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ばちんと三上の頬を両手で挟み、きつく目を閉じてキスをした。
息は止めるんだっけ、するんだっけ。いつ離せばいいんだっけ。ぐるぐると混乱する頭を必死に動かす。確かに教えてもらったのに、そのすべてが記憶から砂になって飛ばされていく。背中をとんとんと叩かれ顔を離した。

「苦しい」

「そんなに時間経ってた?」

「経ってた。なにも仕掛けねえから寝てんのかと思った」

呆れたように言われ大声で泣きたくなる。羞恥と情けなさでぐにゃりと顔が歪んだ。

「…折角教えてもらったのに。何度も復習したのに」

ぼそぼそ呟き三上の足の間にすとんと座った。

「童貞なんて一銭の価値もない人間なんだ。生まれてきてごめんなさい。貴重な酸素を吸ってごめんなさい」

「へこみすぎだろ。誰だって最初は童貞なんだぞ」

「違うもん。香坂先輩とか生まれた瞬間に被童貞だもん」

こんな調子でよくも性処理くらいは、なんて思えたものだ。理想と現実のギャップに項垂れ、頭を垂らした。

「…三上も最初は上手にできなかった?」

「さあ。覚えてない」

「そんなわけない」

「俺のことはいいんだよ」

「でも」

言うと同時に顎を掴まれキスをされた。

「お前は勉強が得意だろ?だからきっとすぐ覚えられる」

「…そうかな」

「そうだ」

もう一度口を塞がれ、優しく温かい体温に少しずつ心が溶けていった。
挿し込まれた舌に必死に応え、快感にぼんやりしている場合ではなかったことを思い出す。

「…触ってもいい?」

額をつけながら至近距離で問うと、どうぞ?と挑発的な返事をされる。
恐る恐る下肢に手を伸ばし、制服のズボンの上から触れてみたがなんの反応もない。少しだけがっかりして、三上を落とすには根気と努力が必要なことを改めて確認した。

「ちょ、直接触ってもいいですか」

「いちいち聞くな。好きにしろ」

好きにしていいのか。ごくりと喉が鳴り、最初と同じように彼の足の間に跪くように床に座った。
失礼しますとズボンに手をかけると、ちょっと待てと制される。

「お前咥えようとしてる?」

「え、うん」

だめかと問うと、彼は眉間の皺を摘み唸った。

「…な、なにか間違ってる?」

「いや、いいけど、普通触ったこともないもの口に入れたくねえだろ」

「そんなことないよ。三上のだもん」

「ああ、そう。じゃあどうぞお好きに」

後背に手をつき然程重要でもないように凝った首を回す姿に不安になるが、何事も経験あるのみと自分を鼓舞し、ボタンを外し、チャックを下ろし下着の上から触れた。
すごい。夢にまで見た三上のものを触っている。あ、もしかしてまた夢だろうか。夢なら失敗しても平気なのに。夢であってほしいような、それじゃあ寂しいような、回転扉のような気持ちで下肢を撫で、下着を引っ張って直に触れた。

「…えっと、これは何分勃ち?」

「平常時だけど」

「そう、ですか…」

あまりにも自分とサイズが違うので一応確認した。身体が大きいと相対的にここも大きくなるのだろうか。身長は関係なく遺伝だろうか。どちらにせよ羨ましい。ますます自分の身体は見られたくない羞恥と、これを受け入れたらきっととても気持ちがいいのだろうなという想像で背中が粟立つ。
三上にとって恋人が同じ身体というのは不幸だが、自分にとっては幸いだ。童貞でもある程度理解ができているし、人によっていい部分は違っても基本的な触れ方はわかる。
片手で握り、ゆっくり動かしながら凝視した。

「ガン見すんな」

「恥ずかしい?」

「恥ずかしくはねえけど実験されてる気分」

「じゃ、じゃあどこを見れば…」

うろうろと視線を彷徨わせるとちょいちょいと指で手招きされ伸びをするようにすると三上も腰をかがませ、唇を重ねながらそのまま触れと言われた。
キスをされると集中できないし、どちらか一方にしか意識が向かないけど、三上のキスは自分が蝋燭になって溶け出すくらい気持ちがよくて抗えない。
鼻に抜けるような声が漏れ、萎えさせたらいけないので必死に我慢した。
いつの間にか触れていた部分に芯が通ったので、顔を離して酸素不足と混乱でぼんやりしたまま足の間に顔を埋めた。
手順を思い出そうと思うのに頭の中は靄でいっぱいで思考が追いつかない。
もういいやと自棄になりながら咥えると、シーツの上にあった三上の指先にきゅっと力が入った。いいのか、悪いのかわからないがそのまま好き勝手して、彼の反応を窺うように視線を上げると退屈そうな瞳とぶつかる。その冷たさにぞくりとする自分はどうしようもない。
片手で三上のズボンをぎゅっと握り、片手を添えて舌を這わせて一生こうしていたいとうっとりとした。そのとき、三上の足が動き、僕の股間をぎゅうっと踏みつけた。
驚いて目を丸くし、首を左右に振ったが離してくれない。

