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確か、途中まではそんな殊勝な心掛けを持っていた。

「あ、も、やめて」

「まだだ」

三上の手の中でとろとろと先端から水に近い精を吐き出して身体を弛緩させた。
今ので何回目だっけ。数えようとしても頭が回らないし、もう指先にも力が入らない。
弱火で炙られるような浮遊感を覚える愛撫だったときはまだ正気だった気がする。
直接的な、無理矢理快感を引き出すような愛撫に変わると、経験値のなさが仇となってされるがままになる。

「みかみ…もう、無理…」

「まだへばんなよ」

腰をがっちり掴まれ、上半身だけベッドに懐かせ頭を枕に押し付けられた。
ぼんやりする頭で次は何をされるのだろうと考えていると、ひんやりした感覚と共に後孔にゆっくり指が入ってきた。

「っ、ひ――」

「力抜け」

無茶言わないでくれと思いながら片腕を伸ばした先でシーツをきつく握る。
違和感に小さく身体が震え、内臓を引き摺られる感覚に歯を食い縛り、小波のように生まれる快感に縋る。
ローションが掻き混ぜられるような水音が耳に響いて瞼をきつく閉じた。

「今何本かわかるか」

「…に、二本…」

「残念。一本」

まだ一本。愕然とし、だけどここで痛いとか苦しいとか言えばすぐにやめてしまうだろうとひたすら耐えた。
背後から覆い被さり、項にキスをされ、苦しいかと聞かれ首を横に振った。
ゆっくりと動かされるとその分違和感も大きく、もういっそのこと無理矢理やってくれた方が楽なのにとすら思った。

「…ここの裏側。わかるか。ここ」

ぐるっと指が中で回り、腹を擦られながら問われた。

「この辺りに前立腺がある。どこがいいか言え」

指の腹で上下になぞられ反射的に喉を反らせた。

「う、あっ――」

じんわりと広がる波紋のように違和感ともまた違う感覚に引きつった声が出る。

「そ、こ、なんか、なんかある」

「ああ、わかる」

指先をくの字に折るようにされ、ぐっと押されるたび形容しがたい感覚がぶわりと湧き上がった。くすぐったいような、気持ち悪いような、だけど不快ではない。
何度も同じ場所を刺激され、枕に片頬を付けて耐えた。
いつの間にか涙で顔がぐしゃぐしゃになって、そんなことにも気付かないまま恐怖と戦う。
自分の手が届かない身体の内を誰かに好き勝手されるのは怖い。
他人の手だから動きが予想できないし、ともすればこのまま内側を傷つけられる可能性もある。
三上はそんなことはしないけれど、自分の命を誰かに委ねるような恐怖。
受け身のセックスの恐ろしさを覚え、不安で背後を振り返った。

「みか、三上、怖い」

「やめるか」

「違う、顔が見えないと怖い」

「じゃあほら、腰落として」

言われた通りにすると右足を持たれそのまま身体を反転させられた。
指はそのままなので、力任せにぐるりと動き眉間に皺が寄る。

「…ひでえ顔」

「う、ご、ごめん。涙が、勝手に…」

「痛い?」

「い…たくない」

「嘘つけ。突っ込んでなんて嘘でも言えなくなっただろ?」

「う、はい…」

「それでいい。少しずつな」

額に張り付いた前髪を払われ、優しく口付けられる。
その間も指は動き続け、酸素不足でまた涙がじわりと滲む。
もう片方の手で太腿を撫でられ、指先が悪戯するように下肢をつっと伝っていく。
その内中心に辿り着き、きゅっと握られながら先端を親指の腹で刺激された。

「あ、みかみ、ちょっと待って」

「待たない」

後孔の切なさと中心の快感で頭の中が苦しくなる。
首を振りながら三上に手を伸ばした。

「やめ、助けて!たす、け――」

「大丈夫」

耳元で囁かれ、ぼんやりとした三上の輪郭を視界に映す。
闇夜にぎらりと光る刃物の切っ先のような瞳に腰が疼き彼の腕に手を伸ばした。

「も、もう出るから止めて…」

必死の懇願は聞き入れてもらえず、顎を反らして精を吐き出した。
胸を上下させながら深く呼吸をするとずるりと中から指が引き抜かれ、お疲れさんと瞼に口付けられた。

「う…ごめん…」

「なにが」

「上手にできなかったから…」

「上手も下手もあるかよ」

「でも…」

自分ばかり。
散々うるさく喘いだ挙句、何回出したか思い出せないほどよくしてもらい、だけど違和感を拭えず最後までできないなんてどんだけ面倒くさい奴だ。

「ぼ、僕もする…」

のろのろと上半身を起こし、這い蹲って三上に近付いた。
胡坐を掻いた彼のスウェットを掴み、そっと下肢に触れ、反応していることに気をよくして自然と笑みが浮かんだ。
よかった。僕の醜態を見ても耳障りな声を聞いても欲情してくれた。
それがひどく嬉しくて、彼のためならどんなことでもしてあげたくなる。

