2
話しが済むと出て行けと言わんばかりにしっしと追い払われた。
自分の部屋に戻りながら男女交際のイロハを学ぶべく本屋にでも行こうかと思案する。自分たちには当て嵌まらないだろうが、一般的な交際の手順を確認し、彼氏とはどうあるべきかを学ぶ。どうやら自分は普通とはかけ離れた位置にいるらしいので、また三上を怒らせぬよう早急に対処したい。
ぶつぶつ言いながら歩くと向こう側から潤が甲斐田君と並んで歩いてきた。丁度いい人物の登場に嬉々としながら駆け寄った。
「潤!いいところに!」
「あ?なに」
「ちょっと聞きたいことが!」
「…なんでそんな前のめりなの?」
「ジュースおごるから!お願いします」
「はあ?まあ、いいけど…」
よかったら甲斐田君もと誘い、三人で寮内の談話室へ向かった。
室内にある自販機で紙パックの苺オレを潤に、ブラックコーヒーを甲斐田君に買って渡した。幸いにも他に人はいなかったので声を潜めずともよさそうだ。
丸い椅子に並んで座り、潤がパックにストローを刺して一口飲み込むのを待ってから先ほどのやり取りを話した。
「――と、いうわけなんだけど」
「ああ、うん…。なんて言うか、人って恋で馬鹿になるっていうけど…」
薄い反応が怖くてちらりと潤を見上げると、先ほどの三上と同じように思い切り顔を顰めている。綺麗な顔が台無しだ。
「で、何が知りたいの」
「普通のお付き合いを勉強したくて」
「それ勉強しないとわからないものなの?真琴が思う普通の付き合い方ってどんな?」
「うーんと…」
顎に手を添えて一生懸命考えたがまったくぴんとこない。
誰かと付き合えることが自分の人生にあるのか疑っていた。当たり前に手を繋いで歩く人たちをいいなあ、羨ましいなあと思ったこともある。だけど男同士ではありえないことで、羨望するだけ傷つくとわかっていた。だからなるべく目を逸らし、一生一人で終える人生プランを設計していたくらいだ。
「…まったくわかんない。多分、手を繋いでデートしたり、電話したりするんだよね?」
「あー…。そこからかあ…」
潤はぼんやりと天井を見つめて唸り出した。
「別に付き合い方にマニュアルがあるわけじゃないし、同じにしなくていいと思うけど。デートしない人もいるし、電話しない人もいるし、それぞれでいいじゃん」
「でも普通になれって言われたし…」
「それはマニュアル通りのお付き合いをしようってことじゃなくて、自然と三上の隣にいろってことだと思うけど?」
「自然と!?隣に!?」
「なぜそこで驚く?」
「まったく三上はハードル高いこと言うなあ…」
「ハードル高いんだ!?」
溜め息を吐かれたが、逆にどうして皆はそれを当然と受け入れるのだろう。好いた相手が自分と同じ気持ちでいてくれるなど奇跡で、その奇跡を噛み締めるように少しずつ消化したいとは思わないのか。
追い駆けても追い駆けても振り払われるだけだった。冷酷な視線で心をずたずたにされてもうやめようと思った。なのに手を伸ばさずにいられなかった。そんな人が隣にいていいと言ってくれている。だけどそこに落ち着くのは少し怖くて、烏滸がましくて、申し訳ない。三上は追い駆けるべき存在で、肩を並べるものではない。
「秀吉なら気持ちわかるんじゃね?お前神谷先輩を神格化してるじゃん」
「あー、まあ、わからんでもないけど…」
甲斐田君がぽつりと呟くと、潤は自分の膝をばしばしと叩きながら笑った。
「秀吉と真琴の親和性の高さ!」
「照れるな。甲斐田君と親和性が高いなんて…」
「誉めてないし!あー、面白い」
「さすがの俺もストーカー行為はせえへんよ」
「はあ?振られたらお前絶対ストーカーになるよ」
「待って。自分が怖い」
甲斐田君は自分で自分の身体をぎゅっと抱きしめて首を左右に振った。
「でも神谷先輩が相手だと僕もそうなると思う。どこかの国の王子様みたいだし」
「せやろ!わかるやろ?」
「うん」
「わかんない!普通わかんないよストーカーコンビ!」
潤は腹を抱えて笑いだし、苦しいともがいた。彼は一度ツボに入ると数分は笑い続けるので無視をした。
「逆に誰かをそんなに好きになれるって才能だよな」
潤は息も絶え絶えで瞳に溜った涙をを拭いながら言った。
「そうなの?誰かを好きになると皆こんな気持ちになると思ってた。それなのに平静を保って、すごいなあって」
「いやー、そこまではいかんかなあ…」
