Episode10:Watch your six




「久しぶり」

下駄箱で靴を履き替えると村上が横から顔を覗き込むようにした。
夏休み明け、一ヵ月ぶりの顔と声に僅かな恐怖と、それからそれ以上の高揚。
普通の友達っぽい、なんてしみじみ感動した。

「久しぶり!」

必死な返事に彼はくっと笑い、少し焼けた?と僕の前髪を捲るようにした。

「う、海に行った。入らなかったけど」

「へえ。楽しかった?」

「うん」

「三上と?」

「三上もいたけど、三上の幼馴染の女の人に誘われて…」

「お前女と話せるようになったの」

「人によるけど、その人はとても明るくていい人だから…」

「ふーん……」

村上はズボンのポケットに両手を突っ込みながら、窓の外に視線をやった。

「進歩だな」

にっこり微笑まれ大きく頷く。
そのまま休み期間中の話をしながら教室へ行き、それじゃあと離れた席に座る。
全体的にだれた雰囲気と、それから久しぶりに会う友人たちとの会話に教室はいつも以上に賑やかだ。
休みは大好きだけど、学校はもっと好きだ。
いじめられても、ひどい扱いを受けても毎日登校したのはたくさんの人の声や表情を見るのが好きだったから。
笑って、はしゃいで、仮面をつけた裏でそれぞれ悩みを抱えたり辛い思いをしているのだと思うと自分もがんばれた。
苦しいのは自分一人ではないと、自分だけでは抱えきれなかったものを少しずつ外へ逃がしていた。
今は友人がいて、誰からも暴力を振るわれず、三上もいる。
悩みは前向きなものばかりで毎日が楽しい。けど、どんなに満たされたとしても学校にいる安心感はまた別の部分で健在だ。
担任が教室に入ってくると、あちらこちらからブーイングが起こり、先生は呆れたように溜め息を吐いた。
整列後体育館へとぴしゃりと言われ、全校生徒でごった返す校舎を進む。
三上はちゃんと起きただろうか。
いくら彼でも登校初日から遅刻や欠席なんて馬鹿な真似しないはず。
きょろきょろ探したが姿は見えず、三上と同じクラスの潤と皇矢がひらひら手を振ってくる。
胸の前で小さく応えながら、そういう馬鹿な真似をする男だったと思い直す。
寮にはいるだろうか。さすがに実家からは戻っているだろう。
心配になり、始業式を終え教室に戻って速攻ラインを入れた。
今日は午前中で学校が終わりなので今更来ても遅すぎるけど来ないよりかは心証もいいだろう。
HR中もちらちら携帯を確認したが既読マークはつかず、すべての日程を終え彼のクラスへ飛んでったがやはり休んだらしい。

「きっとぐーすか寝てるよ」

潤が呆れたように言い、あんな奴放っておけとひらっと手を振る。

「三上が留年したら僕もしなくちゃいけないし、なにがなんでも心を入れ替えてもらわないと…」

「なんで真琴まで留年する必要があんの」

「いや必要あるでしょ」

断言すると、また溜め息を吐かれた。

「ママ役もほどほどに。真琴が疲れるだけだよ。三上が改心するなんて思えないね」

「う……」

「少しは痛い目見りゃいいんだよ」

「それじゃあ遅い」

「あの馬鹿はそういう思いしないと気付かないの」

「三上は一生気付かないよ!留年?あ、そう、じゃあ辞めるわって言うんだ!」

「何気に真琴のほうひどいよな?」

「そのときの状況で適当に生きる人だからこうしとけばよかった、ああしとけばよかったと後悔せず、人生及第点と言いながら死んでいく…それが三上陽介です」

「三上がそれでいいならいいんじゃねえの?」

「せめて高校は一緒に卒業したい。だって高校のうちだけなんだよ!?三上とこんなに一緒にいられるの!」

「力説されても……じゃあ部屋に行って説教かましてくれば?」

「そうする!」

鞄をぎゅっと握り走り出した。
いつも小言を言おうとしても負けてしまう。
うるさいと叱られるとそれ以上口を開けないし、ああ言えばこう言われ、丸め込まれて終わるのだ。
口喧嘩でも肉弾戦でも三上には勝てないので、いつもなあなあで終わってしまうが、今日の自分は一味違う。
うるさいと怒られても鬱陶しいと邪険にされてもわかったと言うまで小言をやめてやるもんか。
三上はまったくわかってない。
すでに断崖絶壁に追いやられているのに、更に一歩脚を踏み出し、片足が宙ぶらりんになっている状況だ。
あと一歩で崖から真っ逆さまの絶体絶命。
なのに呑気に布団と仲良くしているなんて。
言いたい言葉を頭の中で整理し、いざ勝負と荒々しく部屋の扉を開けた。