「続けろ」

緩急をつけて踏まれ、ズボンを握っていた手に力が入る。

「っ、み、かみ」

苦しいような、気持ちがいいような、怖ろしいような、嬉しいような。
色んな感情がごちゃ混ぜになってすべて吐き出したくなる。

「歯立てんなよ」

「…は、はい」

このままでは自分一人だけよくしてもらって終わりそうなので、喉の奥まで咥え込んだ。不思議と苦しさはあまり感じず、それでも入りきらない部分を片手で掴む。
喉をきゅっと絞ると頭上で吐息が漏れた。よくわからないがきっと気持ちいいのだろうと、同じ行為を繰り返す。
できればこちらに集中したいのだけど、彼の足がそうさせてくれない。
踏まれれば痛い。当然なのに三上にされてると思うだけで興奮して頭が沸騰しそうになる。
足裏の感覚でもわかるだろう。硬くなっていることが。恥ずかしいが、例え足だとしても他人に触れられたことがないので気持ちがいい。
射精感を誰かに委ねるのは怖い。自分のペースでできないので、いつ天辺が来るのかわからないし、身体を他人にコントロールされている感覚は掴んでいたオールを投げ出したようなものだ。
生理的な涙がじわりと滲み、自分の身体は限界が近いし、でも三上を離したくないし、立ち往生して戸惑いばかりが生まれる。

「もういい」

髪を掴まれたが嫌だと首を振った。折角いいポイントを見つけたのだ。もう少し練習させてほしい。

「出るから放せ」

ならば尚更やめるわけにはいかない。三上が自分の拙い口淫で感じてくれるならもっともっとしたい。
喉奥で受け止めると流石に苦しいだろうから、吸い込みながらゆっくり引き抜くと、途中、どろりとした熱いものが口内を汚し、何度か痙攣するように動いた。
すべてを受け止め飲み込んで、幸せの海にとっぷり沈みそうになる。ずっと三上の精液を飲みたかった。これは彼の命そのもの。それを身体の中に入れ続けて、混ざり合って、吸収したらこの上ない多幸感でこの先生きていける。身体に留めることは無理だろうが、自分の身体が彼の一部でできていると信じればどんな苦労も耐えられる。
幸福の溜め息を吐きながら唾液で汚れた口を手の甲で拭った。

「…甘かった」

「味の感想とかいらねえし飲むなよ…」

「なんで?これからは絶対僕の口の中に出して。一滴たりとも捨てちゃだめだよ」

「怖い怖い」

心外だなあと呟きながら、さすがに疲れた顎を擦る。

「交換」

腕を引かれ、後ろに倒れた三上の上に馬乗りになるようにした。

「…交換?」

「お前出してないだろ」

「あ、いや、それは、大丈夫…」

「一方的にやってもらって用済みなんてそこらの女と同じだろ」

「そ、それでいいんだよ僕は」

「俺がよくない」

「いや、本当に大丈夫だから…」

こちらに手を伸ばす三上の腕をきつく握った。

「力ずくでやるか?」

脅迫のように言われ慌てて首を左右に振る。

「い、いったから大丈夫」

「…は?」

「だから、大丈夫…」

尻すぼみになりながら呟いた。
三上が口に吐き出すと同時くらいに自分も達した。そんなことは口が裂けても言いたくないので上手く誤魔化して着替えようと思っていたのに。

「踏んだだけで?」

「う…はい…」

さすが童貞と馬鹿にされるだろうか。
でも、誰が相手でもああなったわけではなく、三上にされてると思ったから達したわけで。与えらえる刺激よりもシチュエーションに興奮したというか。
言い訳を心の中で並べ、どれも変態っぽいのでやめた。

「…お前すげえな」

「すごい…?」

「俺の咥えて、踏まれていくなんて薄々感じてたけどドMなんだな」

「ち、違うよ!三上だからであって、僕は別に痛いのとか好きじゃないし…」

必死に否定するのが逆にそうですと言っているような気がして口を閉じた。
思い当たるふしはある。冷たい視線に胸が高鳴ったり、首を絞めるようにされても興奮した。でも、村上のときのように、同じことを別の誰かにされても怖いだけなので、やはりマゾではなく三上から与えられる行為であるということが一番重要なのだと思う。

