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「じゃあ次は私の番ね。あ、でも陽介には内緒にして」

「はい」

約束、と小指を差し出されたので遠慮がちに絡めた。

「陽介さ、中学の頃モテ期だったのよ」

「へ…?」

「人生に三回はあるというモテ期」

「はあ…」

「まあ、顔は悪くないっしょ?背も大きいし、すかしてるから中学生のガキには大人っぽく映ったわけよ。そりゃーもう、モテてモテて、その反面、男子からは嫌われてさ。まあ、元々昔から一緒の奴としかつるまない奴だったし、うちらはそんなことで陽介を嫌いになんてならなかったけど、かなり顰蹙買ってさあ」

「…い、いじめられたりとか…」

「あー、そういうこともあったけど、あいつ片っ端からぶん殴ってたからそれは問題なかった。でも卒業まで一匹狼って感じ。人付き合い嫌いな奴だったけど、ますます嫌いになっちゃって」

「…昔から一緒のお友達は?」

「同じクラスならよかったけど、皆バラバラになっちゃって。登下校とか昼は一緒だったけど…」

「…そう、なんですか…」

しょんぼりと床に視線を落とすと椿さんにばしばしと肩を叩かれた。

「そんな暗い顔するようなことはなかったって!でも、俺は絶対に女がいない高校に行くって東城に行ったんだよ」

「…そうだったんですか。三上はモテても嬉しくなかったんですかね…」

「だねえ。面倒くさがってたからなあ。こっぴどく振るのに次々告られんの。多分陽介は三回あるモテ期が一気にきたんだな。あ、てことはこの先ないってことじゃん。うけるー」

うける場面かと突っ込みたかったがやめた。
三上が女は面倒だと言って聞かなかった意味が漸くわかった。どんな生活だったのか具体的にはわからないが、女性の嫌な面をたくさん見たのかもしれない。

「でさー、陽介と仲いいからって私まで目の敵にされてさ!マジうざくね?」

「は、はあ…」

「陽介未だに彼女いない感じ?」

「えーっと…」

「なに、いんの?」

「いや、いない、と思います…」

自分と絶賛交際中ですとは言えない。

「そっかー。やるだけやってぽいか」

「そこまで遊んでいるわけでは…」

三上が一年の頃は部屋に帰らない日も多かったので、そういうとき何をしていたかはわからないが、皇矢ほどとっかえひっかえしていたわけではないと思う。
潤や皇矢が童貞と揶揄するくらいだし、以前経験人数は三人と本人も言っていた。余程興が乗ったときじゃないと手を出さないらしい。
女性相手ですらそうなのだから、自分に手を出してこないのも仕方がないというもので。
その時、とんとん、と階段を上る音が聞こえ、疲れたと言いながら三上が戻って来た。

「うーわ、なんでお前いんの」

「失礼じゃね?帰ってきたって聞いたからわざわざ来てやったのに」

「呼んでねえわ」

三上は当然のように椿さんの隣に腰を下ろし彼女の髪を引っ張った。

「相変わらず染めすぎて傷んでんな」

「うるさいなあ」

「将来ハゲるぞ」

「それ陽介じゃん」

「うちは代々ふっさふさだ」

三上が身内以外の女性と話すのを初めて見た。
当たり前だがとても自然で、そしてとても絵になっている。急激に輪の中から放り投げられたような感覚に怖くなった。
三上はあっち側の人間。目の前で写真を引きのばして見せられている気分だ。

