5


泉を連れて部屋に戻るとリビングの灯りが消えていた。
秀吉が戻ってきたのだろう。うるさくしないよう個人部屋に入り、要件を簡潔にと言った。
ベッドを背凭れにして座ると、泉は目の前に正座し、膝の上に置いた拳に力を込めた。

「相談があるんですけど」

「なに」

「…触らせてくれない?」

「は?」

意味がわからず眉間に皺を寄せた。触りたかったら触れ、言いたいことは言え、そう言い聞かせてきた。今更なんの許可が必要だというのだろう。

「…触れば?」

「そうじゃなくて。こここ、この前…」

泉はどもりながら顔を赤くした。

「その、心の準備ができてなかったのでパニックになって逃げましたが、僕は三上とそういうことがしたいです」

「…ああ、そ」

「だけど、三上が萎えたら死ぬほど落ち込むので、まずは僕にやらせてほしい」

「俺に下になれってのか」

「違う違う!そうじゃなくて、男の僕でも大丈夫か少しずつ確かめてほしいんだ」

「どういうことだよ」

「だから、僕は脱いだりしないから、一方的に触らせてほしい」

斜め上の解決方法を提示され僅かに目を見開いた。
そんな回りくどいやり方しなくてもと思うが、泉が納得する方法がそれしかないというなら仕方がない。
自分なりに考えた末の結論なのだろう。
言いたいことは山ほどあるが、悩んだ末の答えを全否定してはいけないと思う。
心の準備だ、男同士だ、難しく考えるのは泉の性格上仕方がないのだろうから、そこに突っ込んでもしょうがない。

「…まあ、よくわかんねえけど好きにしろ」

「ありがとう」

泉はぱっと表情を明るくし、たくさん勉強したと言いながらはにかむように俯いた。

「不器用だし、童貞だから上手にできるかわからないけど、努力するから下手だったら教えてほしい」

前のめりになられ、その気迫に後ずさった。
泉が真面目な人間ということはわかっていたが、こんなことまで勉強しなくともいいのではないか。実践していくうちにどうにかなると思う。感覚がずれているが、それも今更だ。

「櫻井先輩に教えてもらった?」

「え、なぜそれを…」

「なぜでしょう」

盗み見に加え盗み聞きもしてましたとは言えない。
いつの間に二人が仲良くなったのかは知らないが、泉がそういうことを相談できるくらいだ、余程波長が合ったのだろう。櫻井先輩もぼんやりした人だからわからなくはない。

「実践はしてないからね?」

「櫻井先輩が男相手にするかよ」

言うと、泉はにまにま笑い、それはどうでしょうと呟いた。気持ち悪い。
泉は一しきり笑った後胸に手を当てながら息を吐いた。

「拒否されなくてよかった。この前本当は嬉しかったんだけど、なんせ経験ゼロなもので…」

「あ、そ」

「それに、三上がやっぱ男は無理って判断したらふられるんじゃないかと思って。それなら一生しなくてもいいやって…」

苦笑しながら言われ胸が痛くなった。まさかそんな風に考えていたとは知らなかった。
泉のマイナス思考は理解しているつもりだが、自分の想像では補えないほど後ろ向きだ。
そんな事情があったとは知らず、一方的に拗ねた挙句避けてすまんと心の中で謝る。

「そんな理由でふったらクズもいいとこだろ」

「…でも、男女でも相性が悪いと別れることもあるって聞くし、大事なんだろうなあって思ったから」

「大事にしてると思う?俺が」

「まあ、確かに三上は普通じゃないけど、でも…」

「もし、もしお前じゃ勃たなかったとしよう。だからって別れるってのは突飛すぎるだろ」

「そうかなあ…」

「じゃあお前はできなかったら別れるのか」

「僕はそんなのなくたっていいよ!そりゃ、むらむらするだろうけど、我慢するよ!」

そんな堂々と宣言されても困る。
こればっかりは絶対に大丈夫と言えないし、反応しなかったら泉は海底より深く落ち込むだろうが、努力でどうにかできる問題でもない。
自分でもそのときにならないとわからんとしか言えない。
ただ、前回意外にも嫌悪感はなかったので、漠然と大丈夫なんじゃねえの?と考えていた。
こういうことは頭でごちゃごちゃ考えるより本能に従った方がうまくいく気がするのだが、自分が浅はかなのだろうか。

「まあ、だいたいのことはわかった」

「ありがとう。じゃあ、早速…」

こちらに手を伸ばした泉の腕をぺちんと叩き落とした。

「寝るって言っただろ」

「え…この流れでだめって言う?」

「お互い様だ。昼寝してないから眠いんだよ。この状態じゃ相手が誰でも勃たない」

「性欲より睡眠欲が勝つか…」

「俺に性欲は期待すんな」

じゃあ、そういうことでとタオルケットにもぐって瞳を閉じた。

「で、でも少しくらい…」

タオルケットをくいくいと引っ張られ、うるさくて眉間に皺を寄せた。

「三上ー…」

遠慮がちに名前を呼ぶ泉の首の裏に手を伸ばして引き寄せた。触れるだけの短いキスをしておやすみと呟く。
こうすると泉は電池が切れた玩具のように大人しくなるので、操る上で便利な手段だ。
泉は案の定言葉をなくし、暫く余韻に浸るようにすると諦めたように息を吐いた。

「…わかった、今日はなにもしないから寝るまでここにいてもいい?」

「…好きにしろ」

「うん」

明かりが落とされ、さらりとした手つきで髪を梳かれた。
誰かに甘える趣味はないけれど、眠りに落ちる直前の浮遊感の中で温かい手が自分の身体に触れるのは悪くない。
ずっと昔、幼い頃はこんな風に甘やかされていたのだろうか。まったく覚えていないけど、懐かしさが胸に広がった。
一度すうっと息を吸いこみ、頬を撫でた指に導かれるように夢へと落ちていった。

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