5
三角座りをした膝をぎゅっと抱き俯いた。
「……面倒くせえなあ…」
彼がぽつりと呟いた言葉にひゅっと心臓が細くなる。
面倒だよね。わかるよ。相手が女の子ならこんな風にはならないよね。触れるのもそれ以上も当然で、ごく自然な行いで。でも男同士はどうしたって不自然にしか繋がれない。心も身体も。だからごめんと何度も謝りたくなる。
「言いたいことは山ほどあるけど、まあ、いいわ。お前の問題だし」
放り投げられたような感覚に俯いた。
三上が言う通り、自分の問題だ。己を律するか、欲望に負けるか。
好きだから触れられない、離れなければいけない矛盾に吐き気がする。
俯いていた顔にふっと影がかかり、顔を上げると三上が上から覗き込むようにし、片手でぐっと顎を掴まれた。
「だから俺は俺のやり方でお前のクソみてえなネガティブ思考をぶっ壊す」
なにやら怖ろしい発言に顔が引きつった。なにをされるのだろう。
三上は蟻の巣に水を流し込む無邪気で残酷な子どものように笑い、顎に添えていた手に力を込めた。
「遠慮しねえからな」
否と言えば殺されそうな気迫を感じ、こくこくと何度も首肯した。
三上の手で上を向かされ、鼻がつきそうなほど顔が近付く。ぱちぱちと数回瞬きをすると鼻で笑われた。
「拒まないの?触られたくねえんだろ」
「う、あ…」
嫌なわけない。でも拒まないと。回転扉が高速で回るように頭の中で天使と悪魔が順に囁く。わけがわからなくなり、ぼん、と何かが爆発したように弾けた。
ごめんなさい神さま仏様。清らかでいると誓ったけれど、三上から伸ばされた手を振り払えるほど強い精神はないようです。修行が足りないことを懺悔し、明日からは頑張ると頑張れない人の言い訳をした。
じっと目線を絡ませた後、彼の薄い唇に視線を移した。綺麗なこの口から吐かれる乱暴な言葉が好きだ。笑うとき僅かに上がる口角が好きだ。彼のすべてが好きだ。
引き寄せられるように少しだけ顔を近付けると、噛み付くようなキスをされた。
ああ、だめだ。自分が角砂糖になってほろほろと崩れていくように感じた。このままだと輪郭すら消えてなくなる。
離れていく唇が切なくて、そっと彼の頬に指を伸ばした。物欲しそうな顔をしていたのだろう。三上はもう一度唇を重ねてくれた。
ああ、幸せ。あの、三上が、自分と、キスをしてくれる。噛み締めるようにすると、ぺろっと下唇を舐められた。
「口開けろ」
それはまずい。絶対に身体が反応する。一気に現実に戻り彼の胸を力一杯押し返した。
「それはだめ!」
言うと、彼は思い切り舌打ちをした。
「舌打ち!?」
「これだから童貞は…」
はん、と馬鹿にするように笑われ、ぐっと拳を作った。
「僕だって妄想の中では、そりゃあもう三上をぐっちゃぐちゃにしてる!」
「へえ…」
思わず口をついた本音にさっと顔から血の気が引いた。
「そういやコスプレうんぬんって言ってたな。なに着てほしいの」
「え、着てくれるの?」
青くなった顔が今度は興奮で赤くなる。
「かもな。言ってみろよ」
「マジ!?どうしよう!迷うなあ…」
一気にテンションが上がり、警察、軍服、白衣、スーツ、とつらつら並べた。
三上はうんうんと頷いてくれ、あれ、これ本当に願いが叶うのではと前のめりになった。
「迷うけど、一度でいいから三上の学ラン姿が見たい!中学のとき学ランだったんだよね?」
「学ランだったよ」
「じゃ、じゃあそれがいいな…」
想像しただけで心臓が破裂しそうで、祈る乙女のように手を組んでお願いした。
三上はふっと笑い、こちらもわくわくと瞳を輝かせたのだが、表情を消した彼にぺちんと額を叩かれた。
「着るかばーか」
ぽかんと口を開け、くっと顔を顰めた。そうだ。三上はこういう男だ。なのに期待してしまう自分の馬鹿。
学ランくらいならハードルが低いと思った。以前着ていたわけだし、自分たちは学生で、学ランを着てもおかしくない年齢だ。だからきっと彼の抵抗も少ないと踏んだのだが。
「…どうしてもだめでしょうか。前着てたんだし、ちょちょいと…」
「じゃあお前は昔着てたからって幼稚園のスモック着れるか?」
「三上が着ろと言うのなら!」
「あ、そういう羞恥心はないんだ」
お願いだよーと言いながら三上のシャツを引っ張ると、ぱしっと手を振り払われた。
「わかった」
「ほ、本当?」
「その代り」
その言葉にぎくっと肩を揺らした。
「明日から一週間、俺から絶対に逃げるな。聞かれたことには素直に答えろ。それができたら着てやるよ」
「わかりました!」
食い気味で言い、両手で拳を作った。
三上から逃げるわけない。むしろいつも逃げていたのは三上の方だし、自分だって嘘はつかない性質だ。そんなことならお安い御用と胸を張った。
「そうか。楽しみだな」
三上は悪い顔で笑い、早まったかなと後悔した。
でも彼は破格の条件を出してくれたと思う。逃げない、嘘はつかない。大丈夫。自分ならやれる。
学ラン、学ランとテンポをつけて口ずさみ、わくわくする胸は限界まで空気を入れた風船のようだ。三上は射るような瞳でこちらを睨んでいたが、それどころではなかった。
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