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ポケットに手を突っ込みながら改札をぼんやり見ていると、やってきた沙希が大きく笑いながら手を振った。

「皇矢さん久しぶり!会いたかった!陽ちゃん家に全然連れてきてくれないんだもん」

「久しぶりだな」

「で、なんで陽ちゃんまでいるの」

沙希は隣にいた三上をじろりと睨み、三上はその視線に大きくダメージを受けながら妹に会いに来てなにが悪いと開き直った。

「夏休み入ったら陽ちゃんには毎日会えるでしょ」

「たった一ヵ月だぞ!?」

「全寮制の高校なんて行った陽ちゃんが悪いんだもーん」

そう言われては反論の余地はない。
三上は妹が反抗期だとうなだれながら顔を顰めた。
三上がこんな風になるのは妹二人に関わるときなのでとても面白い。彼は何にも興味ありませんみたいにすかしてばかりだ。

「まさか陽ちゃん一緒に来ないよね。今日は皇矢さんと二人がいい」

「不本意だけどお前を送るまでどっかで時間つぶしてる」

「送らなくていいってば。もう私高校生だよ?」

「だからだろ。変な目で見るおっさんがいたらどうすんだよ」

「自分でどうにかできるってば」

「甘い!男の力をなめんなよ」

「もー、わかったよ」

かわいらしい兄弟喧嘩につい笑ってしまった。
三上の心配もわかるけれど。
沙希は高校生になってぐっと女性らしくなった。三上的にはいつまでも垢抜けず、目立たない存在でいてほしいのだろうが、そんな兄の心配を他所におしゃれを楽しんでいるらしい。
沙希の行く高校は共学だ。好意を寄せる男もいるだろうにわざわざ兄の友人である自分に構うなんて。

「一時間以内に終わらせろ」

耳元で三上に囁かれ、そんなにかからないとひらっと手を振った。
妹に会いたいというのは本音だろうが、ふられてさめざめと泣く妹を慰めるために来たのだろう。
その過保護が少しは真琴にも向けばいいのに。

「皇矢さん、私お腹すいた。ご飯食べよう」

「ああ、どこ行きたい」

「私調べてきたの」

スマホを操作し、ここ、と見せられた場所のだいたいの地図を頭の中で思い浮かべじゃあ行こうかと歩き出す。三上の怨恨を背中にひしひしと浴びながら。
三上には完膚なきまでに叩きのめせと言われている。
妹が苦しむのを見るのは辛いが下手に尾を引く真似をせず、はさみでぱちんと切るように感情に終止符を打ってほしいのだろう。
恋だ愛だを理解しない三上らしい。
そんな簡単にいくなら人生イージーモードだ。
やめたいのにやめられない。忘れたいのに忘れられない。
恋は意思に反して感情は大暴れを繰り返す。
三上もそのうち知るはめになる。真琴にぶんぶん振り回されて少しは学んだほうがいい。
着いたのは女の子が好みそうなカフェで、楽しさを隠し切れない様子の沙希を見るたびしんどくなった。
想像以上にきついが仕方がない。

「皇矢さん夏休みうちに来る?」

食後のデザートをつつく沙希を頬杖をつきながら眺めた。

「行かねえなあ」

「なんで?来てよ」

「三上がうちの敷居は跨がせないって言うから」

「まったく、陽ちゃんは……。二人はちゃんと仲いいんだよね?」

「仲……いいと思う」

三上とのあれこれを思い出すと首を傾げたくなるけれど。
本気で喧嘩もするし、三上に膝蹴りされた腹には痣が残っていたりもする。
同級生、先輩、後輩、分け隔てなく適当に、いい塩梅でつきあえるが、じゃあ誰がいなくなったら困るかというと三上だ。
馬鹿笑いしたり、価値観ががっちり一致するわけじゃない。
ただ一緒にいてとにかく楽だ。頭を空っぽにできるしどんな困難でも三上と一緒ならどうにかなるだろ、とあっけらかんと思える。
それを仲がいいと形容するのかは疑問だが、他に言い表す言葉が見つからない。

「陽ちゃんは気難しい人だから皇矢さんが仲良くしてくれてよかった」

「心配しなくても他にも三上を慕ってる人間はいるよ」

主に真琴が。
百人分の好意を一人で三上に向けている。
あれだけ一途に、必死に想われれば絆されるのも時間の問題と思ったが、本気で絆されたと知ったときは目をむいた。
あの三上が。信じられずに何度も確認しては怒られたものだ。

「ならいいけど……陽ちゃんがもらうはずだったコミュ力、私と沙羅が全部奪っちゃったんじゃないかってくらい暗いでしょ?」

「暗いっていうか物静か?」

「いいところもたくさんあるけどみんなに全然伝わらないから」

「伝わってほしいとも思ってなさそうだけどな」

「それが問題。あんな風じゃ一生彼女もできない」

できてます。彼氏が。
性別は置いといて真琴は完璧だ。
三上のわかりにくい性格を誰より理解しようとする。
三上の言葉を信じ、心を信じ、一生かけて愛しますとなんの迷いもなく言える。
思い出してふっと笑ってしまった。

