16
夕食後にお風呂を借り、三上のTシャツを借りてベッドに腹ばいになった。
枕に頬を寄せると、彼がつける柑橘系の香水の香りがした。鼻歌を歌いそうになり慌てて顔を引き締める。
あまりにやけた面を晒していると気持ち悪いと怒られる。
風呂から戻った三上がベッド端に座り、濡れた前髪を後ろに撫でつけた。
首にかけていたタオルをするりと奪い、まだ水滴の残る背中を拭いてやる。
そのまま母親にしがみつく子供のように背後から腕を回した。
触れていないと愛おしさで窒息するのだ。しょうがない。
「ねえ三上、お願いがあるんだけど」
「お前のお願いはろくなもんじゃねえからな」
「否定はできないけど!そのー……気分がのったら今日は最後までしてくれない?」
「……なんで?」
「……好きだから。それ以外に理由ある?」
「あったんじゃねえの」
鋭利な視線を寄越され亀のように首を引っ込めた。
本当に彼は僕の心の底を覗くのが上手だ。必死に隠しているつもりだが、そんなに明け透けなのか。
「さ、最初は他にも理由はあった。男なんだからせめて気持ちいいことしてあげなきゃとか、三上がいいならそれでいいとか、気持ちで繋ぎ止めるのは無理だから身体でどうにかしなきゃとか……。でも今は三上が僕のこと好きでいてくれると思うからしたい」
「……まあ、及第点だな。しらばっくれてる限り絶対やんねえからなと思ってた。お前は自分を粗末に扱いすぎだ。もっと大事にしろ」
「そんなつもりはないんだけど……」
「いきすぎた自己犠牲は不幸になるぞ。俺はお前に我慢したり苦しんでほしいわけじゃない」
「……うん。じゃあ一つだけでいいから僕のどこが好きか教えて。そうしたらちょっとは自信もてるかも」
怒られるかな、と身構えたが、三上は顎を何度か手で摩りこちらを振り返った。
「……人のこと悪く言わないところ」
「そんなこと、ですか…」
「噂に左右されない、悪口も言わない。潤や俺みたいに影で好き勝手言われる人間からすると珍しいよ、お前みたいな奴は」
そうか。
潤も三上も中学の頃から噂に翻弄された経験があるのだろう。
二人ともいちいち気にしてられないと気丈に振る舞うが、それでも辟易とするはずだ。
どんな人間でも悪口を言われて嬉しいわけがない。
自分がした行いは必ず自分に返ってくると母に言われて育った。
因果応報という言葉通り。
誰かをいじめれば次は自分がいじめられ、悪口を言った瞬間、別の場所で自分が悪口を言われるのだと。
悪く吹聴したいほど憎い人も親しい人もいなかっただけかもしれない。
いじめは辛かったし、村上たちには困ったけれど、同性愛者を嫌悪するという理由があったし、暴行を受けるのも罰だから仕方がないと受け入れていた。
三上のように考える人もいるのだなと新鮮な気持ちになる。
「……三上も悪口言わないもんね」
「言うだろ。有馬先輩とか皇矢とか」
「あれは悪口っていうか、憎まれ口っていうか……本人の目の前で言うし」
「いや、有馬先輩に面と向かってクソ眼鏡とは言えない」
「なんだかんだ本気で嫌いじゃないの僕は知ってますよ」
三上は勘弁してくれと思い切り顔をしかめた。
くすくす笑いながら、三上が指摘してくれた長所は大事にしようと決めた。
口元に添えていた腕を握られ、彼に視線をやると燃えるように強い瞳に身体も心も縛られたようになった。
あ、と口にする前に塞がれ、乱暴な言葉や態度にそぐわない優しい口づけに瞳を閉じた。
ゆっくりと圧し掛かる身体を拒まず、そのままベッドに背中をつく。
耳を塞ぐようにされると音も吐息も外に逃げず、自分の中にいつまでも居続け、頭が沸騰したようになる。
「で、電気!」
荒い呼吸を整えながら言うと、なんで、と首を捻られた。
「三上の気持ちは疑わないけど本能と感情は別だし丸見えだと萎えるかもしれないじゃん…」
「そのときはそのときだろ。真っ暗なの嫌なんだよ」
「で、でも……」
「わかったようるせえな」
放り投げていたリモコンを操作し、最大限まで明かりを絞ってくれたが、それでも暖色系の光りでお互いの表情がしっかり見て取れる。
このまましたら羞恥で死ぬかもしれない。できるだけみっともない姿は見せたくない。
「が、がんばりますので、よろしくお願いします」
「がんばらなくていい。無理だと思ったらすぐに止めろ」
「はい!」
「うるさ……」
色気ねえなあと僅かに口端を持ち上げる笑みに見惚れた。
三上の両頬を包むようにし、本物の三上だよね、夢じゃないよね、現実だよねと心の中で独り言を言う。
彼だけが好きだった。
厳しい言葉に冷たい態度。何度も何度も振られ、寄るなと蹴られ、僕が男である限りはどう足掻いても無理なのだと最終宣告もされた。
誰の目から見ても不毛な片想いだった。
