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「実は二人がつきあってるの知ってました。保健室で会長に会った日の夜、会長の部屋に押し掛けたんです」

驚いて顔を上げると勝手なことしてすみませんと謝られた。

「同じ質問を会長にしたらあっさり認めました。そのときも誤魔化さないのが悔しいなと思いました。だから、せめて柳先輩を大事にしてくれって言いました。そうしたら俺はすっぱり諦めるって」

白石は言葉を区切り苦笑した。

「有馬会長なんて言ったと思います?その程度で諦める覚悟しかないのに自分たちの間に割って入ろうなんて嘲笑ものですって言ったんですよ」

信じられます?と聞かれ、ぽかんと口を開けた。

「でも俺はやっぱり好きな子は大事にするものだと思うって言ったんですけど、会長、できるならとっくにしてるって言ってました。辛そうな顔して」

聞いていられなくて俯いた。靴先に視線を固定させて混乱する頭を宥める。

「お二人は似てますね。意地を張って素直になれない」

白石はなにも言わない自分の腕を引き、昇降口と校門の中間で学校を指差した。そちらに視線を移すと生徒会室の窓から有馬先輩がこちらを見ていた。

「有馬会長ってすごく頭が良くて、冷静で、感情に乏しいのかと思ってたけど、後輩の俺なんかに嫉妬して、かわいいところもあるじゃないですか」

「……嫉妬?」

「そうですよ。ひどいことしちゃうのも、試すようなことを言うのも柳先輩が好きでぐちゃぐちゃになるからでしょ?」

もう一度生徒会室の窓に視線をやったが、既に彼の姿はなかった。

「先輩も、勝ち負けじゃないんだから大事なときは素直にならないと。そうでないと自分の手で大事な物を潰しちゃいますよ」

とん、と背中を押された。白石を振り返ると早く行けと手を払われる。
小さく頷き学校へ走った。
帰宅部は最少のエネルギーで過ごしたい。走るなんて以ての外。
ち、と舌打ちをして走りながら鬱陶しいネクタイを引き抜いた。
有馬先輩の頭の中は有馬先輩しかわからない。白石の解釈が間違いという可能性もある。でもそんなことはどうでもよくて、彼に無視をされ続ける日々はもう限界だ。
勝ち負けじゃないと白石は言ったけれど、僕は彼とつきあう以前から負け続けている。
どうしようもない。コントロールが効かない。自制したってほしくてたまらなくなる。
生徒会室の前につき、膝に手を当て肩で息をした。
流れる汗を乱暴に拭い、ノックもなしに扉を開けた。
高杉先輩が目を丸くしてこちらを見たが、無視して有馬先輩と対峙する。彼のネクタイを握り、こちらに引き寄せ一発平手打ちをした。

「僕に乱暴したことはこれでチャラにしてやる」

「…いきなり随分なことをしますね」

「グーじゃないだけ感謝しろよ」

睨み合いを続けると高杉先輩がおろおろしながら近付いてきた。

「高杉先輩、悪いけど二人にしてもらっていいですか」

きっと睨むと、こちらの気迫に圧倒されたのか、高杉先輩は小さく頷き、なにかあったら連絡くれと言葉を残して教室を去った。
有馬先輩はネクタイを握っていた手をぱしっと振り払い、息を吐きながら椅子に座った。
自分も彼の机に座り、足を組んで窓の外を眺めた。
ぽかぽか陽気の春本番。なのに自分たちは険悪な雰囲気。なんだかおかしくなって笑ってしまった。

「なんですか」

「別に。意地張ってたのがおかしくなって」

「意地?」

「そう。僕はなにも悪くないし、先輩が謝るまで絶対に許さないと思ってた。でも、もういいや」

先輩を見ると、腹の上で手を組みながら思い切り顔を顰めている。
能面でいつも冷たい。そんな彼が自分の言葉や態度で簡単に感情を揺さぶられる。自分は彼のなにを見ていたのだろう。彼の少しの変化は大きな戸惑いを抱えている証拠だ。

「…大事にできないほど僕のことが好き?」

先輩の顎を掴んで至近距離で言うと、彼は眼鏡の奥の瞳をすっと眇めた。

「なにを言っているのかわかりません」

逃げようとする顔をがっちり掴んで固定させる。

「僕は好きだよ。むかつくし、言う通りにならないし、いつも心がぐちゃぐちゃだけど離れられない」

熱の篭らない瞳と暫く見詰め合い、彼は視線を伏せて溜め息を吐くと同時に僕の身体を抱き寄せた。
腰に手を回して額を胸に擦り付ける姿がとても幼く見えて、さらりと髪を撫でてやった。

