10
「僕のこと好き?」
「は?」
ぎろりと睨まれ、調子に乗り過ぎたと怯んだが、だけどついさっきなるべく言葉にすると宣言してくれたので言わせるなら今だと思ったのだ。
「こ、言葉にしてくれるって言ったから…」
「無駄なことは言わない」
「無駄じゃない!一番大事だよ!」
「そういうのは言わせるものじゃなくて勝手に言うものだろ」
「どういうこと?」
「聞かれて答えてもなんの意味もないって言ってんだよ」
「そうかな…」
丸め込まれてる感が否めないが、この様子だと絶対口にしないので諦めよう。
自分は好きを言葉にしないと発狂するので小出しにしたいが、三上は大事な感情ほど表に出さないから。
どうでもいい文句や悪態ならいくらでも口にするのに。
つくづく真逆だなと感じ、もしかしたら相性が最悪なのではと気付いた。
だから小さな齟齬が大きな喧嘩になって、きっと毎回毎回続けるか別れるかの大騒ぎになるのだ。
だとしても離れられない。
自分も三上も真逆だからこそどうしようもなく惹かれ合う。
光りは陰がなければ成り立たない。太陽と月だって、プラスとマイナスだって、お互いがいるからこそ成り立つものがある。
きっと上手くいきっこないと諦念しながらもがき、小さな可能性に縋って。
抱き締めていた腕にぎゅうっと力を込め、夏休みが終わるまでこの状態でいられたらなと馬鹿みたいなことを考えた。
だけど幸せは長く続かないもので、べりっと剥がされ三上が立ち上がった。
「か、帰っちゃうの…?」
「ああ。ちゃんと飯食って寝ろよ」
「なんで?休みだし一緒にいようよ。あ、夏休みだよ三上」
「は?」
「夏休みになったらほら、その、約束してたじゃん」
「約束?」
「だからそのー…しょ、初夜の約束を…」
「…ああ、忘れてた」
やっぱりかとがっかりした。
この調子じゃまた一から誘惑するところから始まるのだろうか。とほほと笑い、もしかしたら一生できないのではと怖ろしい想像をした。
「どっちがいい」
「…どっち、とは?」
「お前の部屋か、俺の部屋か」
「やらせてくれるの!?」
「…そのセリフ、抱かれる方が言うのおかしくね?」
「ど、どうしようかな。どっちも捨てがたいな…三上の部屋の方が匂いがいっぱいして嬉しいし、でも自分のベッドだと毎晩思い出せるし…」
「うわあ…」
散々悩み、それでも決められずにいると痺れを切らした三上が扉まで歩き始めた。
「あ、ちょっと待って!決めるから!」
「もういい。面倒だから俺の部屋に来い」
「は、はい!お風呂入ったら行きます!」
「鍵開けとくから勝手に入れよ」
「はい!」
ベッドの上に座ったままこくこくと何度も頷いた。
扉が閉まり、彼が去ったのを確認してごろごろ転がる。わー、わーと騒ぎたいのを堪えて意味もなく興奮し、息が荒くなった。
「だめだ…今からこの調子じゃ三上の裸を見ただけで死ぬ…」
机の引き出しからノートを取り出し、櫻井先輩に教えてもらった注意点をもう一度最初から読み直した。
ぱたんとノートを閉じ、よしと顔を上げて準備を済ませるために風呂に向かう。
にやける顔を無理に引き締め、興奮して血が沸騰しそうなので頭から冷水を浴びた。
いつもの癖でパジャマに着替えてしまい、慌てて釦を外したが休みなら寮内で人とすれ違うこともないだろうし、多少だらしない格好でもいいかともう一度かけ直した。
小さな鞄に先輩がくれたローションやスキンを突っ込んで、いざ尋常に勝負という勢いで彼の部屋の扉を開けた。
「…お邪魔、します…」
小さく声を掛けたが返事はない。個人部屋の扉が僅かに開いていたのでひょっこり顔を出すと退屈そうに携帯を開いていた三上と視線が混じる。
「…来たか。じゃあ俺も風呂入ってくる」
擦れ違いざまに腕をとり、そのままでと言った。
「お風呂入ったら三上の匂いが消えちゃうじゃん!」
「は?わけわかんねえこと言うな」
べしゃりと顔を突っ撥ねられ、待ってと手を伸ばすより先に出て行ってしまった。
ち、と小さく舌打ちをし、ベッドの上に正座した。
櫻井先輩に言われた。一番大事なのはリラックスすることだよと。緊張すると反応が鈍る、ごちゃごちゃ考えずに童貞は三上に任せろと。
それはそれで情けないと思うが、素人が上手にやろうとすれば空回るだけなので言う通りにしようと思う。
だから大丈夫。なんの心配もせず、自分はまな板の上の鯉になればいい。全然平気。緊張なんてしないし、男同士恥ずかしいことなどあるものか。
なんて思えるはずもなく。
嫌な汗が滲み、力を込めた拳はそろそろ血が止まりそうだ。
誰か今すぐ強いお酒持って来て。
前後不覚の方がいい。正気のままではとても耐えられる自信がない。
そもそも物理的に入るのか。いやいや、蓮だって潤だって平気な顔してるんだからきっと大丈夫。だとしても人体的に無理があるのでは。
