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三上からパシリのような扱いを受けるのは日常的な出来事で、だけど村上はそういう場面を目にするたび目を眇めるようにした。
特に彼と一緒にいるとき連絡が来るから間に挟まれたような自分はたまったものじゃない。
内容がパシリだとしても、数少ない三上からの電話やラインに飛び跳ねるように喜んで、何を放っても彼の元へ駆けていく。
何度もそんなんで大丈夫かよと呆れたように言われた。
村上が友人として気にかけているのか、それとも別の思惑があるのかはわからない。
遠くを見ながら表情を消し、僕が笑うより落ち込んでるほうが愉しそうで。
人をいたぶる趣味があるのだろうか。友人だとしても傷ついた顔を見るのは別問題で好き、とか。
世の中色んな性癖の人がいるもんな。
腕を組んでうん、うんと納得した。
そういう人からすると、僕みたいな人間は格好の餌食かもしれない。
苦痛に顔を歪ませるけど決して屈しない。だからいじめもどんどんエスカレートしていった。
参りました、許してくださいと懇願すればよかったのだろうか。
どんなに態度を改めても、あのとき三上がいなかったら今もいじめが続いていたかもしれない。
考えただけでぞっとする。
立ち向かう勇気や己を奮い立たせる決意をくれた三上には心底感謝している。
彼はなにもしてないと言うけれど、真っ直ぐ前を向く三上の背中を見ているだけでがんばろうと思えるのだ。
人の恋心を利用して世話を焼かせるし、扱いは雑だし、怠け者で面倒くさがり。
困った性格は多々あれど、恋愛感情抜きにして人として尊敬している。
だから形がどんな風でもそばにいたいと思うのだ。
勉強していた手を止め、壁に貼られた三上の写真を眺めた。
にやけた面が隠せず、いかんいかんと緩く首を振る。
成績が落ちたら大変なので、あまり三上に傾きすぎないよう、勉強も手を抜かずにしなければ。
わかっているのに三十分に一度は写真を見てしまう。
三上が言う通り剥がしたほうがいいのだろう。律しないと彼ばかりに意識が向かってしまう。
そのとき、こんこんと部屋をノックする音と共に蓮が顔を出した。

「真琴ー」

「なに?」

大きく開けた扉の向こうから蓮の後ろにいた村上が顔を出す。

「僕、これから行くとこあるけど……」

蓮は含みのある言い方で僕と村上を交互に見たので、大丈夫という意味を込めていってらっしゃいと笑顔で手を振った。
本当に大丈夫?お前のこと信用してないからな。
そんな風に村上を一瞥したあと蓮は部屋を出た。

「夏目には心底嫌われてんな」

「蓮は警戒心が強いから。でも嫌な奴じゃないんだよ」

「わかってるよ」

村上はビニール袋を机上に置きながらやる、と言った。
中を覗き込み、途端に笑顔になる。

「食いたいって言ってただろ」

「買ってきてくれたの?ありがとう」

最近クラス内で話題になったお菓子で、繁華街に行けば手に入るのだけど滅多に出かけない自分はまだ味わったことがなかった。
麦茶の用意をし、ベッドに腰かける村上に手渡す。
袋からお菓子を取り出し並んで食べた。

「土曜の夜なのにお勉強ですか」

「はい。真面目なので」

「三上は?」

「さあ?」

「さあ?そんなことある?」

「予定とか話さないから。部屋にいるか、皇矢たちと遊びに行ってるかの二択かな」

「そこに泉と遊ぶって選択肢はないの」

「僕とはあまり…」

尻すぼみになり、これではまた三上が責められるのでないかと狼狽した。
三上がひどいわけじゃなくて、いや、ひどいという人もいるかもしれないが、そういう性格なのだからこちらが合わせるのは当然で、少しも苦痛に思わない。

「ぼ、僕はそれでいいと思ってるというか、それが三上だから」

「泉は遊びたいとか思わないの」

「まあ、少しは思うけどでもいいんだ」

「……泉って依存型?」

「……そうなのかな。よくわからないけど、愛が重いとか気持ち悪いとはよく言われる」

胸を張って言うことではないが、三上には三上の性格があって、僕には僕の性格がある。
根を張ったそれを覆すのがどんなに大変かわかっている。
だから三上は今のままでいいし、僕も重たい愛を軽くできぬままでいいと思っている。

「相手に合わせてばっかで疲れない?」

「合わせて今の関係が維持できるなら別に……」

それに、傍から見ると大事にされていないらしいが、たまにとても愛おしそうな瞳を向けてくれるのだ。ものすごく稀に。
それがもう一度見たくて僕は何度でも三上のところへ走っていく。
村上は麦茶が入ったコップをベッド脇のチェストに乱暴に置き、その音にびくりと肩が強張った。

「なんでそんなに好きなの?鬱陶しいかもとか心配にならないの?引かれてんじゃん、気持ち悪いって言われてんじゃん」

「…うん。でも僕はそうする以外の方法がわからない」

村上が纏う空気が硬くなった気がして膝の前で組んでいた手に力を込めた。
この苛立ちは僕をいじめていたときのものだ。
覚えた痛みや恐怖を一瞬思い出し、貝が口を閉じるように身体全体を硬くした。