「おい泉」

「は、はい!」

「変なこと言ってねえだろうな」

「言ってません!」

ちらりと椿さんに視線をやると、人差し指を口元に持っていき、内緒、と空気で語った。小さく頷き俯く。

「うわ、絶対なんか話しただろ」

「普通に陽介は学校でどんな風か聞いただけだし。あんた成績悪いらしいじゃん」

「お前もだろ」

「私はいいのー。彼ぴっぴと結婚するから」

「ほー、がさつな女は嫌だって振られねえようにな」

「むかつく」

椿さんが思い切り三上の背中を平手打ちし、三上は背中を反らして痛いと言いながらお返しに彼女の髪をぐしゃぐしゃにした。

「ちょっとー!これセットすんのにどんだけ時間かかるかわかってんの!?」

「その無駄な時間を勉強に費やせ」

「うるせー!」

まるで小学生の喧嘩だが、本当に仲がいいんだなと微笑ましくなる。ずきんと胸が痛んだ気がするが、その痛みからは目を逸らし、代わりに口角を上げた。

「陽ちゃんご飯ー!」

階下から声が響き二人の喧嘩が止まった。

「んじゃ、私帰るわ。今度帰ってくるときは連絡してよ。全員に集合かけるから」

「いいって」

「大輝も直弥も会いたがってたよ」

「俺は会いたくない」

「まーたそうやって可愛くないこと言うこの口はー!」

椿さんが三上の頬を左右に引っ張ると、三上は椿さんの頬を片手で挟んだ。これはいつまで続くのだろうか。

「お兄ちゃんご飯!」

「今行く!」

ぱっと手が離れ、椿さんが痛いと言いながらこちらを振り返った。

「泉君またねー」

「はい。また…」

甘い香水の香りを残して軽やかに去っていく華奢な背中を見送った。
なんというか、陽のパワーが溢れる人だった。自分とは正反対で、三上とも対等に渡り合える強い女性だ。付き合いが長いからこそかもしれないが、そういう人もいるのだなと新鮮な気持ちになった。

「飯食ったら帰るぞ」

「はい…」

自分までご馳走になっていいのだろうかと恐縮したが、もう一人の妹さんには歓迎され、おばさんもたくさん食べてと嬉しそうにしていた。おじさんの姿はなく、今日も残業らしいとおばさんがごちていた。
いつも以上に食べた腹を擦り、美味しかったと礼を言うとおばさんは朗らかに笑った。誰も言ってくれないから嬉しいと。すかさず三上が世辞に決まってんだろと可愛くないことを言う。
二階に戻り素早く帰り支度を済ませ、茶の間を覗きお邪魔しましたと頭を下げた。

「え、陽ちゃん帰るの?」

「帰るよ」

「なんで?明日休みだし泊まればいいのに!」

「ここにいたら椿たち来るだろ」

「いいじゃん!私も椿ちゃんと話したかった!」

「お前毎日話してんだろ」

三上は呆れながら靴を履き、全員に見送られながら家を後にした。
外はすっかり暗く、昼間より断然静かだ。

「あー、疲れた。だから帰りたくねえんだよなあ…」

「お疲れ様です…」

三上は心底鬱陶しそうな顔をしているが自分は楽しかった。彼の色んな顔を見て、知って、これ以上大きくなりようがない恋心がまた一回り膨れ上がった気がする。

「寮に帰ったら学ラン着てくれる?」

覗き込むようにして揶揄する口調で言うと嫌な顔をされた。

「…まあ、約束は約束だしな」

「代わりに僕もなんでも着てあげるよ!リクエストとかないの?」

「ねえよ」

「えー、むっつりのくせに?椿さんに化粧してもらってセーラー服着てあげようか?」

「吐くわ」

「意外と可愛くなるかもよ。僕顔が薄いから」

「可愛くなったらパパ活して俺に金を貢いでくれ」

「三上が喜んでくれるなら」

「冗談通じねえ奴だな。本当にやりそうで怖えわ」

三上が望むならなんだって。自分が持てるモノすべて金に換えて構わない。
人を殺せと言われても頷きそうだ。そんな自分にぞっとするので、三上はもっと気味悪く思うだろう。重たい気持ちは綺麗に隠して繕わなければいけない。このままいったら本当に精神的におかしくなる。嫌われぬため努めようと思うけれど、自分でも暴走しがちな心を止められない。どうしてこんなに好きなのだろう。小さな理由を掻き集めればいくらでも口にできるが、彼から与えられるものすべてが特別で、すべてが心を掻き乱していく。たとえそれが鋭利な刃だとしても。だから一分、一秒長く彼といたい。
三上はあちら側の人間。それを再確認したからだろうか、気持ちが焦る。
咄嗟に前を歩く彼の制服を掴んだ。