痛いのだろうか。痛いに決まってる。
快感なんて二の次でいい。三上と一緒になれるならそれだけで幸福だと思う。
しかし幸福と痛みを天秤にかけたとき頑張れるだろうか。
叫び声を上げたらさすがの三上も萎える。いやちょっと待て。そもそも三上は勃つのか。
胸は平べったいし、全体的に四角くて、女性の身体とは全然違う。
視覚的に綺麗とはいえないし、声を我慢できなかったら視覚と聴覚のダブルパンチでやっぱ無理と言われるのでは。
顔を青くしたり赤くしたりしていると、いつの間にか三上が戻っており、顔を斜めにして下から覗き込まれた。
はっと顔を上げ、土下座をする勢いで頭を下げた。
「ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」
「昭和かよ」
三上は首にかけていたタオルをチェストの上に放り投げこちら対峙した。
「あー、いきなり突っ込もうとか、そういうのはないんで…」
「は?なんで!?」
「なんでってこっちがなんで?」
「突っ込んでよ!」
「だからそれお前が言う…?」
「ここまできて怖気づいたりしない!僕なら平気だよ!身体だけは丈夫なんだ!」
まかせろと拳を作って前のめりになったが三上は首を横に振った。
「やっぱり僕じゃ勃たなさそう…?」
「そういうことじゃなくて…こういうのはどっちかが我慢するのが一番最悪だ」
「我慢…?」
「痛いとか、苦しいとか。身体に聞きながら進めた方がいい」
「わ、わかった!じゃあ僕の身体が大丈夫そうなら突っ込んでくれるという方向で…」
「どっちが抱くのかわかんねえな。まあ、ポジションが違うだけで大した差はねえか」
「なら僕が抱いてもいいでしょうか?」
「それは却下だ」
ばっさり切り捨てられた。
自分も三上が気持ちいいことだけしてあげたい。奉仕させるよりする方が性に合っているので、逆の方がいいのではと思ったのだが。
自分がボトムだとしても奉仕することは可能だし、それはおいおいの目標にして今は彼の言う通りにしよう。
こちらに手を伸ばした瞬間の彼の目。
精気が篭らない冷めた目が一瞬の熱に染まったのを見逃さなかった。もうどうにでもなれと自棄っぱちな気持ちで瞼を落とした。
キスをされると頭の中に靄が充満して上手に物事を考えられなくなる。それくらいが丁度いいのかもしれないし、だけど自分だけが正気を失うのは恥ずかしいので現実を手繰り寄せようと努めた。
向かい合ったまま三上の腕を掴んできゅっと爪を立てる。
早くも息が上がりそうになりはっと我に返った。
「や、やっぱりちょっと待って!」
「なんだよ」
「心臓がうるさい。やばい。緊張しすぎて吐きそう。し、死ぬかもしれない…」
「ああ、そう。そのときは一緒に死んでやる」
「っ、わ、わかった!じゃあ電気、電気消そう…」
「なんで」
「デリカシー…」
「男同士じゃん」
「だからこそでしょ」
「意味がわからん」
平行線になりそうなので自分でリモコンに手を伸ばして消灯ボタンを押した。
「全然見えない」
「見えなくていいんだよ」
「暗い」
三上は身体を離し、ベッドの傍のカーテンを開けた。
今日は満月で、月明かりが綺麗だった。薄い藍に染まった室内で三上が月明かりに照らされぼんやりと浮かび上がる。
それがとても綺麗で、思わず手を伸ばして自分から顔を寄せた。
最初は啄ばむようなキスをして、だけどそれじゃすぐに満足できなくなって薄い唇を舐め、開いた口に舌を突っ込んですべてを奪うようにした。
背中に回されていた手が腰を撫で、裾から侵入して直に肌に触れた。
「っ、釦、外すから…」
涙が滲みそうになって正気を手繰り寄せながら釦に手を掛けたが、肩を掴んで押し倒され、両腕をきつく握られた。
「いいよ」
そうか、服で隠していた方がましか。
それならこのままと思ったけれど、口が頬、首、鎖骨と移動しながら器用に片手だけで釦を外していく。
耳をやんわりと噛まれ、舌で輪郭をなぞるようにされ、あ、と声を出してしまい、慌てて手の甲を噛んだ。
「怪我するぞ」
「いい、いいからこのまま」
「その方が安心する?」
頷くとそうか、と優しく耳元で囁かれ、背中がぞくりと粟立つ。
ああ、やばい。緊張と快感と歓喜で狂気がそこまでにじり寄っている。せめてみっともない姿は見せたくないな。
冷静に、慎重に対処してつまらないとか、気持ち悪いと思われないように。
あちこちに思考が飛び跳ね、考えること、しなくちゃいけないことが押し寄せてくる。
わけがわからなくなってすべてを投げ出さぬよう、しっかりと律しながら努めよう。そうしないと二度目はないかもしれないのだから。
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