Episode5:もういいかい、もういいよ



三上と交際を初めて数ヶ月が経過し、季節は春から夏に変わった。
あの事件以降村上たちとは同じクラスにも関わらず一切会話もせず、視線が絡むこともない。
あちらは元々暴力の捌け口にする以外で自分と接点を持たなかったし、こちらも意図的に避け、蓮も何かと気を回してさりげなく彼らから遠ざけようとしてくれる。
実に平穏な日々が過ぎている。以前の自分なら想像もつかないほど、毎日が凪いだ海のようだ。
交際を始めて最初の一か月は毎日が不安だった。ずっと欲しかった友人ができて、身を焦がす想いで追い続けた三上が恋人でいてくれる。こんなに幸福では罰が当たるのではないか。もしくは、この先に大きな不幸が待っている前触れなのではないか。
だから三上と必要以上に関わらなかった。登下校を共にしたいなど言わないし、必要がなければ連絡もしない。部屋も訪ねず、本当に付き合い始めたのかと潤に聞かれるほどだった。
もしかしたら一方的に追い駆けていた頃の方が顔を合わせていたかもしれない。
型に嵌った関係を築いてから距離をあけるなんておかしなはなしだと思う。だけど怖かった。
小学生の頃から何かといじめられ続け、一人でいるのが当たり前で、弾かれた輪の外でぽつんと泣きそうになるのが自分のあるべき姿だ。
恋愛感情で好意を向けてくれる人間が現れるなんて奇跡で、しかも両想いなんて夢のまた夢だ。三上の気持ちが確かなものではないとしても。
不幸体質が身に染みて、幸福は素直に受け入れられない。
それも二か月目に入る頃には徐々に薄れていき、壁に隠れてこっそり三上を覗き見たり、学食でさりげなく彼の後方に座ってみたり、隣には並べないが少し距離をとって下校したりを繰り返している。
今日も三上が来るのを昇降口で待ち続け、一時間経った頃眠そうに欠伸をしながら学園の門を抜ける彼の後ろを無言でついて歩いた。

「…おい」

もう少しで寮の門に差し掛かるという時、ふいに三上がこちらを振り返った。声をかけられるなど予想していなかったので、慌てて姿勢を正した。

「な、なんでしょうか!」

「…お前、前よりストーカー行為ひどくなってね?」

「え?ストーカー?」

「まさか無自覚?」

言われている意味がわからず首を捻った。自分はストーキングなんてしていない。三上の目障りにならぬよう、邪魔にならない範囲で傍にいるだけだ。
声をかけたり身体に触れたりせず、ただその姿を目に焼き付けるだけなら迷惑とも思われないだろうし、三上の姿を見つける度、魅力的に映るから目で追うのをやめられない。
毎日毎日、どんどん素敵になるものだから、その内眩しくて目が潰れるかもしれないと危惧していたほどだ。

「すげえな。自分は何も悪いことしてないとか言うストーカーってこういう感じなんだろうな」

「え、な、何か悪いところあった?」

「逆に悪くないと思った?」

問われ、少し考えてから素直に頷いた。
三上は一瞬目を丸くし、がしがしと頭を掻いてからついて来いとだけ言って踵を返したので慌てて背中を追う。
今日は三上の声が聞けた。話しができた。にやけそうになる顔をどうにか引き締め、着いた先は三上の部屋だ。話すだけではなく、部屋にまで招かれるなんて、明日死ぬのだろうか。

「入れ」

「…お、お邪魔します」

きっちり九十度に腰を折ってから室内に入る。失礼があってはいけないのでまずはシンクで手を洗い、改めてソファに座る三上の傍に向かった。

「座れ」

自分の隣を指すように顎をくいっと動かしたので、慌てて少しの距離をとってソファに着いた。
三上が隣にいる。少し手を伸ばせば身体に触れられる。声がこんなにも近くから降ってくる。今隣を見たら熱を出しそうなので膝の上で拳を作り、俯きながらちらちらと彼の身体を盗み見た。