「…なんだよ、勝手に入ってくんな」

きっと寝室にいるだろうと思ったが、三上はリビングのソファに座りながらコーヒーを飲んでいた。

「あ、ごめんなさい……。じゃなくて、三上初日からサボったね!?」

ずんずん距離を縮め、腰に手を当て上から見下ろした。

「三上は自分がどういう立場かわかってないよ。きちんと遅刻せず登校しないと本当にやばいんだよ!皇矢ですら来てたのに」

「だって起きたら始業式終わってたんだもん」

「なんて適当なんだ……」

「そもそも始業式って意味あるか?」

「え、た、多分……」

「どんな?」

「これから新学期始めるぞー、みたいな…」

「クソつまんねえ校長の話し聞いてそんな風に思う?」

「お、思……」

「無駄な行事は廃止したほうが相互利益になると思いません?」

「まあ……いや、無駄じゃない!無駄じゃないし、今日が通常授業だったとしても三上は来てない!」

「行ってたかもしんねえじゃん」

「じゃあ明日からはちゃんと行くんだね!?休み明けテストちゃんと受けてよ?そうだ、どうせ勉強してないだろうし今から教えてあげるよ」

すとんと座り、テーブルの上に筆箱とノートを開いた。
三上はソファの座面に深く腰かけ天井を仰ぎながら無意味な声を出している。

「さあ、始めよう。まずはなにからいく?」

「その前に水買って来い。お駄賃やるから」

「あ、うん。じゃあお駄賃はキスでお願いします」

「わかったわかった。戻ったらな。はい金」

差し出された小銭を握り、一番近い自販機へ急いだ。
水は数種類かあるが、いつも三上が飲んでいるものを選択し、二つ持って部屋へ戻る。

「お待たせ!」

笑顔で扉を開けたがそこはもぬけの殻だった。

「あれ、三上ー?」

トイレだろうか、それとも寝室?
水をテーブルに置き、そっと寝室の扉を開けたがいない。
とすると、他にこもれるのはトイレかお風呂。
そちらに近付いたが人の気配はなかった。

「……やられた…」

その場で四つん這いになりがっくりこうべを垂らす。
僕はなんて馬鹿なんだ。
三上を全面的に信頼しているので疑うという作業がすっぽり頭から抜け落ちる。
いつもそうだ。適当にあしらわれ、三上の馬鹿ーと泣く破目になる。
経験からなにも学んでない自分が悪いと結論付け、よぼよぼ立ち上がる。
三上が行く先は皇矢か潤のところしかない。
追いかけるのは簡単だが、また逃げられたら癪なのでまずは潤に電話した。

「潤!部屋に三上来てる!?」

『さあ。僕部屋にいないから』

「そっか……皇矢と一緒?」

『そう。飯食ってる』

「じゃあ三上見かけたらご一報願います」

言うと、また逃げられたのか!とげらげら笑われた。
更に落ち込みながら電話を切る。
部屋に戻るか、探しに行くか。
悩み、ここで許したらまた同じ手を遣われると判断し、そのまま寮内をぐるっと回った。
談話室にも食堂にもいない。
まさかいくらなんでも先輩たちに泣きつきはしないだろう。
毛嫌いしているし、泣きついたところであの先輩たちが匿ってくれるとは思えない。
となると外だ。
面倒くさがりなので電車に乗るとは考えにくい。
東城の敷地内どこかにはいるはずなんだ。
三上は舐めてるようだが、僕の三上センサーの感度を侮らないでほしい。
皇帝ペンギンが連絡なしで示し合わせたようにコロニーまで行列を作るように、言葉では説明できない第六感が反応する。
ふふふ、と不気味な笑みを浮かべる。三上との鬼ごっこなら負ける気がしない。
執念深さはよくよく知っているだろうに。
寮を飛び出し、寮内の東屋や中庭を駆け抜ける。
収穫なしと判断し、学校へ逆戻り。
私服だろうから校内にはいないだろう。万が一先生に見つかったら生徒指導室で二時間の説教はくだらない。そんな危険は冒さないはず。
体育館や校庭に響く部活動の掛け声に元気をもらい、目につきにくい裏から回る。
叢に隠れるなんて真似はしないだろうが一応かき分けるように見た。

「……いない…」

部室が並ぶ建物の陰にもいない、体育館裏にもいない、中庭にもいない、いよいよ諦めそうになり深く息を吐き出した。
鬼ごっこは得意だったけど、今回は僕の負けかもしれない。

「……泉?」

振り返ると村上がパックのジュース片手に首を傾げていた。

「なにやってんの?帰ったんじゃ…」

「…帰ったけど戻ってきた。三上に逃げられて…」

「三上?東屋で寝転がってたぞ」

「マジ!?どこの!?」

「校門に一番近いとこ」

「裏から回ったのがだめだったかー…ありがとう!すごく助かった!」

命の恩人だよと付け加えると、村上はおかしそうに笑い、新品のジュースをくれた。

「三上と仲直りできたんだな」

夏休み前の喧嘩を示唆していると理解し、羞恥で耳が赤くなった。
村上にはさんざん情けないところを見せたので、今更取り繕っても遅い。

「そ、その節はお世話になりました」

深々と頭を下げる。
村上はなにも言わず、ぽんと頭を叩き、早く行かないと移動するかもよ?と言った。

「だね。じゃあまた。本当にありがとう!」

ぶんぶん手を振ると、前を見ろとしっしと追い払われる。
優しい、いい奴。るんるんとスキップしそうになりながら考え、いや、少し違うか?と首を捻る。
優しくいい人間はいじめや暴力とは無縁だ。
だけど彼の中にも勿論善悪の二つが存在し、自分がゲイだから悪の部分が台頭したのだ。僕が異性愛者ならあんなことはしなかっただろう。
なら、他の同性愛者と出会ったとき同じことをしたかもしれないので、それなら自分がやられてよかったのかもしれないと思う。
村上も多少懲りただろうし、賢い奴なので同じ轍は踏まないはず。
過去の間違いや失敗は被害者が赦した時点で終わっていいと思う。
ずるずる引き摺られても気を遣うし、そうしているうちは過去の出来事が帳消しされない。
人は日々成長するものだし、自分は今の村上を信じている。
僕だって昨日や去年と同じじゃない。
過去のあれこれを持ち出され、告解ののち贖罪を強要され続けるなんてごめんだ。


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