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泉は乙女のように手を組みながら楽しみだと呟いた。
なにがそんなに嬉しいのか理解できないが、泉が満足するならそれでいい。
少しずつでも愛情を与えてやれば、ひん曲がった精神も少しはまともになるだろう。
急にすべてを変えるのは無理だし、自分は価値のない気持ちの悪い人間なのだと呪い続け、植え付けられた自己否定感は簡単に消えるものではない。
泉の問題で、自分ができることなどなにもない。ただ、可能な範囲で甘やかそうと思っている。その可能な範囲がものすごく狭いのだけど。
泉には際限なく愛情を掛け流す秀吉のような男の方が相性がいいと思う。なのにこいつはどこで間違ったのか自分のような人間を好きになってしまった。可哀想に。自らいばらの道を選ぶなんて。

「…なに?」

「なんでもない」

誤魔化すように顎を掴んで顔を寄せた。
泉は瞳をうろうろさせた後ぎゅっと目を瞑り身体を硬くした。いつになっても慣れないので生娘を相手にしている気分になる。
今時キス程度でこんな風になるなんて、純情栽培もいいとこだ。
呆れながら唇を重ね、触れるだけですぐに離した。それ以上は嫌だと駄々を捏ねるから。
身体を離そうとすると首に腕が巻き付いた。

「…も、もう一回…」

懇願するように言われたので好きにさせた。
泉はこちらに圧し掛かるように体重をかけ、ゆっくりと顔を寄せる。
後背に手をついて自分の身体を支え、薄目で泉を眺める。睫を震わせ、頬を上気させ、首に回した腕に力を込められた。
泉は瞳を溶けそうにさせながら小さく喘ぐように息を吐き顔を離した。

「幸せで死ぬかもしれない」

ぽつりと呟かれ、肩を掴んでそのままソファに押し倒す。

「随分と煽るな」

「あ、あお…?」

「計算?それとも天然?」

「な、なにか悪いことした?」

なにもわからないといった様子でおどおどされ、こいつ、本当は悪魔なのではと思う。
純真で清潔な裏に隠れた色気が怖い。真っ白な紙にぽつりと朱を差し、それがじわじわ広がって、終いにはこちらが呑み込まれるのではないかと怖くなる。

「いい加減、口つけるだけのお飯事やめようぜ」

泉の頬に手を翳すと、彼はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
返事がないので噛み付くようにキスをして頑なに閉ざされた唇を舐めた。強情さだけは誉めてやろう。

「み、みか…」

呼ぶと同時、僅かに口が開いたので、付け入るように舌を差し込んだ。

「みか、み」

ぎゅっとシャツを握られたが、逃げられないよう顎の付け根をがっちりと片手で固定させる。

「舌噛むなよ」

至近距離で視線を合わせると、泉の瞳は戸惑いと混乱でいっぱいで、首を縦に振ったり横に振ったりした。
くすりと笑い、逃げ惑う舌をがっちりと掴んだ。大丈夫、大丈夫、呪文のように囁いてやると次第に泉の身体から力が抜けていく。
硬直していた舌も柔らかくなり、これなら大丈夫と踏んで顎を掴んでいた手も放してやった。

「みか、わ、からない。わからないっ…」

「力抜いてればそれでいい」

上あごの裏を擽り、薄い舌を吸うと鼻にかかったような声が響く。
半開きにした口から唾液が伝ったがやめてやらない。
キャパオーバーなくせに精一杯応えようとする様がおもしろくて、可愛らしい。
男となんてできないとか、泉の欲求に応えられないとか散々悩んだが、可愛いと思えるならいけるのではないか。
キスをしても不快にならないし、もっとぐちゃぐちゃになる姿を見たいとも思う。
キスを続けながら泉のシャツの釦を数個外したが、嫌がる素振りはない。
するりと手を忍び込ませると、うっとりと閉じられていた瞳がぱちっと開き、渾身の力で胸を押し返された。

「なんだよ」

「そ、それはよくないと思います!」

「は?」

「よくないです!」

今更?ここはそういう雰囲気ではないか?これが女なら確実に――。
泉にそれと同じを望む方が間違っているのだろうが、まさか止められるとは思わなかった。
別に無理にしたいわけではないが、流れに乗らなければいつまで経ってもお飯事のままだ。それをこいつはわかっているのだろうか。口では散々やりたいやりたいと言うくせに、いざこうなるといつも逃げようとする。

「また逃げる気か?」

「だって…」

もごもごと口籠るのが鬱陶しくてはっきり言えと叱った。

「だ、だって、ぼ、僕が受ける側でしょ?色々、準備しなきゃいけないし、それに、男同士のやり方三上はわからないじゃん」

「お前がわかってるならそれでいいだろ」

「そういう問題じゃ…と、とにかく、下準備とか、必要な物が揃ってないとだめなわけで…三上も少しは勉強してほしい!」

「じゃあ今日はいれねえよ」

「い、いれ…!?あ、あ、あのっ」

泉は口を金魚のようにぱくぱくさせ、フリーズしたかと思うと勢いよく上半身を起こした。

「う、あ、うえ…」

「日本語喋れ」

恐慌状態の泉を宥めるように両肩を掴むと、ただいまーと呑気な挨拶をしながら秀吉が扉を開けた。

「うわ!」

泉はびくりと肩を上下させ、立ち上がって頭を抱えた。壊れたロボットのようでおもしろいが、これを一瞬でも可愛いと思った自分は特殊ななにかに目覚めたのではないかと心配になる。

「お、泉来とったんかー」

「うわ、うえ」

「どないしたん?」

「う、う、うわあー!」

仕舞には奇声を発しながら走って部屋を出て行った。

「…どした?喧嘩か?」

「お前のせいだわ」

「え、なんで?俺なにもしとらんけど」

長い溜め息を吐くと、秀吉はぴんと来た様子でそういうことかと言った。

「でも俺悪くないやん。リビングで事に及ぼうとするデリカシーのなさよ」

「別にいいだろ。女じゃねえんだ。見られたって構うかよ」

「うわあ…最悪やわお前。今度お前の前でおっぱじめてやろうか?」

「ふざけんなよ」

「せやろ?嫌やろ?俺も見たくないし、泉も見られたくないやろ」

「へえ…」

「あ、こいつ全然わかっとらん!お前と違って泉は難しい子なんやからもう少し丁寧にせんと」

「丁寧って…面倒くさ…」

「だから逃げられるんや…」

ぽそりと言われ、頭にきたので秀吉の肩を殴った。
女を相手にする以上に面倒くさい。もういい。わかった。二度と手を出そうなんて思わない。
泉の願いをなるべく叶えよう、恋人としての責務を果たそうとした結果がこれだ。
嫌ならもうしない。
揺れる心など推し量るものか。そういう面倒くさい気持ちは自分自身で処理してもらわないと困る。
だからと言って泉自身が決着をつけるまで待ったら何年かかるかわからない。
本当に面倒臭い。一つ問題が解決したかと思ったら、すぐに次の障害が立ちはだかる。
恋愛ってこんなに面倒なのだろうか。それとも泉が特殊なのだろうか。他につきあったことがないのでわからないが、多分他の奴らはこんなに回り道をしないのだと思う。
また短気を起こしそうになり、泉に当たる代わりに秀吉に八つ当たりした。

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