Episode3:恋の正体


翌日の午前中。
カーテンを開けて春の光りを部屋一杯に敷き詰めた。
三上はまだ寝室から出てこない。
きっと早くてもお昼か、下手したら午後まで眠るのだと思う。

リビングのソファに座り、携帯をチェックする。
この休日中に須藤先輩はラグを新調するので、片付けが終わったら帰って来て大丈夫、と蓮からメールが入っている。
それからもう一通は潤からだ。
話し合いが終わったら連絡しろと言ったのに、どうなっているのだと簡素なメールに苦笑が浮かんだ。
三上のことで頭も胸もいっぱいで、自分という人間のすべてが彼に流れ、支配され、他を考える余地がなかった。
正直、まだ信じられないし、これでいいのだろうかという不安もある。
三上をとんでもない方向へ導いてしまったのではないか、と。
僕たちはまだ高校生で、いずれ別れもくるだろう。
そのとき、僕のことは若気の至りだったと記憶を閉じ込め、新しい彼女を作って、ゆくゆくは結婚をして、子どもを作って。
そんな平凡な幸せが三上に訪れればいいと思う。
彼を離したくないと我儘になる気持ちと相反して、同じ場所で真逆のことを考える。
どちらも本音、どちらも自分だ。
三上の告白は、宝くじに当たったようなものなので、夢を見られる間は存分に楽しめればいい。
後は、彼の邪魔はしない。
交際をしようと決めたとき、自分にそう誓った。

ぼんやりと窓の外を眺めて、自分には大きいパーカーの袖部分を遊ばせた。
我に返って、これでは三上の服が伸びてしまうと手を離す。
けれどもまた、気付くとあちこちを触ってしまう。
手持無沙汰で、彼自身を纏っているような感覚がこそばゆくて、落ち着いていられない。
いよいよ自分が気持ち悪い。
がっくりと項垂れていると、部屋をノックする音が響いた。

「は、はーい…」

急いでそちらへ向かい、扉を開けると笑顔の潤がそこにいた。
笑っているけれどどこか機嫌が悪いようにも見える。

「おはよう真琴」

「おはよう」

ラフな格好で、髪は無造作なままで、寝癖もついている。
いつも完璧に美しく揃えられた潤の無防備な姿に驚いた。
どんな格好でも、身形でも、美しさの価値は変わらず、美しいままだけれど。

潤は部屋へ入り、ぐるりと見渡した後ソファに座った。

「三上は?」

「まだ寝てると思うよ」

「なんだよ。つまんねえ」

潤は唇を尖らせながら舌打ちをした。

「昨日、どうなった?」

「ああ、連絡しなくてごめん」

「ほんとだよ。待ちくたびれた。で?」

「ああ、えっと…」

なにからどう話していいのかわらかず俯いた。

「あ、いや、ちょっと待った。ここで話すとまた三上に邪魔されそうだから場所移そう」

言いながら潤は僕の腕を掴んで立ち上がった。
大股で扉へ向かう潤の後ろ姿に戸惑う。

「で、でも三上になにも言わないで出ると怒られるかも…!」

「なんで?」

「いや、あんまりうろうろするなって言われて…」

「なんだそれ。軟禁かよ。僕も一緒なんだから大丈夫だろ」

でも、けど、と言葉を続けてみたが、潤には敵わない。
三上が心配しているのは僕ではなく、また面倒に巻き込まれたときの自分だ。
僕を好意の対象とするような物好きはこの学園には一人もいないだろうから、平気だと思うけれど。

真っ直ぐ廊下を歩く潤の後ろをついて歩き、彼の部屋に入る。
個室のベッドの上に座ると、ずいと潤が顔を寄せた。
近くで見ると一層綺麗だ。
なんて感心している場合ではない。

「さあ、続きをどうぞ」

「…そんなに聞きたいの?こんな話し…」

「聞きたいに決まってる!すげーおもしろいじゃん!」

これは三上に後で叱られそうだ。
けど、潤の性格がこんな調子なのは今に始まったことではないし、三上も承知の上だと信じたい。

「…まあ、付き合うことに、なりました」

「なんて?三上なんて言ってた?」

「それは、ちょっと…僕殺されそうだし」

「三上からかって遊びたかったのになー」

「いや、からかうと本気でキレると思う…」

「だから面白いんじゃん」

けろりと悪びれもない潤に頭痛が響く。
女王様はどこまでいっても女王様で、家臣は振り回されるばかりだ。

頑として三上とのことを話そうとしないので、潤は諦めて、それからは他愛のないお喋りで時間を潰した。
半分は有馬先輩の愚痴だったけれど。
聞けば聞く程自分の中での有馬先輩像が恐ろしく変わっていく。
できれば接点を持ちたくないものだ。
そして潤は言った。