「いい。放っておけばそのうちおさまる」

「いやだ。僕がしたい」

「そんなへろへろな状態で?」

「言ったでしょ。身体は丈夫だし、三上のためなら…」

自分たちは気持ちに大きな差があって、いつまで経っても距離は縮まらない。
だけどこんなときくらい対等でありたい。同じ男だからこそわかるものもあるだろう。

「わかった、明日。明日でいい」

「だめだよ。今したい」

「舐めてくれんの?」

「望むことならなんだって…」

言いながらスエットをずらして口に含んだ。
ああ、まだ頭が回らない。余韻なんて生易しいもんじゃない。
快感を引き出された身体も頭も拷問された後のように苦しい。なのに止まらない。
頭上で息を詰める空気を感じれば嬉しくて、ご褒美にはしたなく涎を垂らす犬のように奉仕を続けた。
もういいと引き剥がされそうになり、飲みたいから嫌だと首を振る。

「だめだ。離せ」

「い、やだ」

ちっと短く舌打ちされ、無理に髪を引っ張られ、力が入らないなりに抵抗したが上手くいかず、顔が離れた瞬間に出たものが頬を濡らした。

「うわー…下手なAVみたいなことになった…」

悪い、と謝られ何で謝るのとぼんやりしながら口の周りの精液を舐めとった。

「お前さあ…」

首を傾げると勢いよく立ち上がった彼の肩に担がれ風呂場に押し込まれた。
ぺたりと床にしゃがみ込むと腕を引っ張られ立てと言われる。
そうしたいのは山々だがもう頑張る気力が残っていない。
だけどちゃんと身体を洗わないと、自分が放ったものであちこち汚れている。
もたもたとのろまな動作でシャワーの方まで這って歩くと三上がスウェットのままシャワーヘッドを掴んでお湯を頭からかけた。

「わ、わ」

「洗ってやる」

「い、いいよ、そんなことしなくて」

力ない否定の言葉は無視をされ、全身を泡に包まれ本物の犬のようになすがまま整えられた。
身体を拭き、三上のTシャツを着て、もう一度ベッドに戻るときも肩に担がれ、至れり尽くせりな状態で寝ろと一言残して彼は風呂に戻った。
昼寝したせいで眠気はない。頭はぼんやりするし、身体はだるいが目だけは冴えている。
頼んでもないのに先程までのあれやこれやがフラッシュバックし、奇声を発して土に埋まりたいほど恥ずかしくなる。
自分でするのと人にしてもらうのは全然違う。
ついていけないほど気持ちよかった。
しかも相手は三上だ。これは現実だろうかと確かめるために頬を抓ってみる。痛い。現実だ。
三上はきっと自分なんかじゃ欲情しないし、そうなったら落ち込んで暫く立ち直れないと彼の手を振り解いてきたけれど、その心配も杞憂に終わった。
それがなにより嬉しかった。
自分を欲の対象にしてくれる。ちゃんと好きでいてくれるのだとわかったから。
戻ってきた三上を手招きし、腕枕するように頭を包んだ。

「…なんだこれ」

「たくさんよくしてもらったからお礼に甘やかそうかなと思って」

「いや落ち着かない」

文句を言われたが無視をしてさらりと頭を撫でた。
三上も抵抗を諦めたのか、小さく溜め息を吐きながらごろんとこちらに横臥した。
想像していた初夜とはまったく違って、男同士のセックスがどれ程大変か身に染みた。
次こそはちゃんと最後までできるといいな。道のりは遠そうだがみんなしているのだから自分だってきっとできるようになるはず。
その前に次はあるのだろうか。三上は少しずつ慣れていけばいいと言ったけれど、毎回こんな面倒な手順を彼が踏んでくれるのか。
そもそも間が開いたら折角慣らしたのにまた一からやり直しになるのではないか。
毎日少しずつ開発しなければ、いつまで経っても受け入れられないかもしれない。
その内毎回だるいんだよと言われ放り投げられる。
さっと顔が青くなり、彼にばかり頼るのはやめようと決めた。

「三上、僕毎日自分で頑張るからね」

「…は?」

「自分でする。次こそはちゃんと最後までできるように」

「…あ、そ」

「うん。やり遂げてみせますよ僕は」

「あ、はい」

呆れたようなテンションの低い声色とは対照的にめらめらと闘志を燃やした。


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