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泉と一度部屋の前で別れ、妹と電話をしている最中にノックが響いた。
会話を続けながら扉を開けてやると、ペットボトルのお茶を二本手に持った泉がにこにこ笑いながら立っている。
電話中だと気付いたのだろう。出直すかと小声で聞かれたので、顎をしゃくって室内に招き入れた。
ソファに着きながら妹の話しに適当に相槌を打つ。
「…ああ、わかった。わかったから。じゃあな」
ぱちんと携帯を閉じてテーブルの上に放り投げた。
「ごめんね電話中に」
「別に。妹だし」
「妹さん…どっちの?」
「沙羅」
「うーんと…髪が長い子?」
「そう」
泉は学園祭で二卵性双生児の妹を見たことがあり、兄妹なのに似てないとよく言う。異論はない。自分に似ていたら可愛がっていないだろう。
「三上の妹さん可愛いよね」
「可愛いな」
「高校生だし、そろそろ彼氏ができちゃったり――」
「殺すぞ」
「でたシスコン」
「シスコンで結構。どこの馬の骨ともわからない男に妹はやらない」
「でもいつかは結婚するんだよ?」
「あーあー、聞きたくない」
「誠実な人ならいいと思うけどなあ…」
「そりゃな、誠実な男ならいいよ。でも高校生だぞ?やることしか考えてねえだろ」
「それは偏見じゃ…だって三上はそういう男じゃないじゃん」
「馬鹿野郎。俺が変なだけだ」
「自分でわかってるんだ…」
「でもまあ、妹は皇矢に夢中だし彼氏は作らないと思う」
「マジ?皇矢?うーん…」
泉は腕を組んで首を傾げた。
「いい友だちだけど、彼氏としてはどうなんだろ…」
「最悪だろ。あいつの女癖の悪さときたら…」
「でも今は高杉先輩一筋だよ?」
「そうでもしねえとあの高杉先輩が皇矢なんかとつきあうかよ」
「うーん、確かに。皇矢が高杉先輩を捨てるとも思えないし、そうすると妹さんは失恋だね」
「成就してたまるか」
妹の不幸を願うわけではないが、あんな男とつきあうなんて絶対、絶対認めない。
「まあ、皇矢は特に女の子にモテそうだからなあ」
「なにがいいんだか」
「いや、でも僕も女の子だったら好きになってるかも…」
その言葉にぴくりと反応した。
顎に手を添えて考えている泉に視線をやる。
聞き捨てならない。泉は同性愛者なのだから、今だって十分皇矢に惹かれる条件は揃っているではないか。
「若いときは悪そうなイケメンに惹かれるらしいからねえ」
泉はうんうんと一人で納得しているが、そんなの知るか。
「おい」
「なに?」
「お前…」
まさか皇矢もつまみ食いしたいとか言い出さないよなという言葉は呑み込んだ。
まるで独占欲の塊みたいではないか。友人と誰かを共有する趣味はないし、これが泉でなく別の誰かでも嫌なはず。だから決して独占欲じゃない。皇矢なんかにとられるのが嫌なだけで。
じゃあ麻生ならいいかと聞かれても嫌だし、有馬先輩でも、櫻井先輩でも、秀吉でも嫌だ。
尻の軽い女は好きだけど、恋人にはそれを許さない。
なんて自分勝手なんだ。鬱陶しい。
新しい自分に塗り替えられていく気がして頭を抱えたくなる。
誰かとつきあうと自分はこんな風になってしまうのか。できれば一生知りたくなかった。
「どうしたの?」
「…なんでもないです…」
「変な三上」
「お前にだけは言われたくない」
泉が持参したお茶を飲み冷静になれと言い聞かせる。そのときノックもなしに扉が開き、噂の張本人が顔を出した。
「よお」
皇矢はコンビニの袋をずいとこちらに差し出してやると言った。
「なんだよ」
「身体に悪そうなもの色々」
中を覗き込むと即席麺や菓子の類が入っていた。