「あ、なにその笑い。もしかして彼女いるの?」

「さあな。三上のそういうことはわかんねえな」

「友達なのに?」

「友達なのに」

「ふうん。男の子の友情は不思議だね」

ストローでアイスティーをかき混ぜた沙希は俯きがちにあの、と小さく言った。

「こ、皇矢さんはいるの?彼女とか……」

核心につく言葉をむけられゆったり頷いた。

「いるよ」

「……そ、っか。あ、私と二人でいたら彼女怒らない?」

「言ってあるし大丈夫」

「…随分心が広いんだね。私なら嫉妬しちゃう」

「心が広いというか……まあ、余裕があるんじゃねえかな」

「……皇矢さん相手に余裕なんてすごいね」

沙希は無理に口を笑みの形にしようとし、だけど眉は下がったままで無意味にストローに触れ下唇を噛み締めた。
下手な慰めはしないし、同情せず徹底的に。
わざと傷つける真似はしないが、どうせなら憎んでくれて構わない。
これ以上は沙希も辛いだろうと、腕時計で時間を確認して席を立った。

「行こうか。三上も待ってる」

力なく頷いた沙希を促し、半歩後ろを歩く彼女と駅へ向かった。

「皇矢さん」

駅へ続くぺデストリアンデッキを歩いている途中沙希が立ち止まり、後ろを振り返ると決意したような表情で顔を上げた。

「陽ちゃんが言ってたの。皇矢さん彼女いるのかなって聞いたら、いるに決まってる、でも本気になるような男じゃないって」

「あの野郎……」

「私皇矢さんが好き。遊びでもいい。二番目でも三番目でもいいの。私もその中に入れてほしい」

悲痛な訴えに小さく息を吐き、道の端、柵に寄り掛かるように並んだ。

「沙希、そういうこと言ったらだめだ。一番にしてくれなきゃ嫌だって言うべきだしそうしてくれる男を好きになれ」

「でも、私が好きなのは皇矢さんだし……」

「じゃあ俺のことは嫌いになれ」

「そんなの無理だよ」

「無理でもなんでも」

沙希はぐっと喉を詰まらせ靴先に視線を落とした。

「友達の妹に手を出したりしないって陽ちゃんは言ったけど、やっぱりそうなの?」

「そうだな。三上の妹なら俺も妹と同じ感覚だ」

「じゃあ陽ちゃんの妹やめる!」

「沙希……」

直情的なところがますます幼く感じられる。子どもがお菓子を強請るのとなにも変わらない。

「沙希、俺は今つきあってる奴が本気で好きだ。二番も三番もいない。沙希がだめってんじゃない。誰でもだめなんだ」

俯く顔を覗き込むようにすると泣きたいのを必死に堪えていた。
ああ、傍からみたら女の子をいじめて泣かせる最低野郎だ。
三上、早く来てくれ。
祈るようにしながら視線を泳がせると、離れた場所から三上がこちらを見ていた。
早く来いと身振り手振りで訴えたが三上は首を横に振った。
これでもまだ足りないか。もう次の策も言葉も見つからないというのに。

「……見せて」

「え?」

「彼女の写真あるでしょ?つきあってるんだもん。どんな人か見せて」

「えーっと……写真はない、かなあ…」

「皇矢さん私を諦めさせるために嘘ついてないよね?」

「ついてません」

「子どもの戯言だと思ってない?私本気で言ってるんだけど」

「わかってる、わかってる。だから俺も本気でお断りしただろ?」

「でも彼女の写真が一枚もないなんて……」

「あれだ。ドライな関係といいますか…」

必死で言い訳すると猜疑心がたっぷり込められた目で見られ、苦し紛れににこっと笑った。

「陽ちゃんの入れ知恵じゃないよね!?陽ちゃん彼氏作るのどんな手を遣っても阻止しそうだもん!」

「いくら三上がシスコンでもそこまでしねえよ。沙希が好きだって言うなら三上だって認める」

「だって陽ちゃんいつも皇矢さんなんてやめろって言うもん」

「わかった。じゃあ今度彼女に会ったら写真とって送る。それでいいな」

「いつ?」

「いつと言われても……次会ったとき、としか…」

「絶対だよ。見るまで信じないからね」

「わかったわかった」

だからそう気を荒立てるな。
沙希は泣くどころか好戦的な瞳でこちらを一瞥し、かと思うとがっくり肩を落とした。

「我満言ってごめん。でもこうでもしないと諦められない。皇矢さんに大事な人がいるってこの目で見て実感しないと忘れられない」

「…わかってる。我儘なんて思ってない」

「本当?」

「本当」

ぽんと背中を叩くと心底安堵したようにし、まだまだかわいらしい少女じゃないかとなぜかこちらも安心した。
三上の気持ちが理解できた。ろくでもない男に引っかかったら相手の男を締める手伝いをする程度には愛情もある。

「三上が待ってる。行こうか」

「……うん。短いデートだったな…」

またいつでも遊ぼうと言いそうになって口を閉じた。
こういうことを言うから悪いんだな。勉強になりました。
沙希を三上に引き渡し、面倒なことになったぞと腕を組んだ。
これは藍に頼むしかない。
嘘をつくとこうして更に嘘を重ねなければいけない。ひどく面倒な作業だ。
正直に生きるのが美徳とは思わないが、恋愛が絡んだときの嘘は複雑な問題に変わっていく。
それでも写真一枚で沙希が恋に終止符を打つというならやるしかないのだろう。
藍にしこたま説教されるんだろうなとうんざりするが、周りの雑音で茜との関係が壊れぬよう、こうやって一つずつ問題を潰していくしかない。
そうすることで関係が守られるなら嘘も詐欺も上等だ。

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