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数日後、次は邪魔が入らぬよう自分の部屋にしようと、必要な物を揃え、準備も済ませて三上を誘い、ベッドに押し倒されたところで今度は蓮に邪魔をされた。月島君の部屋に行くと言ったので暫くは帰らないと踏んだのだけど。
自分たちは身体を繋げられない呪いにでもかかっているのかと項垂れ、三上も溜め息を吐いた。
神様からのやめておきなさいという啓示に違いないと落ち込んで、だけどそもそも寮では邪魔が入らない方が奇跡だとも思う。三年生のように一人部屋ならともかく。
「邪魔されればされるほど意地でもやってやるって思うな」
「そ、そんなむきにならなくても…」
「夏休みだな」
「はい?」
「休みに入ったら人いなくなるだろ」
「えー!それまでお預け!?準備万端なのに!今度蓮に言うよ。三上と初夜がしたいから須藤先輩のとこに行ってほしいって」
「俺が須藤先輩にいじられるから却下」
「そんなあ…」
あれほど嫌だと言っていたくせに、心の準備ができれば少しの待てもできなくなる。
極端すぎるとわかっているが、三上の気がどこで変わるかわからないし、彼の気分が高揚しているときに攻めないと、冷静になったらやっぱりしないと言われるかもしれない。夏休まであと二週間もある。
「ていうかさ、その前に三上補習ないの…?」
この前テストが返され、補習は夏休みを利用すると通達があった。
スポーツ科の生徒にとって放課後残るのは難しいので、それなら多少融通が利く夏休みに回したのだろう。
「あるに決まってんだろ」
「胸張って言うことじゃない…」
「どっちにしろ実家帰るつもりないし」
「皆でどこか行かないの?」
「行かない。妹も合宿って言ってたし帰る理由がない」
「わあ。相変わらず妹さんを中心に世界が廻ってる…椿さんとかに帰って来いって言われないの?」
「ああ、連絡きた。泉も連れて皆で遊びに行こうってよ」
「え、本当?」
「行かねえけど」
「なんでだよ!」
「椿だけじゃねえんだぞ。お前大人数とか嫌いだろ。俺も嫌いだ」
「う、それは、確かに得意じゃないけど、せっかく誘ってくれたのに…」
「絶対行かない」
引かない気配を察しそれ以上は突っ込まなかったが、できればもう一度椿さんとお話ししてみたかった。
女性は苦手だが、いつまでもそんなこと言ってられないので、椿さんで慣れていこうと思ったのだ。彼女なら多少緊張してもどうにかコミュニケーションがとれる気がする。
あまり相手の機微を察しない図々しさは心地いいし、気遣わずに何でも口にしてくれた方が楽だ。
ベッドに横臥し、こちらに背を向けた彼の背中に掌を当てた。
最近は自分から手を伸ばせるようになってきた。振り払われないと知ったからだろう。
こうして少しずつ慣れていって、いつか気安い関係になれたらいいのに。
「泊まる?」
「帰んの面倒くさい。明日起こせよ」
「うん」
隣に潜り込んで背中にぴたりと身体を寄せると暑いと文句を言われた。
なら帰ればいいのに動かないし、振り払いもしない。口は悪いけどなんだかんだ、できる範囲で応えようとするから憎めない。
息だけでおやすみと言い瞳を閉じた。
二年の教室が並ぶ階でパンを抱えて空き教室まで走った。三上がそこにいると聞いたから。
ひょっこりと中を覗くと胡坐を掻いて壁に背中を預け、頭を垂れた彼がいた。
そちらに近付き肩を揺さぶる。
「おーい、お昼休みだよー」
ぼんやりしながら半分瞳を開けた三上は徐々に視線を上げていき、こちらを確認すると思い切り舌打ちした。
相変わらず寝起きの機嫌は最悪だ。
一々気にしてられないので、彼の前にパンと牛乳を置き、隣に着いてサンドウィッチが梱包されたセロハンを剥がす。
三上はのろのろとパンに手を伸ばし、一個目を食べ終わると漸く覚醒したらしい。
「一口」
齧っていた卵とハムのサンドウィッチを指差されたので彼の口元に持っていくと、大きな一口でほとんど食べられてしまった。
「あー!一口がでかい!」
「うるせえ。至近距離で騒ぐな」
傍から見ると暴君だが、自分たちの主従関係は絶対なので言葉を呑み込む。
三上が美味しいと思ってくれたなら大好きな卵サンドをとられても涙を呑もう。本当はものすごく惜しいけれど。
三上は牛乳のパックにストローを刺しながら暑いと言って窓を開けた。
空き教室はクーラーをいれない決まりなので高い気温と湿度で不快指数が限界を突破しそうだ。