泉の隣に座った皇矢になんだこれと問う。
「茜が兄ちゃんから送られてきたらしい。たくさんはいらないから配れって言われた」
「高杉先輩お兄ちゃんいるんだ。似てるのかな」
「顔は似てるけど性格は真逆だな」
「高杉先輩優しいバージョンみたいな?」
「そうそう」
皇矢は泉の頭をよしよしと撫で、泉も瞳を閉じて嬉しそうにそれを受け入れた。
いつか潤が言っていた。泉は愛玩動物みたいなものだから、目が合っただけで撫でてやらなければという気持ちになると。
きっと皇矢も同じような感覚なのだろう。こいつはやたらと周りの人間に誉められ、撫でられ、可愛がられている。
皇矢も潤も、虐められ、友人もいなかったという背景を考慮し、あえて愛情表現過多にしているのかもしれない。その方が泉も嬉しいし、安心するだろう。
自分だっていつもはなにも感じないが、泉が皇矢のアホを恋愛対象としてみれるような発言をした後だと微妙にいらっとする。
自分が異性愛者だから忘れていたが、泉の場合はこの学園の生徒すべての人間が恋愛対象になりうるということだ。
にこやかに談笑する二人を見て馬鹿馬鹿しいと溜め息を吐いた。
「なんだよ早く帰れって?」
皇矢はにやにやと嫌な笑みで言った。
「そんなこと言ってませんけど」
「はいはい、邪魔してすみませんでした」
皇矢は最後にこちらに手を伸ばし、おー、よちよちと言いながら頭を撫でたので、思い切り振り払って腹を蹴ってやった。
好き勝手言いやがって。高杉先輩にいいように遣われすっかり従順な使役犬になったくせに。
泉は皇矢の後ろ姿を視線で追い、皇矢が扉を閉める間際こちらを振り返ると大きく手を振った。
「うーん、皇矢がモテる理由がわかる」
「あ?」
「あ、いや、別に三上がモテないと言ってるわけではなくてね?」
そんなのはどうでもいい。実際自分は女に嫌われる。
皇矢みたいに女を日替わり定食のようにとっかえひっかえなんて、面倒なだけだと思うし、一人で十分だ。
「勿論三上は僕の中では一番だけど、一般的な話しをしているわけで」
泉はなにを勘違いしているのか、必死に言い訳を続けた。
「おい」
「はい!」
びくりと肩を震わせる泉に手招きし隣に座らせた。
柔らかい頬を両端に引っ張りぱちんと手を離す。
「いだい…」
「痛くしてるからな」
横目で見ると、痛いと言いながらもにやにや笑っていて、こいつは本当に気持ち悪い人間だと確信する。
「そういえば、ご褒美の学ランは?」
「お前約束守れなかったじゃん」
「ま、守ったよ!」
「守ってねえよ。本音は言えないって散々めそめそしてただろ」
「でも最終的には言ったし!」
「俺があの手この手で言わせたんだよ」
「う、はい。でも…」
「なんだよ」
「…ぼ、僕この前誕生日だったし、それを加味してご褒美ほしい、なあ…」
ちらりと上目で見られ顔を顰めた。
誕生日なんて知るかと一蹴してやりたい。だけど成功体験を積み重ねれば泉も自分につけた鎖を引き千切ることができるのではないか。溜め息を吐きながら観念した。
「…わかったよ」
「マジで?マジで言ってる?」
「お前が言いだしたんだろ」
「やばい!今からどきどきしてきた。写真は?写真は撮ってもいいですか!?」
「だめです」
「千円払うから」
「なんだよそのあくどい商売」
「…じゃあ隠し撮りするね?」
「見つけ次第捨てるけどな」
「僕のコレクション…」
さっと顔を青くした様子を見て、既にかなりの枚数隠し撮りされているのだろうと察した。
勝手に部屋を漁るわけにはいかないが、偶然見つけたら片っ端から没収しようと決める。
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