7



部屋に戻り真っ先にテーブルに紙を広げた。
ボールペンを握り、頭の中を整理するために箇条書きで先ほどまでの経緯と自分の気持ちと三上の言葉を並べた。
早く何がいけないのか気付かなければ。心から謝ったら三上は許してくれるだろうか。
第三者である学でも気付けたのだ。自分だってきっと理解できるはず。
書き込まれた紙を眺めながら腕を組んで首を捻る。さっぱりわからん。
三上は日々付き纏われて迷惑だと言ったし、それなら今の状況は手放しで喜ぶところで怒られる筋合いはない。
ならば女の子のところに行っても気にしないと言ったのがいけなかったのか。
でもどうして。無理にこちらに引っ張ったのだし、寛容な恋人だねと笑ってくれてもいいのでは。
よく言うではないか。男は浮気しないでねと彼女に言われるのにうんざりすると。
束縛を嫌い、自由に放し飼いし、最後には戻ってくるでしょうと余裕綽々でどっしりと構える女性を好むのではないか。
そういう女性は三上にぴったりだし、自分もそれができると思う。
三上が自由を望むならいくらでも与えるし、欲しいものはすべて手に入れてほしいと思う。
何度最初に戻ってみてもわからないことだらけで、ペンを放り投げて天井を仰いだ。
その時扉をノックする音が聞こえ、開いてますよーと間延びした声で応えた。

「…泉」

意外な声に背後を振り返る。
村上が扉を半分開けたまま、廊下からこちらに手招きした。

「…どうしたの?」

「いや、返事ないから」

片手に握っていた携帯を軽く揺すった様子を見て、見てなかったと告げた。

「大丈夫かと思って」

先程の心配をしてくれたのだろう。小さく笑ったがちゃんと笑みの形になっただろうか。

「あ、立ち話もなんですからどうぞ…」

「いいよ、ここで」

「なんで。蓮もいないし気遣わないでよ」

「…お前さあ、普通誰もいない部屋に俺を入れる?」

言っている意味がよくわからなかったが、暫く考えて村上の腕を引いた。

「いいんだよ!」

水に流そう。なかったことにしよう。何度でも言うし、何度でも思う。彼はもう自分を傷つけたりしない。
村上をソファに座らせ麦茶をコップに注ぐ。
彼はテーブルの上に放り投げていた紙を見ながらぼんやりしていた。

「あ、ごめん。気にしないで」

ぐしゃっと潰し、ゴミ箱に放り投げた。自分の気持ちも一緒に放り投げたようで少し胸が痛む。

「…俺のせいで喧嘩した?」

「別に村上のせいじゃない。喧嘩はいつものことだし」

殊更明るく言った。こんな話ししたくないなあと思うが、わざわざ訪ねてきてくれたのだし遮るのも失礼だろうか。

「…あのさ、見せるか悩んだけど」

村上はスマホ画面を目の高さまで持ってきた。
掌サイズの画面には三上と女性の後姿が映っている。場所がどこかはよくわからないが、女の子が三上の胸に頬を寄せていた。

「この前見たって言っただろ。そのとき一応写真撮ったんだ。泉が知ってるなら見せなくていいやと思ったけど、知らないみたいだし」

「…ああ、うん」

スマホの電源を落とした瞬間のように、自分の機能も一瞬でぱちんと消えたようになる。
今日肉眼でも見たし、今更傷つく方がどうかしてる。
だけどまだ慣れるには足りないのか、一々胸が痛くなる。何度も経験すればそのうち麻痺して鈍感になるのかもしれないけれど、今はまだだめだ。

「…大丈夫か?」

俯く顔を覗き込まれ口端を持ち上げたが失敗した。

「…大丈夫。うん。全然平気」

「無理しなくても…」

「いいんだ。大丈夫。女の子と一緒にいただけでどうのこうのってわけじゃないし、三上にも女友達くらいいるよ」

そんな人は椿さんくらいしか知らないが、自分が知らないだけできっとそうだと言い聞かせた。

「友達が抱き合ったりする?」

「…よく、わからないや。僕女の子の友達いないし…。それに、彼女だとしても僕はそれでいいから」

本心のはずなのに言葉にするたび心の表面がぱらぱら剥がれていく気がした。
村上は痛いものを見るような視線をこちらに向け、そんな目で見ないでとますます俯いた。
僕は可哀想な子じゃない。三上が相手をしてくれるだけで幸福だし、学園の中と外で恋人を変えたってそんなの大した問題じゃない。
モノじゃないのだから独り占めを望む方が間違ってる。他人の心はコントロールできない。

