで、えっと…」
「…なんだよ」
もじもじとしてしまい、気持ち悪いから背筋を伸ばした。
言いたい言葉は山ほどある。なのに口に出るのはほんの僅かだ。
「…これからも、たまには部屋に行ってもいいかな…。た、たまにでいいんだ!気が向いたときで…」
とても目を見ては言えず、話している途中でも自信もなくなり、つま先に視線を移す。
我儘は言わないと決めたが、次の約束がほしい。未来のはなしがしたい。
些細な約束でかまわない。彼を縛り付ける材料がほしい。
三上から返事はなく、汚い心が読まれたのではないかと焦った。
やはり、欲を出せば彼は離れていきそうだ。
黙って手を振ればよかったのに、余計な言葉を言ってしまった。
「ご、ごめん。なんでもないや」
ますます首を垂れると、三上は僕の頭上の扉に肘から先をつけた。
怒られるのかと顔を上げると、至近距離で彼が僕を見ていた。
「三上…」
こんなに顔が近付いたのは初めてで、金縛りのように瞳から目が逸らせない。
「泉――」
三上が口を開いた瞬間扉が開き、扉に体重を預けていた僕はそのまま後ろに姿勢を崩した。
「わっ――」
「泉!」
三上の声と腕が伸びたが、僕はその腕を掴めなかった。
くるであろう衝撃を待ったが、ぽすりと柔らかなものに背中を支えられた。
「おっと」
振り返ると須藤先輩が身体で支え、肩を掴んでくれていた。
「わ、ごめんなさい!」
「こちらこそ」
「真琴?帰ってきたんだね。丁度よかった。今メールしようと思って…」
蓮はそこで言葉を切って、はっとしたように三上に視線を向けた。
三上はすいと逸らし、なにも言わずに踵を返した。
「あ、三上!」
後姿に叫んだが、彼は振り返ろうとしなかった。
さっきなにを言おうとしていたの。
ただそれを聞きたかっただけなのに。
「泉君ごめんね。タイミング悪かったかな?」
すまなさそうに謝る須藤先輩に、そんなことはないと首を左右に振った。
「部屋あけてくれてありがとうね。助かったよ。それじゃあ、また」
僕と蓮に軽く手を振って須藤先輩も去って行った。
「真琴ー、ごめん。本当にタイミング悪かったっぽいよね…?」
部屋に入るなり蓮に謝られ、大丈夫だと何度も言った。
誰も悪くない。わかっている。
でももう少し。あと少しだけ時間があったら三上はどんな言葉をくれたのだろう。
聞きたかった。もっと近くで顔を見ていたかった。
誰も悪くない。でも、あと五分だけ須藤先輩と蓮がいちゃいちゃしてくれていたら。
蓮が可愛らしく離れたくない…と抱きついて足止めしてくれていたら。
そんな風に恨んでしまう僕を許してほしい。
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