「俺ちょっと女王様にはなれないっす」

「足で踏もうと思う人はそれこそ才能あると思うけど」

「手持無沙汰でちょっといじっただけだろ」

「だって三上の足に踏まれてると思うと興奮するじゃん」

「全然わからん」

「引いた顔しないで」

わたわたと手を動かしたが、彼はじっとりと陰湿な視線をやめてくれなかった。

「…ぼ、僕着替えてこようかな。このままじゃ気持ち悪いし」

「俺も風呂入る」

よ、と勢いをつけて上半身を起こしたので、学ランも見納めかと思うと寂しく、腰の上に乗ったまま暫く動かずにいた。
そのまま彼の首に両腕を回し網膜に焼き付けようと見詰め続けた。

「どけ」

「もう少し。見納めだから」

「そんなに珍しいならお前が着れば?」

「いやいや、自分で着たって意味ないじゃん。三上が着てるからときめくのであって、学ラン自体にはときめかないし」

「へえ」

わからん、と顔に書いてあるが無視をした。

「汚れてないよね」

「汚れたっていい。どうせ捨てるし」

「じゃあ僕にちょうだい」

「やだ」

「じゃあまた着てくれる?」

お願いと言いながら顔を覗き込むと眉間の皺が深くなった。やはりだめかと諦めかけたが、わかったと返事があった。

「マジで?」

「あれだろ、お前コスプレしないと興奮できない特殊なタイプの人間なんだろ?」

「そんなことない!三上ならなんでもいいよ!」

「あー、はいはい。でも皇矢が着ればそれはそれでカッコイーとか言うんだろ?」

「そりゃー皇矢はもともとカッコイーから…」

「へー…」

見下ろすような瞳が氷のように冷たくなり、なにか地雷を踏んだらしいと知る。
えへ、と笑って誤魔化したが遅く、後頭部を押さえられ、首筋をがぶりと噛まれた。

「いった」

「痛いの好きだろ」

「…まあ、三上なら…」

「お前にはなにをしたらお仕置きになんの?」

「お仕置き!?」

つい目が輝いてしまい、やっぱりどうしようもないドMと言われた。

「ほら、また見れるんだからもういいだろ。どけ」

「う、うん」

ゆっくりと三上の上から身体をずらしたが、少し動いただけで下着の中が非常に気持ち悪い。ぞわぞわと嫌な鳥肌がたち、堪え性のない身体が憎らしくなる。
三上は着ていた学ランを放り投げ、ついでに上半身裸になった。
裸が見れるなんてラッキー。手を合わせてありがとうございますと心の中で唱えたが、どうやら口に出ていたらしく、冷ややかな視線が身体に刺さる。
風呂に向かう三上に倣い、自分も内股になりながら歩いたが、そのたびに背中がぞわぞわして苦しい。

「…どうした」

「…パンツの中が気持ち悪くて…」

「あー…」

三上は少し悩み、こちらに近付くと脇を抱えてそのまま風呂に向かった。宙ぶらりんで運ばれる様はUFOキャッチャーにひっかかった人形のようだ。

「先入れ」

「でも着替えない…」

「貸す。パンツはなくても大丈夫だろ」

「え、無理」

「じゃあ俺のやるよ。新しいのがどっかにあったはず」

三上は背を向けてしゃがみ、脱衣所に備え付けられているチェストを探った。肩をぽんと叩くと彼がこちらを振り返る。

「是非!中古でお願いします!」

「…お前、履かないで持ち帰るつもりだろ」

「なんでバレるかなー…」

「お前の考えそうなことはもう読めんだよストーカー」

ちぇっと唇を尖らせると袋に入ったままの新品の下着を放り投げられる。それを両手で受け取り、一瞬でもいいから履いてくれないかと聞くと思いきり頭を叩かれた。

「馬鹿言ってねえでさっさと風呂入れ変態」

「はい…」

脱衣所から去る背中を見届け、制服を脱ぎ、下着をくっと引っ張った。

「うわー…」

見るのも悍ましい。寮生活では自慰など滅多にできないのでだいぶ濃い。
洗って再利用するのも嫌なので、ビニール袋に入れて捨てようと決めた。できるなら今すぐ燃やしたい。
三上と甲斐田君の部屋で下着を洗うのは憚られたが、特に甲斐田君に謝罪しながら洗面台で水洗いした。
できれば先程のあれやこれを反芻しながらゆっくり湯に浸かりたかったが、三上が待っているので短時間で済ませた。
脱衣所から出ると入れ替わるように三上がそちらに向かい、さて自分はどうしようかと悩む。
自室に戻るべきだろう。でも一緒にいたい。しかし一緒にいたらまた触りたくなる。一度鎖が解かれると欲しがりな自分は際限なく求めそうだ。
うーん、と腕を組んで悩み、最後に三上の部屋の匂いをかいだら帰ろうと決めた。

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