「なんで、なんでお前はそんなに……」

「村上…?」

村上は髪で顔を隠すように俯き、顔を上げたときにはとても綺麗に笑っていた。
綺麗すぎてなんの感情も込められていないのがわかる。
子どもが描く似顔絵のような、単純で、なぜか少しぞっとする笑顔。

「あの時三上に邪魔されたよな。未遂だったからお前らはこうしてんのかな」

膝の上に置いていた両腕をきつく握られ、答えを促すように軽く揺さぶられた。

「今俺がお前をあの時みたいにしたらどうする?三上に顔向けできないって身を引く?敵をとってくれって泣きつく?」

歪な笑みの中に怒り、失望、後悔、悲しみ、負の感情がどんどん詰め込まれる。
ぼんやり眺めていると恐怖がすっと消えていった。
かわいそう。
同情めいた感情に、随分上から評価するものだと自分を笑った。

「俺おかしいこと言った?」

「いや、自分がおかしくて」

「なんで?」

その問いには答えず、きつく握られた腕も振り解かぬまま少し考え口を開いた。

「今村上にひどいことされても、僕は三上から身を引かないし泣きつきもしない」

「は、三上から別れるって言われるかもしれないだろ」

「言わないよ」

「なんで」

「言わないからだよ。三上はそういう男なんだ」

「お前が勝手に美化してるだけかもしれねえだろ」

「そうかな。潤や皇矢、三上を知る人ならみんな同じことを言うと思う」

「わかんねえだろ」

「わかるよ。僕はずっと三上を見てきたから」

「……くっそむかつく。なんでそんなに信じんだよ!揺さぶっても揺さぶってもブレやしねえ。あとで傷つくのはお前なのに!」

傷つく、傷つくと村上は今まで何度も言っていた。
どうしてそうなる前提で話をするのだろうと疑問だった。
考え方に大きな差がありすぎて、僕も村上もお互いを理解できない。未知の生物と対面したような、分かり合えない気持ち悪さが互いの間にずっと存在する。

「僕は三上に傷つけられたい」

「……は?」

「一生忘れられない傷がほしい。だから裏切られたって痛めつけられたってそんなの上等だよ。怖くないから信じられる」

「そういうことだ」

割って入った声に二人で扉を振り返った。
開け放たれた扉に寄り掛かるようにして三上が立っている。
胸の前で腕を組み、白っと興味なさそうにこちらを見ていた。

「三上……」

村上がぎりっと奥歯を噛み締めたのがわかった。
三上は思い出したように小さく笑い、お前夏目に信用されてねえなと言った。

「慌てて部屋に来たぞ。村上が来たけど僕行かなきゃいけないから三上君代わりに見張って、って」

過保護な蓮に脱力する。自分一人でどうにかできるのに。
村上は放り投げるように腕を離し、三上と対峙するように立ち上がった。

「泉の問題だし今まで放っておいたけど、そろそろやめようぜ」

「なにをだよ」

「自分がほしかったもの壊したって意味ねえだろ」

「は?俺は別に泉なんかほしくないけど」

「泉じゃない。俺らだろ」

その瞬間、村上が三上の胸倉を掴み自分に引き寄せるようにした。
慌てて二人に近付き腕を伸ばしたが三上に制され、上げた腕をゆっくり下ろした。

「気持ち悪いんだよ!お前も泉も!ただやるだけならまだしも男同士で好きだ、嫌いだ、頭沸いてんじゃねえの!?」

あまりの暴言に僕はいいけど三上は、と口を開くと三上に黙ってろと怒られた。
完全に輪の外に放り投げられしゅんと肩を落とす。

「……お前と泉は似てるよな。自己否定を繰り返して自分をいじめて安心する。けど泉はそっから這い上がった。お前は落ち続けるほうを選んだ」

「わかったような口きくな!何も知らないくせに」

「知ってる。聞いたんだ。お前が泉をいじめる前、なにがあったか」

「は――」

「誰から聞いたかは言えねえけど、心配してたぞお前のこと」

掴んでいた胸倉にますます力が込められ、三上は村上の両腕をぎっちり握るようにした。

「羨ましかったんだろ。踏んでも踏んでもへこたれない泉が。泉も自分と同じ場所に落ちてほしかったんだろ」

「違う」

「そのうち俺まで泉に堕ちた。気に入らねえよな。自分と泉は同じなのに泉ばっかり幸せになって」

「やめろ!」

村上が腕を振り上げたのを見て、慌てて三上と村上の間に入った。
頬に感じた衝撃にぱちくりと瞬きをし、口をもごもご動かすと血の味がした。
この感じ懐かしい。呑気に考えていると三上が村上の腕を背後に捻じり、跪くような恰好にさせた。

「お前のこと殺してやりたいけどやめとく。泉がお前をお友達って言うからよ。なあ泉」

「う、うん。友達、です…」

「……馬鹿じゃねえの。お前のお人好しもそこまでくると吐き気がする」

床に吐き捨てるようにした言葉に傷つきはしなかった。
馬鹿、気持ち悪い、人を簡単に信用して。
村上が発する言葉は全部僕ではなく自分自身に向かっている気がしたから。

「でも学以外で初めてできた友達だったから。面白くもなんともない僕にかまってくれたのは村上だけだったから…」

村上は何か言おうと口を開き、言葉を呑み込むようにした。
噛み締めた歯の隙間から獣のように息を吐き出し、きつく眉を寄せている。

「離せ」

三上の腕を無理に振り払い、頭冷やしてくると呟いて部屋を出て行った。


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