よくこんな場所で眠れるなと感心する。
「もう少し真面目に授業でないと三年になれないよ?」
「別にいい」
「僕がよくない!」
「お前はちゃんと卒業して、いい大学行って、いいとこに就職して俺を養え」
「いいの?頑張るね」
ぱっと顔を上げて笑うと溜め息を吐かれた。
だって将来の話しをされるなんて嬉しいではないか。
「お前は男をダメにするタイプだな」
「…そうかな?」
「ヒモ製造機め」
「三上がいいならいくらでも養うよ。ていうか、貢ぐよ。三上は一日中適温に保たれた部屋で寝たり、遊んだりしたらいい」
「あー、悪くないな」
「でしょ?そんなことを許すのは僕だけ!」
「他意を感じる」
「そんな、別に他意なんてないよ。完璧な部屋の中で三上を軟禁できるなんて僕も幸せだし。生活能力ゼロの三上は僕から離れられず、ずぶずぶに依存して…」
「やっぱりちゃんと働く」
こっそりと舌打ちした。
いくらでも依存したらいいのに。その理由が金でも構わないから。
きっかけや中身なんて空っぽでいい。傍にいてくれるならそれが全てだと思うのはきっと愚かなのだと思う。
隣に座り直した彼の横顔を盗み見て顔の半分が隠れる前髪を耳にかけてやった。
「なんだ」
「暑そうだな、と」
「暑いな」
「切らないの?」
「切りたい」
「じゃあ美容院行かなきゃ」
「そのうちな」
三上は退屈そうに欠伸をしながら言った。
切ってしまったら彼を直視できないかもしれない。半分隠れてもこんなに苦しいのに。
もっと顔が整った人なら学園の中でも他にいくらでもいると思う。
有馬先輩や、木内先輩、甲斐田君や香坂先輩。だけどどういうわけか見ているだけで肌がざわざわするのは彼だけなのだ。
三上はポケットから手を出し、拳をつくってこちらに差し出した。
掌を向けると個別梱包された飴が転がる。
「くれるの?」
「一口がでかいって怒られたから。食い物の恨みは怖いらしいからな」
「そこまで食い意地張ってないけど、ありがたく頂戴します…」
口の中に小粒のそれを放り込み、林檎味かなと考えた。
「あ…」
呟いた彼の方を見ながら首を捻ると、ポケットを探りながらこちらにぐりんと顔を向けられた。
「最後の一個だった」
「…ごめん…?」
「返せ」
「いや食べちゃったし、飴くらい後で買ってあげるよ」
「妹が送ってくれたやつなんだよ」
でたなシスコンと呆れながら、食べてしまったものは返せないと言った。
三上の妹への愛情は病気の域だ。自分が三上に向けた執着はもっとやばいので棚に上げることにもなるけど。
残念だけど諦めてと言うと、頬を両手で包まれて口付けられた。
「んー!」
舌の上で転がる飴を器用に奪われぽかんと口を開けた。
「なんてことを!」
「なにが」
「き、汚いじゃん…」
「いつもしてることだろ」
「だって僕が食べてたものだし…」
その時、視線を感じて扉の方へ顔を向けると、これまたぽかんと間抜けな顔をした村上がぼんやりこちらを見ていた。
視線が絡まり、はっとしたように踵を返したのを確認し、髪に指を指し込んで溜め息を吐いた。
まずい。まずい奴に見られた。
「…今…」
「…なに」
「なんでもない…」
言ったところでだから?と返されるのは明白だ。
三上は親だろうが教師だろううが誰に知られたって構わないというスタンスだし、周りの視線も陰口も気にしない。
だけど、相手が自分というのが問題だ。
なんでわざわざ泉を選んだ?と疑問に思われて趣味が悪いと嘲笑されるに決まっている。
自分のせいで誰かが悪く言われるのはもう沢山だ。
村上のことだからおもしろおかしく吹聴するに決まってる。
胡坐の上に肘をついて頭を抱えた。
「あー…」
「なんだよ」
「いえ…とりあえず、ごめん…」
「だからなにが」
目前に夏休みが控えているのが救いだ。
今噂になったとしても休み明けには他の話題で持ちきりになる。人の噂も七十五日と耐えるしかないのか。
それまでの間、どうにか誤魔化せないかなあと逡巡し、無理だなと頭を垂らした。
いくら三上に友人が少ないと言っても必ず本人の耳にも届く。
元はと言えばこんな場所でキスをした彼が悪いが、自分の見目がもう少し華やかだったら周りの人間にまた違った角度で見てもらえたかもしれないのに。
「おい、予鈴鳴ったぞ」
太腿を叩かれ顔を上げた。教室に行きたくないがそうも言ってられない。
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