自分でも間違ってるとわかっていた。
わかっても好きが止められなかった。
どうしたって心が三上にしか向かない。なにかで押さえつけようとしても弾き飛ばされ、彼を見ているだけで胸が高鳴り、声を聴けたら幸せで、目が合った日には卒倒しそうだった。
その三上が僕を好きだと言ってくれる。
――女じゃないのに抱こうとする意味、わかるだろ。
あの時は曖昧に頷いた。
今ならちゃんとわかるよと言える。
「……三上、好きだ」
「知ってる」
「うん。好き」
稚拙な告白が口をつく。
すべてを伝えたいのにどんな言葉に変えても伝わらない。
だから彼の首に腕を回し、足りない部分は体温で分かち合いたいと思うのだ。
三上の指で、舌で、満遍なく丁寧な愛撫を施されると恥ずかしいだの申し訳ないだの思う暇なく翻弄される。
半狂乱で必死に声を抑えるのが精一杯で、休みなく与えられる快感に頭が霞がかり、難しいことが考えられない。
後孔に三本指を差し込まれ、じわじわ嬲り殺されるような快感に神経が切れそうになった。
器はもういっぱいで、これ以上注がれたら自分が自分ではなくなる恐怖。
快感を己の加減で制御できない苦しさ。
なのに貪欲に欲しがる浅ましさ。
頭の中がぐらぐらする。
「…みかみ、もう、いい。も、大丈夫」
「もう少し慣らしたほうがよくないか?」
「平気」
お願いと言葉にできていたかわからない。
ゴムを装着するのをぼんやり眺め、ああ、ようやくと歓喜を噛み締める余裕もなく身体を反転させられた。
「後ろからのほうが楽だから」
「で、でも……」
「最初だけ」
な、と聞き分けのない子供を窘めるような声にはじんわりと甘さが滲んでいた。
「痛かったらすぐに言え」
尻を割り開かれ、ローションの滑りを借りて先端が押し入ってきた。
息を呑み、指とは比べ物にならない圧迫感に眉を寄せる。
「ちゃんと息しろ。なるべく力抜いて」
「う、ん…」
自分でも広げる作業を続けたし、三上も時間をかけて解してくれたので痛みはない。
ただ、内臓すべてが押し上げられるような不快感はある。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫…」
一番太い部分が挿入ってしまえばあとは楽なはず。
少し進んで、また戻って、何度か繰り返されるたびに眉間の皺が深くなった。
意図して深呼吸を続けると、ふっと三上の身体から強張りが抜けたのを感じ背後を振り返った。
「…全部、挿入った?」
「半分くらいか」
「…ぜ、全部挿入れていいよ。大丈夫だから」
焦ったように言うと、ぴったりと身体を重ねるようにし、頭を包み込むように撫でられた。
そのまま頬に触れるだけのキスをされ、ぱちくりと瞬きをした。
「十分気持ちいい」
「ほ、本当?」
「本当」
馴染むまでじっくり待つと言わんばかりに、三上は動こうとせず代わりに胸の突起に手を伸ばした。
そこは弱いからあまりいじらないでほしいのだけど、腰が跳ねたり声が漏れたりするたび、器用な指が楽しそうに這いずりまわる。
「あ、あ、そこは、やめて」
「やめない」
項を下から舐められ、もう片方の手でたらたらと涎を垂らす中心を握られた。
「ひ、あ」
腰から頭の天辺に真っ直ぐ快感が走り抜ける。
どこもかしこもぐずぐずにされ、自分の外側から溶けてしまいそうになった頃、漸く三上が動き始め、僅かに感じられる場所を引っかけるように抽挿される。
「っ、あ、み、かみぃ」
「つらい?」
「かお、顔みたい…」
残った僅かな力を振り絞ってベッドに手をつき、後ろを振り返った。
まだしっとりと濡れる髪が僅かに乱れ、隙間から視線を寄越されるとまた新しい熱が身体の奥に灯る。
三上の視線は重い圧がある。すべてを暴かれる恐怖と、そのまま呑み込んでほしいと願う愉悦。
涙でぼやける瞳で見返すと、軽く音をさせるようなキスをされ、向かい合う体勢に変えてくれた。
彼の首裏に手を回して引き寄せ、自分から舌を絡めた。
「ね、もっと、動いて。僕は平気だよ。ちゃんと気持ちいいから…」
「お前は我慢するから壊しそうで怖い」
「い、痛かったり、辛かったら言うから…」
彼の腰に両足を絡め、促すように揺らすと切羽詰まったような切ない表情で悪い、と謝られた。
なにがと聞き返す暇もなく、腰を打ち付けられ目を見開く。
「っ、あ――」
背中を反らせ、喉を晒した。
短く切れるような声が勝手にもれ、止められない。
「っ、ごめ、声…」
「いい。もっと聞かせろ」
身体全部、命ごと吸い取られるような感覚は恐ろしいのにずっとこうしていたい。
「み、かみ……」
「真琴」
お互いの熱が混ざり合い、境目が曖昧になる感覚に過不足なく幸せだと心の端で思った。
[ 48/55 ]
[*prev] [next#]