成長途中のボクたちは



三上の気持ちを知ってから週末に三上の部屋を訪ねるのが習慣になった。扉をノックし、薄く開けた隙間から僕の姿を確認するとばん、と勢いよく閉められることの方が多いけれど。ついでにがちゃりと鍵をかけられ、どんどんと扉を叩いても入れてくれない。
これが好きな人にする態度かと思うと、やはり三上からの告白は幻聴だったのではないかと不安になる。こんなことなら録音しておけばよかった。彼は甘い言葉など滅多に吐かないだろうから、録音して擦り切れるまで聞き直したい。
土曜日、夕食を食べ終えた後ラグの上に座り、テーブルの上に教科書とノートを広げた。隣に座る蓮も同じようにしてペンを走らせている。
進学クラスは他クラスよりも課題が多い。少しでもサボれば授業についていけなくなる。小さな躓きが取り返しのつかない問題になる。その点自分は幸運だ。同室者と苦手な教科が被っていないので教え合うことができるし、幼馴染の学は自分より頭がいい。
色恋に浸ってばかりもいられない。親や兄を心配させるような点数はとりたくないし、進路を決める段階になったとき、成績が良ければ選択肢も広がる。蓮も同じようなことを言っていたので、勉強に対するスタンスが同じだ。
かりかりと向き合い、先に終わった蓮が麦茶を淹れてくれた。

「ありがとう」

一気に麦茶を飲み干し、もう一息と鼓舞してペンを握り直した。

「……終わったー」

後背に手をつき喉を反らせるようにして天井を仰いだ。長く息を吐き、凝り固まった肩を解す。
週末ごとにこんな調子で嫌になるが、部活動をしている生徒はもっと限られた時間の中で勉強をしているので、弱音を吐いている場合ではないと思い直す。
散らばった教科書を纏め、隅に寄せて携帯を取り出した。さきほど小さく振動したのに気付いていたが、集中が途切れそうなので後回しにしたのだ。
メール画面を開き、差出人にぱっと顔が明るくなる。勉強疲れが一気に吹き飛んだ。本文には"後で部屋に来い"と書いてあった。
携帯を持ちながら万歳をするように腕を伸ばした。

「蓮、僕三上のとこ行ってくるね」

「はいはい」

くすりと笑われ、子どもっぽい自分の反応が今更恥ずかしくなる。
携帯と財布を薄手のパーカーのポケットにぎゅっと詰め込み彼の部屋へ走った。
三上から誘われるのは珍しい。というか、初めてかもしれない。今までの行動を反省し、少しは恋人らしくしてやってもいいと慈悲の心を集めたのだろうか。
そんなことはせずとも隣に置いてくれるだけで十分だが、彼は意外と真面目で気遣いもみせてくれる。そんなの恋人なら当然で、感動する基準が低すぎると言われるが、皆の当たり前が三上には特別だ。努力しようとする気持ちだけで嬉しい。
扉の前に立ち、跳ねた前髪をぱぱっと整えた。ノックをするといつもと同じように僅に開いた扉の隙間から三上がこちらを見下ろす。今日はそのままばたんと閉められることはなく、きちんと中へ招き入れてくれた。

「お邪魔、します」

きょろきょろと室内を見渡し、甲斐田君の姿を探したが三上一人だけだった。

「甲斐田なら神谷先輩のとこだぞ」

「あ、そっか」

「だからお前を呼んだ」

「へ?」

ソファに着いた三上はちょいちょいと手招きをしたので、慌ててそちらへ近寄った。
彼はぺらりと一枚のプリントをテーブルに捨てるように投げ、ペンをぎゅっと握らせた。

「頼んだ」

彼は言い終えると同時にソファに横になったので、ぽかんとしてからラグに座った。
プリントを手繰り寄せ、課題の代筆をしろということらしいと理解する。こういうのは自分でやらなければ意味がない。考査で赤点ばかりが並んだら進級に関わる。
そんなの百も承知の上で自分に頼むのだろうし、説教は色んな人にされているだろう。人の言葉は三上に届かない。自分の基準でしか行動しない。頑固で強情だがそういうところが一番好きだ。
小さく吐息をつき、ささっと課題を終わらせた。自分たちに出される物に比べればいくらか簡単だし、枚数も少ない。復習になるし、勉強自体嫌いではないので苦ではない。

「…終わったよ」

「早えな」

「さっきまで僕も課題やってたから頭の回転がスムーズで…」

「ふーん」

そこで気付いた。もっとゆっくり時間をかけてやるべきだった。課題が終わったらこの部屋にいる理由がなくなる。早く帰れと尻を蹴られる。

「じゃ、じゃあ僕はこれで…」

そうなる前に辞去しよう。苦笑しながら立ち上がったが、腕を引かれ立ち止まった。

「なんか予定あんの」

「ないけど」

「じゃあそんな逃げるように帰らなくてもいいだろ」

「いいの!?」

問うと、心底うんざりした顔をされた。
遠慮したり、顔色を窺ったり、そういうつきあいは面倒だから嫌だと散々言われた。対等な関係でなければ意味がないと。だけど自分は未だに片想い気分のままで、悪癖が直る気配はない。下手に出るような行動や言動は三上を辟易とさせる。わかっているけど一朝一夕ではどうにもならない。