「真琴も早く既成事実作れば。三上はああ見えて懐に入れた人間には情に厚いし一回やればどうにでもなる」

綺麗な顔して下世話なことを言うものだから、怒るよりも呆れる。

「潤、そんな言葉皆の前で言ったらだめだよ。イメージ崩れるから」

「なんだよ、イメージって。ほんとのことだし。だって男じゃん?それが一番手っ取り早いし。女じゃないから、言葉とか時間とか、そういう余計な手順踏まなくていいから楽じゃん」

「…男らしいっすね」

「真琴は上?下?どっちがいいの?」

「どっちでもいいよ。三上がしたい方で」

「三上が男とするとかマジでギャグだね」

「いや、しないで終わる可能性の方が大きいと思うけどね」

「なんだよ、後ろ向きだな。前はあんなに前向きでぶっ壊れてたのに」

「ぶっこ…。まあ、いいけど…。なんか、ありえない事態すぎて逆に引いてしまうというか。付き合えたらもっとテンションあがるのかなって思ってたけど。まだ現実感がないからかも」

「まあね。あの三上だしね。少しずつ慣れてさ、またぶっ壊れてる真琴に戻ってよ。僕そっちの方が好き」

無邪気に言われて小さく溜息を吐く。
なんだよ、と抗議をされて別に、と片手をぱたぱたとした。
そのとき、大きな音をたてて扉が開いた。
二人同時に驚きながらそちらに視線を移す。
三上だった。

「お前っ…」

そこまで言って、なにか気付いたように口を閉じ、髪をがしがしと掻いている。
よくわからない言葉と行動に首を捻った。
ぴんと思いついて慌てて釈明した。

「なにも!僕、なにも言ってないから!」

大袈裟に首を左右に振る。
ね?と潤に同意を求めると、潤もつまらなそうに、なにも聞いていないと言ってくれた。

「そうじゃねえよ…」

溜め息と共に髪をかき上げ、怒ったような口調で短く来い、と言われた。
潤に視線を移すと、手だけで行けと促している。
また学校でね、小さく潤に言って、三上の背中を追った。
部屋へ戻って、扉の鍵を内側から締める。
振り返るとすぐそばに三上が立っていて、上からこちらを見下ろしていた。
驚いて咄嗟に視線を逸らす。
なぜかはよくわからないが、怒っている。ような気がする。
空気だけでわかってしまうくらい、三上を追いかけてきた。

「お前、俺が言ったことわかってる?」

「…言ったこと、とは…」

「あんまうろうろすんなって言っただろ」

「ご、ごめん!潤に言ったんだけど…」

「まあ、潤ならだいたい予想はつくけど、せめて携帯は持ってけ。びっくりしただろボケが」

両頬を限界まで伸ばされて、涙目で痛いと訴える。

「お前変なところ抜けてんだよ。自分だから気付いてねえのか?小学生みたいなところあるからな」

ぱっと手を離され、じんじんと痛むそこを掌で包む。

「僕はどっちかといえばしっかりしている方だと思います」

「してねえよ馬鹿」

「馬鹿って言う方が馬鹿」

「馬鹿に馬鹿って言ってなにが悪い」

終点のない言い争いをして、一旦冷静になろうと話しを区切った。

「とにかく、あんなことがあったのにふらふら、ちょろちょろとすんな。もう少し重く受け止めろって言ってんだよ」

「だってさ」

「だってじゃない。いいな」

「…わかりました」

きつく睨まれて渋々頷いた。
わかっていたつもりだ。
けれど潤には敵わなかった。
相手が潤でなくとも、流されやすい性格なのでふらふらしていたかもしれない。
だから三上の言葉は正しい。
彼から見れば自分は目が離せない小学生のようなものだ。
保護者と子どものような立場は納得できないけれど。
反論しても無意味なので、不満は呑み込む。

本当にわかってるのかあやしいところだ、とぶつぶつと文句を言いながら、彼はソファに深く腰掛けた。


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