「うわ、その視線気持ち悪い…」

「き、気持ち悪い…?」

心外だと言わんばかりに顔を上げると、呆れたような表情の三上と視線が交わる。無意識に頬が熱くなり、すぐに拳に視線を戻した。

「お前あれだな、生娘みたいだな」

「え、照れる」

「誉めてねえから」

すっぱりと断言されがくりと首を垂らした。
三上はテーブルに置いてあったタブレットをひょいと持ち上げ、操作した後こちらに差し出した。

「読め」

開かれたページにはストーカー規制法と書かれていた。意味がわからなかったが一通り読み、タブレットを返した。

「感想は?」

「勉強になりました」

「何か思い当たることは?」

「…ストーカーなんてされたことないし、特には」

「あーそう。自分がしてる自覚はなし?」

特にこの部分、と三上は付き纏いに関する項目を指差した。

「で、でもそれは一方的な感情をぶつけてるからいけないのであって、僕たちはその…。一応恋人同士だし」

改めて口にすると恥ずかしいし、烏滸がましいが、別れ話をしない限り自分たちは恋人なのだ。

「いやいや、ちょっと考えてくださいよ。知らない奴にストーカーされたらそりゃ怖いけど付き合ってる奴にされるともっと怖えんだよ!」

「怖い…?」

「怖えわ。声をかけるでもなく、ただじっと見られて絶妙な距離を持って尾行されて、何がしたいのかまったく意味がわからん」

「それは、その…。見るだけなら迷惑にならないかなと思って」

「だから、何でこっそり見んの?何で前の方がましなの?何で気持ち悪さ増してんの?」

「ひどい…」

「ひどくねえよ!じーっと見られるこっちの身にもなれよ!声掛けろよ気持ち悪いなあ」

「え、声掛けていいんですか?」

思わずぱっと笑顔になって彼を見上げたが、三上はげんなりした様子で不毛な話し合いだと呟いた。

「お前おかしいぞ。がん無視決めたりストーカーしたり」

「それは…」

理由を口にしたらきっと呆れられるし、重いとうんざりされるから言えない。

「俺も人様に説教できるほどの恋愛経験なんてねえけど、今がおかしいことだけはわかる」

「はい。ごめんなさい」

「お前がストーカー気質なのは元からだけど、普通付き合ったら直るだろ」

「…そうかな」

「当たり前だ」

「でも皇矢とかちょっとストーカーっぽいじゃん。高杉先輩見つけるとにやって笑うもん」

「あれはただの馬鹿。お前はもう少し普通でいろよ」

その普通がわからないからこうしているのだが、具体例を三上に聞いたところでまともな返答はないだろう。なんせ恋だ愛だの真逆の場所で過ごしてきた人間だ。
それは自分も同じで、友人関係ですら安定した位置を見つけるのに苦労したのに、恋人のあり方などわからない。自分の恋はいつも一方通行で、それが馴染んでしまっている。

「…努力します」

「努力しねえと普通になれないのかお前は」

「だって三上がいるとつい目で追っちゃうし。僕の細やかな幸せ奪わないでほしい」

「…何が楽しくて俺なんか…」

長い溜め息を吐かれ、その言葉にむっと眉を寄せた。三上自身であっても三上を貶すような言葉は謹んでほしい。

「三上を見るだけで世界がきらきらするのわからないかな!?」

「わかりたくないわ」

「何で?僕が三上だったら毎日鏡で自分見る度見惚れて学校どころじゃないけどね!?背も高くて、脚も長くて、声もかっこいーじゃん!知ってる!?自動販売機の高さってほぼ三上と同じなんだよ!?僕自販機見るたび三上思い出すんだよ!?」

「知らねえよ!お前の頭ん中どうなってんだよ!」

「ほぼ三上だよ!他人に興味ない偏屈だけど懐に入れた人間には情が厚いし、自分をちゃんと持ってるし、周りの目を気にしない強さとかすごくかっこいーと思う!」

「そりゃどうも!わかったからもうやめろ!」

掌を翳され、一気に捲し立てたので足りなくなった酸素を補った。これで少しは伝わっただろうか。三上は世界で一番素敵だということが。
テレビの向こうの芸能人や世界を股にかけるハリウッドスターでさえ彼の前では霞むのだ。それくらい自分にとっては貴重な存在で、もはや神にも近いと思う。

「なんか教祖にでもなった気分だわ」

「あ、そうそう、それ!迂闊に近付けないというか、遠くから見ているくらいが丁度いいというか」

やっとわかってくれたのだと高揚しながら言ったが、三上はますます冷めた視線を寄越した。

「じゃあ別れるか」

「…なんでそうなるの」

「遠くから見てるのが丁度いいんだろ。そんなの付き合う意味あるか?」

「あ、あるよ。そんなこと言わないでよ」

下唇を噛み締めて俯いた。彼に理解しろとは言わない。恐らく、一般的には自分は気持ち悪い変態の部類に入るのだろうから。
だけど、やっと掴んだ三上の背中を放したくない。身勝手な言い分だとわかっている。だけどもう少し、もう少しだけでいいから恋人の位置にいたい。

「努力する。普通ってよくわからないけど、でも勉強するし、気持ち悪いのも…完全には直らないかもしれないけど、頑張るから。だからもう少し猶予をください」

お願いしますと小さく頭を下げた。
いつかは別れがくる。だけどそれを今にしたくない。無様でも情けなくても三上の足に縋って引き留めたい。
どきどきしながら返事を待つと頭上から溜め息が聞こえた。

「…お前は別れたくないんだな?」

「勿論だよ!」

「俺はお前のなに?」

「こ、恋人…、です…」

「それを本心から望んでんだな」

「はい!」

「…あ、そ。ならいい。せいぜい真面目にお付き合いというものを勉強して早くまともになれよな」

「は、はい!頑張ります!」

前のめりになって宣言したが、三上は頭が痛いといわんばかりに顔を歪めた。
せっかく付き合ってくれたのに、普通の恋愛ができないのでは三上も退屈だろう。彼をもっと喜ばせられる、いい彼氏になりたい。そのために何が必要かわからないが、持てる知識や人脈を使って成長しなければ。
一瞬でもいいからつきあってよかった、幸せだと彼が感じてくれるならなんでもする。悪魔に魂を売っても構わない。
だけど彼を神のように崇めるのはやめられそうにない。今度からは三上に気付かれぬよう、こっそりとした視線を送ろう。


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