「真琴のそれは若干サイコパスっぽいしね。好きがいきすぎて三上殺して食べそう」
「な、そんなこと絶対しないよ!」
「三上、僕たち一つになれたね。とか言いそう」
「もしくは遺体とずっと一緒におるやつやな」
「そんなドラマみたいなことしないよ!…多分…」
段々自信がなくなって尻すぼみになった。彼と離れても三上にはこの世界のどこかで存在してほしい。同じ空の下で生きてると思うだけで頑張れる。なのにわざわざ殺したりしない。だけど周りにそう言われると、もしかしてそうなのかもと思ってしまう。単純だ。
殺して食べはしないけど、何かの事故で彼が亡くなったら遺体でも傍にいたいと思う気持ちはわかる。わかってしまうから自分は気持ち悪いと吐き捨てられるのだ。
「…どうしたたもう少し好きを減らせるのかな」
理屈が通じない部分で好きという感情は生まれる。ある日突然現れて、どんどん育っていって、もう手におえないところまできてしまった。
「逆に無理しても一緒にいてみたら?嫌なところが目に入って嫌いになれるかもよ。同棲したカップルは別れることが多いって言うじゃん」
「お、名案。普段のあれを見てると百年の恋も覚めるわな」
「食うか寝るかしかないからね」
「あの、僕同室だったけど覚めなかったよ…?」
「重症かよ。でも前は避けられてたから。改めて三上という人間を知った方がいいよ」
「…そっか。うん。そうしてみようかな…」
「今の真琴は多分恋に恋してる状態で三上自身が霞んでるし」
「なるほど…。さすがだね。経験豊富な人の言葉はためになるなあ」
長いトンネルの出口へ続く光りが見えたようで、安堵してふにゃりと気が抜ける。二人は顔を見合わせ、それぞれがぽんぽんと僕の身体を叩いてにやにや笑った。
「んじゃ秀吉の部屋行きますか。暫く住むって言わないと」
「住まないよ!放課後少しお邪魔するだけでいいし!そんな、たくさん三上といたら死ぬよ!」
「真琴暴露療法って知ってる?真琴にはそれが一番効くと思う。僕たちが説明してあげるから。とにかくお前に必要なのは慣れだ」
「でも…」
「はい決まりー。行くよ」
潤はストローをじゅっと吸い込み、パックをゴミ箱に放り投げてさっさと部屋を出てしまった。
「俺も潤の意見に賛成や。頭で面倒なこと考えるより慣れが一番やで」
「甲斐田君に言われると逆らえないな…」
自分よりもずっと賢い彼が言うなら間違いないのだと思う。頭で理解しても心がそれに追いつくかは別のはなしだけど。
行こうと背中を押され、うきうきと前を歩く潤の後を追った。
そもそもそんな提案三上が乗ってくれるのだろうか。潤や甲斐田君に何を言われても自分の意志に反することには首を振るだろう。頑固とも言えるし、意志が強いとも言う。なんだか死刑台へ向かう罪人のような気持ちで廊下を歩いた。
三上の部屋の扉をばーん、と開けた潤はにやついた顔を隠さず三上の頬をつついた。提案があると前置きをし、潤と甲斐田君で経緯を話すと、三上は興味なさ気にふうん、好きにすればと呟いただけだった。
「うわ意外に素直」
「放っておくとストーカーがひどくなるってわかったんで」
「なるほど。よかったね真琴。気持ち悪いのもたまには役に立つじゃん!」
ぐっとサムアップされたが素直に喜べない。怪我の功名というやつだろうが、自分はただ彼を見ていただけなのに。
自分を置いて話しは進み、平日は学校があるので週末だけこの部屋にいること、その間甲斐田君は部屋をあけることが決まった。
流れ作業で出荷させるのを待つ物体のようにぼんやりと三人を眺める。非現実的で、いまいちぴんとこない。
わかったかと潤に背中をばしんと叩かれはっと目を覚ました。
「う、うん、わかった」
頷いてみせたがなにもわかっていない。
とりあえずまた今週の金曜日にお邪魔する旨を伝え、自室へ戻った。
こんな状況で彼と一緒にいられるのか。考えるだけで不安だ。狭い箱で共に過ごすのは、三上に好きかも、と言われたあの時以来だ。
あの時はまだよかった。一方的な恋心のままに突っ走れたから。今その恋心はあっちに行ったり、こっちに行ったりした挙句解けないほど絡まって、自分を奇行にに走らせる。これ以上気持ち悪いと思われたくないが、一緒にいたら何をしでかすかわからない。
掌がじっとりと汗ばんだ。心臓が煩くて息も上がる。考えただけでこれだ。変態すぎやしないかと自分でも呆れた。
[ 11/55 ]
[*prev] [next#]