「礼、なにがいい」

ぞんざいに言われ、彼の方を二度見した。ご褒美があるとは想像しなかった。なにもなくともご主人様の言いつけを聞くのが犬の務めだから。

「じゃあ今日泊まってもいいかな!?」

食い気味で言うと呆れた視線を投げられ、好きにしろと言われた。小さくガッツポーズをとり、にこにこと笑いながら対峙するソファに座り三上を眺めた。

「……ガン見すんな」

「なんで」

「気が散る」

「減るもんでもあるまいし」

見るくらいいいだろう。触れない代わりだ。
三上はソファに肘をつき、こちらに首を向け、真っ直ぐ視線を寄越した。数秒目が合い、すいっと逸らすとそら見たことかと言われた。

「見られんの嫌だろ?」

「僕は慣れてないから戸惑うけど、三上は慣れてるからいいでしょ」

「慣れてない」

「ずっと僕に見られてきたんだし」

「だから、今は立場が違うだろ。つきあったら相手への興味も徐々に薄れるもんじゃねえの?」

「はっ」

つい鼻で笑ってしまい、三上はむっと眉を寄せた。
三上はなにもわかっていない。これだけしつこく求愛するような奴がつきあったからといって態度を改めるものか。むしろひどくなる一方ということに早く気付いた方がいい。やれやれと首を竦めた。

「なんだよ」

「なーんもわかってないなあと思って」

「あ?」

「そんな普通の人間と僕を同じにしてもらっちゃ困る。三上への気持ちは日々膨れ上がると同時に、ストーカーしたい気持ちも膨れ上がるわけですよ」

わかりましたかと聞くと思いきり白けた目で見られた。

「…なんで俺はお前とつきあってんだろな…」

「え」

「どこで間違ったんだろな…」

三上はぶつぶつと言いながら腹這いになって雑誌をぺらりと捲った。その姿にくすりと笑う。間違ったとわかっているのに別れようとは言わないのが彼らしい。

シャワーを浴び、三上の個人部屋で入れ替わりで風呂に向かった彼が来るのを待った。
すいと時計に目をやるともうすぐ日付が変わる時間だ。漫画本を放り投げ、ぐしゃっとしているベッドを整える。
もう六月も半ばなのでタオルケットと薄い毛布で十分だが、夜はぐっと冷える日もあるので油断はできない。ベッドメイクを済ませ、見下ろしながらふふふ、と笑った。
自分は三上の部屋に自由に出入りできるし、一緒に眠れる身分でもある。
いくら経験しても慣れず、何度も確かめたくなる。
ベッドに横臥し枕に顔を埋めた。すんすんと匂いを嗅いで幸福な溜め息を吐く。三上のシャンプーの香りがする。自分も同じ物を使ったが、彼から香るからこそ色気を感じるのだ。もう一度枕を抱き締めてすんすんとすると頭上から気持ち悪いという声が降ってきた。

「…いつの間に」

「きもいから枕返せ」

「もう少し…」

「本人を目の前にしてまだやるか?」

ぐぬぬ、と唇を噛み締め、泣く泣く枕を離した。
三上はベッドに背を向け、どさっと胡坐を掻いて携帯を開いた。後姿をぼんやりと眺める。髪から雫が垂れ背中をつっと伝っていく。舐めたら美味しいんだろうな。変態ここに極まれりといった思想を慌てて掻き消した。

「ぼ、僕もう寝ます!」

「ああ」

クッションが飛んできたのでそれを枕にして彼に背を向けた。壁だけ見ていれば邪な気持ちは消えるはず。ぎゅっと目を閉じて煩悩と戦った。


カーテンの隙間から入る光りで室内はぼんやりと明るい。半分瞳を開けると僅かな隙間の先に三上が仰向けですやすやと眠っている。ぴたりと寄り添いたいのをぐっと堪える。今日は日曜日なのでもう少し寝坊をしてもいいだろうか。瞳をもう一度閉じると三上が身じろぎ、次の瞬間顔面に衝撃が走りうっと呻き声を漏らした。

「悪い!」

三上ががばっと起き上がり、こんな俊敏に動く姿は初めてだなあと、痛む顔に手を添えながら考えた。

「だ、大丈夫だよ」

頬骨と目尻の間ががんがんと痛む。彼が腕を上げようとして丁度肘がぶつかったようだ。
三上も衝撃は感じたらしく、目を覚ましてくれた。

「ちょっと見せろ」

手をどかされ、彼がこちらを覗き込む。大袈裟にせずとも大丈夫。目に当たったわけではないし、いじめの対象にされていた頃はよく殴られていたので打撲は慣れている。

「…痣になるかもな。とりあえず冷やすの持ってくる」

立ち上がろうとする腕をぐっと引っ張った。

「大丈夫だから。僕こういうの慣れてるし、これくらいならすぐ治るよ」

「…慣れてるとか言うな」

三上はぽんと頭を叩き、氷が入ったフリーザーバッグをタオルに巻いたものを差し出した。

「わざわざごめんね」

「謝るのは俺だろ」

「別にわざとじゃないし、狭いベッドで一緒に寝てるんだからしょうがないよ」

どちらも寝相が悪いわけではないが、こういうのはちょっとしたアクシデントで誰でもありえることなのだ。
そもそも自分は女の子ではないし顔に痣ができるくらいなんでもない。元々作りが良いわけじゃない顔に痣が一つ加わったところで大差ない。これが潤なら話しは別だが。
ひんやりとする頬が気持ちよくて、そのまま瞳を閉じた。

「眠いなら寝ろ」

「いや、大丈夫。起きるから…」

そうは言ってみたが数分もしない内に再び眠ってしまった。

[ 14/55 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -