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言うが早いか有馬は荷物と必要な書類を纏めて生徒会室を出て行った。
高校生にもなるのに我儘で自己中心的で困った男だ。
それを生徒会長に推薦した自分も大馬鹿だ。
主不在の生徒会長席をぼんやりと見つめながら溜息をつく。
温くなったコーヒーを飲み干すと、慌てた様子の藤崎先生が生徒会室に入ってきた。

「ごめんなさい。遅くなりました」

「いえ。お忙しいときは無理にいらっしゃらなくとも大丈夫ですので…」

先生は苦笑を浮かべながら席に座り、きょろきょろと辺りを見渡した。

「今日も高杉君一人?最近有馬君は来ないのね」

「…ええ、まあ。彼のことは気にしないで下さい」

ついさっきまでいたし、自分のせいで有馬が寄り付かなくなったなど想像もしていないだろう。当然だ。藤崎先生に落ち度はないのだから。
全面的に有馬が悪いが、多少藤崎先生を恨めしく思ってしまい、そんな自分が嫌になった。
完璧に八つ当たりだし、柴田との私的な感情を絡めている。
憎みたくなどない。いい教師だし、悪い部分など見当たらない。そんな相手をつまらない嫉妬で憎みたくない。
どんどん自分が嫌になる。

「もしかして、高杉君一人に仕事させているわけじゃない、よね?」

窺うように、遠慮がちな言葉に慌てて首を振った。

「いえ。そういうわけではないんです。有馬は有馬できちんとやっていますから。あの男は優秀ですし、僕と同じか、それ以上は働いてますから」

「そう。ならいいんだけど…」

心底安堵したように呟かれ、やはり憎みたくないと思った。
しかし、有馬と先生の間に挟まれた自分は貧乏くじをひいた。
どちらにもフォローをして、上手く立ち回らなければいけない。何故自分が。
柴田にしてもそうだ。
貧乏くじをひくのはいつものことで、またかと諦められるけれど、あまり頭痛の種は増やしたくない。
どいつもこいつも自分の苦労などお構いなしで、自由自適に振る舞うから困る。
彼らに言わせれば僕が固すぎるのだろうけど。

その日も下校時間ぎりぎりまで粘り、藤崎先生が戸締りをしておくというので、その言葉に甘えて寮に戻った。
明日は土曜日なので、自分もいくつか仕事を持ち帰り、自室に行く前に有馬の部屋へ寄った。
軽い話し合いをし、漸く自分の部屋へ戻る。
急いで学食へ行かなければ閉まってしまうけど、そんな気力もない。
即席麺があったはずだから、それで夕飯を済ませよう。
ブレザーをベッドの上に放り投げ、腰掛けながらネクタイを緩めた。
自然と溜息ばかりが漏れる。
そういえば下校中に携帯が震えたことを思い出し、ブレザーを手繰り寄せる。
ポケットから携帯を取り出し、メールを確認した。
柴田からで、部屋についたら連絡を欲しいというものだった。
『さっきついた』
短い文章を贈る。

ベッドの上に大の字になり、ぼんやりと天井を眺めた。
柴田とあまり話していない。
ゆっくりとできないのはいつものことで、卒業式付近は本当にひどいものだった。
けれど今はそれほどでもないし、落ち着いていると柴田も知っているはずだ。
それなのに彼は以前のように、こちらの都合もお構いなしで求めてこなくなった。
いつからだったか。
思い出そうとしても思い出せない。
はっきりとした原因があるわけではなく、こちらを気遣って自然とそういう形になったのだろうか。
それを少し寂しいとも思うけれど。

自分はなにを考えているのだと、乾いた笑いが浮かんだ。
上半身を起こし、夕飯を食べようとキッチンへ向かう。
やかんでお湯が沸くのをじっと待っていると、扉をノックする音が響く。
扉を開けるとラフな格好をした柴田がいた。

「よお」

「…ああ」

長い間顔を見ていないわけでもないのに、とても懐かしさが込み上げる。
柴田を招き入れ、ソファに座るように言った。

「冷たいものでよければ冷蔵庫から好きなものをとれよ」

「おう」

その間に沸騰した湯をカップ麺の容器に注ぎ、それを持ってソファに座った。

「お前またそんな物で夕飯済ませて」

柴田はペットボトルのお茶を飲みながら眉根を寄せた。

「ああ、いけないとはわかってるんだが、学食に行くのが面倒でな」

それもいつものことだ。

「俺が無理矢理連れて行かないとだめだな。お前は食に無頓着すぎる。ぶっ倒れるぞ」

「まさか。四六時中働いている社会人でもあるまいし」

「成長期は栄養バランスがいい食事と睡眠だろ。ろくな大人にならないぞ」

「まさかお前にろくな大人にならないと言われるとはな」

鼻で笑ってみせると、まあなと返事があった。

「お前細いんだからそれ以上痩せんなよ」

「わかってるよ」

軽くあしらって麺を啜る。
柴田の説教も耳にタコができるほど聞いている。
心配をかけて申し訳ないと思うが、朝、昼ときちんと摂っているので、夕飯くらいはいいかと思ってしまう。一度部屋に入ったら出たくなくなる。
柴田に引き摺られるようにして学食に行っていたが、最近はそれもなくなっていた。
微妙な変化がここ最近増えたが、すべて見て見ぬ振りをしていた。
彼には彼の付き合いがあるし、自分ばかりに構っていられないのは当然だと。
ただ、突然距離をあけるようにしたのは何故だろう。
考えると藤崎先生の顔が思い浮かんだが、なにも確証がないのに無責任に彼女を責められない。

ぼんやりとしながら機械的に麺を啜っていたので、半分も食べると残りが伸びきってしまった。
勿体無いが、もう食べられる状態でもなかったので、テーブルの上に容器を置いた。

「もう食べねえの?」

「伸びてしまった」

「なにやってんだよ」

呆れたように言われ、本当になにをしているのかと自分でも思う。

「疲れがたまってんじゃねえの?」

「…そんなことはないと思うが…」

「他に食い物は?」

「お菓子ならあった気がする。椎名がちょくちょくくれるんだ」

「椎名?」

「クラスメイトだ。席が隣で、糖分を摂れと色々差し入れをしてくれる」

「へえ。いい人じゃん」

「ああ。とてもいい奴だ」

普段の椎名の言動を思い出して小さく笑った。
歳よりも随分落ち着いて見えるのに、話してみると天然なところがあり、可愛らしい。
黙っているといっそ冷淡にも見えるので、そのギャップに驚いたけれど。
素直で、勉強熱心で、堅物と悪口を言われている僕にも臆することなく接してくれるし、気遣ってもくれる。
そんな奴は滅多にいないので、どう反応していいのかわからないが、ありがたいと感謝はしている。

「随分お気に入りみたいだな」

「お気に入りって言い方はおかしいだろ」

「いや、友達が増えたみたいでよかったなってことだよ」

くしゃりと髪を撫でられ、気恥ずかしくて俯いた。
友達と言ってもいい関係なのかはわからないが、椎名のことは単純に好きだ。
けれど、そんな幼い子どものような心配を柴田にされるのも情けない。
友人などおらずとも生活はできる。今までそうだった。
けれど、いればそれだけ色彩豊かになる。
恋人とはまた違う、大切な存在になる。

「じゃあ、そのお菓子ちゃんと食えよ」

「そうだな」

「じゃあ俺行くな」

「え?」

立ち上がった柴田を見上げた。
金曜日なので、てっきり泊まっていくと思っていたのに。
瞳を揺らすと柴田は苦笑した。

「潤に呼ばれてんだ」

「ああ、柳君に…。そうか…」

扉へ歩く柴田の後ろを追った。
また大した会話もできずに去ってしまう。
衝動的に引き留めたくなったが、伸ばした手を戻した。
柳君にも悪いし、柴田を困らせたくない。

「週末はなにしてる?」

扉を開ける前に、思いついたように聞かれた。

「さあ。特に予定はないからいつも通り、勉強したりしていると思う」

「そうか。じゃあな」

「ああ」

柴田はこちらに手を伸ばして、真っ直ぐな髪を梳いてから去って行った。

ぱたりと閉まった扉を見詰めた。
キスの一つくらいしてくるかと思ったが、それもなかった。
残念に思う自分が恥ずかしい。いつの間にこんな風になってしまったのだろう。
休みの約束もできなかった。
元々、二人で何処かへ出掛けたりは滅多にしないが、部屋で一緒にいることが多かった。
それも、彼がそうしたいと言ってくれたから成立したことで、彼からなんのアクションもなければ、僕たちの関係はこんなにも薄っぺらくなってしまう。
自嘲気味な笑みが浮かんだ。
どうやら今まで僕は柴田の好意に胡坐を掻いていた。
彼が僕を好きでいてくれるのは奇跡に近いと思いながらも、どこかで簡単に離れないだろうという驕りもあったかもしれない。
そんな保障はどこにもないのに。
執着されないことがこんなにも寂しいとは知らなかった。
もしかしたら気持ちが離れてきているのかもしれない。
自業自得だ。
だけれど、この期に及んでも自分から柴田に手を伸ばせない。
そんな性格が心底憎いと思った。

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