「そこまでするほど三上が好き?」

単純な疑問を口にされ、単純だからこそ胸に穴をあけられた。

「俺は三上のことよく知らねえけど、自分を殺すほどの価値があんの?」

曖昧に笑ってすいと視線を逸らした。
誰にも理解されないだろう。自分でもよくわからない。言葉にできない。ただ自分の心は彼にしか向かない。
三上が欲しいと身体が、心が、本能が言うのからそれに従っているだけ。
価値とか、きらきらした理由とか、そういうものが必要とは思わない。

「…まあ、三上はゲイじゃないし、ほぼ無理矢理つきあってもらってるようなものだしね」

「でもそう決めたのは三上なんだろ」

「そうだけど…。ああ、ごめんね、こんな話し。村上は同性愛者嫌いだろ?」

「別に」

「でも…」

散々言ったではないか。気持ち悪い、オカマ野郎と口汚く罵って。
自分を攻撃するためであって、それ自体に嫌悪はないということだろうか。よくわからない。

「…まあ、泉がそれでいいって言うなら口挟まないけど、本音じゃねえんだろ」

「…そりゃ、ちょっとは悲しいなって思うけど」

「ちょっと?今にも死にそうな顔してんのに?」

顎を掴まれ無理に顔を上げた。視線を同じ高さにすると村上は柔らかに微笑んだ。
どうして笑うの。問う前にぽんと肩を叩かれた。

「俺に対しても三上に対してもこうであらなきゃって無理してんだろ」

「…そんなことは…」

「悲しいとか、泣きたいとか、素直に言えばいいのに。なんで他人にまで虚勢張るかな」

言葉を詰まらせ視線を下げた。
昔から何度でも踏み潰されてきた。これくらい平気。大丈夫。まだ我慢できる。そうやって笑っていれば心が勘違いしてくれた。それがすっかり癖になっていると気付き、顔がぐにゃりと歪んだ。
今は誰にも虐められていない。三上も好きだと言ってくれる。なのに自分は昔からなにも変わっていない。
防衛本能と言えば聞こえはいいが、現実から目を逸らし、泣きたいと叫ぶ心に蓋をして、傷を放置したまま歩き出す。
腕で顔を隠すようにしてごめんと呟いた。

「何で謝んの。泣いたって笑ったりしねえよ」

「泣く権利ないし」

「権利なんて関係ねえだろ。泣くのに誰かの許可が必要なのかよ」

「はは、本当だね…」

心の中でピンポン玉があちらこちらに跳ねている。
もう何を考えればいいのか、何が悲しくて何を我慢しているのかもわからない。
限界まで絞られた雑巾のようにからからで、少しの優しさを与えられたら意味もなく喚いて感情を爆発させそうだ。

「素直な方がお前らしいよ」

視界を塞ぐ猫っ毛を耳にかけられ、心の水位が頼んでもないのに上がっていく。
眉間に皺を寄せて泣いてやるもんかと我慢した。
泣かない。絶対に。自分が悪いのだからここで泣いたら三上を悪役にしているようだ。
小さく深呼吸をして涙の代わりに笑顔を作った。

「うん、ありがとう」

泣かれたら村上だって困るだろう。だから笑顔の選択は間違っていなかったはずなのに、彼は一瞬冷えた目をしてそうかと苦笑した。

「…まあ、なんかあったら話しぐらいは聞くから」

「…うん。わざわざどうもね」

立ち上がった彼を見送り、扉を閉め、背中を付けてそのまましゃがみ込んだ。
疲労感がどっと押し寄せ、立てた膝に肘をついて頭を抱えた。
村上と話すと見ないようにしている自分を奥底から引き摺り出された気分になる。
目を逸らすな、お前はこういう人間だと頭を固定され、泣いて吐いて、それでも逃がしてもらえないような恐怖。
三上との決着をつけなきゃいけないのに、問題を一つに絞れずに思考が鈍る。
ぞわりと背後が粟立ち、嫌な感覚に一度きつく瞼を閉じた。
こうなると笑顔が作れなくなるので、落ちるとこまで落ちてから這い上がった方が立ち直りが早い。
服を脱ぎながら風呂へ向かい、水を頭からかぶった。
床に跳ねるシャワーをぼんやり眺め、蓮が月島君のところに泊まってくれてよかったと思う。
一晩落ち込めばきっと大丈夫。明日にはいつもの自分に戻れるだろう。そうでなければ困る。
頼むぞ。自分に言い聞かせた。

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