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「…さあ。なんでだろうね」
溜め息混じりに囁いた言葉が、あまりにも苦しそうだったので薄らと瞳を開けた。
泉の視線は遠くに引き寄せられ、なにを思って、なにを考えているのかは読めなかった。
「…お前がそうしたいなら別に構わない。けど、俺に無理に笑う必要あんのか?」
泉ははっとしたようにこちらに視線を落とし、小さく謝った。
謝ってほしかったわけではない。責めてるわけでもない。
ただ、不自然だと言いたかった。
自然体でいれないなら、一緒にいても苦しいだけだと思うからだ。
「なんか、笑ってるのが癖になっちゃって。怒ったり、悲しい顔するより、笑ってた方が相手を嫌な気持ちにさせないから」
「そうか?」
「まあ、三上はちょっと変わってるから当てはまらないのかもしれないけど」
「普通だっつーの」
ぺちっと泉の額を叩く。
変わっているなど、失礼極まりない。
自分は至って普通の、平凡な高校生だ。
「お前も大概素直じゃねえよな」
「僕が?こんなに素直に気持ちを言葉にしてるのに?」
「全然素直じゃない」
「えー。初めて言われたなあ。素直でいい子って言われ続けてきたのにな」
「いい子、ね…。いい子でいたいならそれでいいけど、俺にいい子って思われたいの?お前は」
「それは…。そんなことはないけど…」
「なら、いい子でいなくていいから、とりあえず素直になれ」
「三上に言われると素直に頷けない。三上こそ素直になってよ」
「俺はいつでも真っ直ぐ、素直です」
「嘘くさー」
くすくすと笑う顔を見て、ああ、今度はちゃんとした笑顔だとわかった。
作り物が見たいわけじゃないし、そんなものは苛立つだけだ。
無理をされるのが一番嫌いだ。
なんとなく、これで大丈夫なのかもしれないと思い、ぽんぽんと頭を撫で、今度こそ瞳を閉じた。
考えすぎるから上手く立ち回れなくなる。
頭を空っぽにしたい。
泉が言うように、自分も心のままに、素直に接することができたら少しは楽になるのだろうか。
起きたときには、太陽がすっかり移動していた。
泉に視線を移すと、じっとこちらを見ている。
「…今何時」
「二限の途中」
「起こせよ」
「ぐっすり寝てたから。途中で起こすと怒るじゃん」
「…まあ、怒るけど」
だいぶ理不尽な発言だと自分でもわかっている。
が、寝起きだけはどうしようもない。泉も十分理解してくれている。
酷い態度をとってしまうが、それはもう条件反射のようなものなのだ。
誰に対しても同じで、泉だからというわけではない。
欠伸をして目を軽くこすった。
「ねえ、三上」
「あ?」
「あのさ…」
話しかけないでいてくれたらもう少し眠ろうと思ったが、そうすると一日中眠りそうなので泉に付き合うことにした。
「あのー…」
「なんだよ」
「き、昨日さ…」
「ああ」
「昨日…。か、帰り際、何を言おうとしたの…?」
「帰り際?」
言われて抹消したい記憶が蘇る。
あれのせでどれだけ友人にからかわれたことか。
しかも、自分でもなにを言おうとしていたのかわからない。
勝手に動いたのだ。別人格が勝手にしたことだ。俺じゃない。
「…言わない」
「なんで?すごく気になって寝るとき悶々としたよ」
「悶々とすんな」
「じゃあ、ムラムラしたよ」
「もっとすんなよ」
「教えてよー。気になるんだよ」
「さあな。覚えてない」
「ケチんぼ。素直になれって言ったのに」
「おうおう、生意気な口ききますねえ」
片手で泉の両頬をぐっと圧し潰した。
「す、すいません!すいませんでした!」
手を放してやると、頬を擦りながらぶつぶつと文句を言っている。
「じゃあ、その内教えてね」
「だから、忘れたって」
忘れた、覚えていないと何度言っても、泉は笑うだけだった。
いつかでいい。もっと経ってからでもいいから、と。
泉はなんだかんだと言いながら、俺をよくわかっている。
何もかも見透かしているのかもしれないと思う。
そうだとしても、自分はもう少し、泉との関係に慣れるまでは自分を偽って過ごすのだと思う。
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