「…なに」

「あ…えっと、三上はどこに行くのかなと思って」

「は?寮に帰るに決まってんだろ」

「そう、だよね…ごめん」

なにを言っているのだろう。
少なくとも卒業するまでは三上はどこにも行かない。別れたって一緒にいる方法を探ることができる。でもその先は?二度と会えなくなったりするのだろうか。
そうしていつか椿さんのように綺麗な女性とつきあって、結婚して、平凡で、でも自分は一生手に入れられない家族を持ったりして。
長い人生、自分が三上とこうしていられるのはほんの一瞬。理解していたつもりが、東城という箱庭に守られているとつい失念しがちだ。
なんだっていい。彼が自分に夢中になってくれるなにかを見つけなくては。
高杉先輩のような自信はないので袖にはできない。神谷先輩のように美しい容姿もない。潤のように勝気に振り回せない。蓮のような包容力もない。
自分の両手にはなにも乗っておらず、突出した取柄もない。なにもかもが平凡かそれ以下で、胸を張れるものがない。
残るは身体だけだが、そちらも同性な上に経験がないので上手にはできないだろう。
でもせめて気持ちいいことを沢山してあげたい。こんな自分でも性処理くらいはしてあげられる。そのために櫻井先輩に教えてもらったのではないか。
下を向くのは別れた後。今は無理矢理にでも前だけを見るしかない。

「帰ったら櫻井先輩に教えてもらったことさせて?」

「はあ?お前唐突すぎんだろ」

「だって予約いれないと」

「予約って…」

「あ、それとも雰囲気とかあるの?薔薇でも買ってこうか?」

「薔薇なんて何に使うんだよ」

「お風呂に浮かべたり、ベッドの周りに散らしたり?」

「洋画の見すぎだろ」

「じゃあ三上はどんなときにむらっとするの?」

「どんなときもしない」

「もー、本当に枯れてんなあ…これじゃあ僕が頑張ってもだめじゃん。もしかしてED?それを隠すために性欲ないとか嘘ついて…」

「殺すぞ」

「じゃあむらむらポイント教えてよ」

「やりてえなと思ったとき」

「だからどういうときにやりたいと思うのか教えてってば!」

「さあ。好みの女といるときじゃね」

う、と喉を詰まらせた。それを言われるとなにも言い返せない。
自分は逆立ちしたって好みの女性にはなれないし、ふくよかな胸もない。当然だが平らな胸を見下ろして溜め息を吐いた。

「胸がほしい…」

「また変なこと言い出した。俺は別に巨乳が好きなわけじゃねえぞ」

「でもあった方がいいじゃん!」

「…まあ、ないよりかは…」

「ほらみろ!」

「うるせえ。男はだいたいそうだ」

「むっつり!変態!」

「お前に言われると心底むかつく!」

肩を思い切り殴られ呻き声が漏れる。手加減してているのだろうが痛い。
帰りの電車は口数少なく、櫻井先輩にみっちり教え込まれたことを頭の中で予習した。
そのたびに椿さんの透き通った細い髪や長い脚、きゅっとくびれた腰がちらつく。なにもかも自分にはないもので、だけど三上が好む身体。
平坦で、ごつごつとして、曲線のない自分の身体を見下ろして、その差に泣きたくなる。やはり男であることを強く意識した瞬間三上は自分を手放すだろう。
刑務所など女性がいない環境に身を置くと同性で欲を発散させるというが、東城も同じようなもので、だけどそれはほんの一時的な迷いだ。
ゲイである自分とは違う。なにもかもが違うのだ。

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