「…お願いですから私を怒らせないでください。コントロールが効かないんです」

さらり、さらり、指を櫛のようにして撫で続ける。

「あなたは自覚がなさすぎます。あなたの容姿は目に毒です。何度も怖い目に遭ってるのに危機感がない。すべての人間を警戒しろとは言いませんが、好意を寄せられている相手にはもっと慎重になってください」

「…うん」

思うことはたくさんあったが、今は有馬先輩の言葉に頷く方を選んだ。

「男同士だし、なにもあるはずないと思ったから」

「男同士でつきあってるくせに」

「そうだけど、これは特殊なケースだし」

「…あなたは女性にも男性にも魅力的に映るんです。わかってると言うかもしれませんが、全然足りないです」

くどくどと説教を始めた口を手で塞いだ。

「有馬先輩も言うことあるでしょ?」

先輩は舌打ちし、顔を背け、乱暴してすみませんでしたと小さく謝った。
百点とは言えない謝罪の仕方に文句を言いたくなったが呑み込んだ。これでも頑張った方だろう。
彼の両頬を手で包み一瞬唇を重ねた。

「仲直り、だよね?」

不安になって首を傾げると、首に腕を回され思い切り引き寄せられた。
噛み付くようなキスをされながら腰を引き寄せられ、彼の上に跨るように座った。
耳、首筋、鎖骨と唇が降下していくので慌てて彼の肩を掴む。

「だめだからね」

「なぜ」

「なぜじゃないでしょ生徒会長様」

「仲直りセックスってすごく気持ちいいらしいですよ?」

先程までの可愛げはどこに消えたのだろう。呆れて何も言えなくなる。

「あなたを抱きたい」

上目遣いをされ、ぐっと顎を引いた。今度は甘える手管を覚えやがった。
余計な知恵ばかり集めて、そうやって自分はますます彼に夢中にさせられる。

「…ぼ、僕だってしたいけど…」

「じゃあしましょう」

「部屋に帰ったらね」

「じゃあ今すぐ帰りましょう」

「でも」

ちらりと机を振り返った。作業の途中だったのに、こんな理由で中断していいのだろうか。

「これ以上意地悪しないでください」

耳を軽く引っ張られ、意地悪してるのはどっちだよと睨む。

「わかった。じゃあ片付けてから帰ろう」

彼の上から身体をどかせると、腕を引かれて連行されるように部屋から出た。

「片付けは?」

「そんなもの高杉にやらせます」

言いながら携帯を操作しメールを打っている。高杉先輩ごめん。後でなにか驕るから。心の中で謝罪する。
有馬先輩の部屋に入ると同時、乱暴に壁に押し付けられ深い口付を交わしながらシャツの釦を器用に外された。

「ちょ、シャワーは?」

「そんなのいりません」

「いるだろ!僕走って汗かいたし」

「むしろ興奮します」

「おい変態」

胸を押し返すと待てないと言いながらきつく抱き締められた。
下腹部に硬いものが当たっている。呆れたように小さく溜め息を吐き、しょうがないと背中に手を回した。
それを了承の合図と受け取ったのか、ソファに放り投げられながら今回はいつも以上にねちっこくなりそうだなと覚悟を決める。

「潤」

呼ばれて顔を上げると首にひやりとした感覚が走り、ナイロンバンドを巻かれた。
喉に当たる部分には万歩計のような器具が付けられている。

「…なにこれ」

手でそれに触れると、触ってはだめだと優しく咎められる。
両腕をしっかり握られ、耳を舌で刺激されている間に後ろ手に手錠をはめられた。

「ちょっと!またこんなことして!」

がしゃがしゃと鎖を擦ってみたが外れるわけもなく、きっと彼を睨み上げた。
有馬先輩は小型のリモコンを眼前に差し出しにこりと笑う。

「私は完全に許したわけではないです。やはり躾は必要かなと思いまして」

「…は?」

「それは犬の無駄吠え防止の首輪です。吠えると軽い電流が流れます」

嘘だろ。目が点になりあんぐりと口を開けた。

「電流の強さは調節できますから怖がらなくて大丈夫です」

「待って、嫌だ。こんなの…」

「吠えなければいいんです」

跪くように足の甲に口付けられ、挑発的な視線を寄越される。
怯える様子は彼を興奮させるだけ。わかっているが怖くて首をやんわり左右に振った。

「ちゃんと反省する!」

「そのセリフ、もう聞き飽きました」

「くそ、変態!」

「それも聞き飽きました」

「ここまでくると異常だ!」

「声を我慢する自信がない?」

くすりと笑われ唇を噛み締める。
覆い被さる身体を受け止めながら、どうしてこの現代が生み出したモンスターを嫌いになれないのかと自分に呆れ返った。

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