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自分から有馬先輩に連絡はしなかったし、彼からの連絡もないまま一週間が経った。
鳴らない携帯を眺め、自然消滅ってこうやって成立するのかなと考える。
頬杖をつきながら窓の外を眺めては教師に叱られ、自室のソファでぐったりすると同室者に部屋で寝た方がいいと起こされる。
みんなもう放っておいてくれと願うのに、どこに身を寄せても一人になれない。
おまけに白石はあれからも時間があればこの教室に足繁く通っている。
最初は冷たくあしらって、次に無視をして、最後は怒鳴り散らしたが懲りる気配がない。
うんざりして、もう好きにさせることにした。
白石は本気なのだと言ったけれど、そうではないと空気でわかる。同性を好きになるというのはそう簡単なものではない。自分の見た目がこんな風だから、然程嫌悪を感じず傍にいられるのかもしれないが、見た目で好意を持ったなら必ず女性が恋しくなる。
どんなに綺麗な造りをしていても自分は男で、柔らかな身体も慎ましい性格も持っていない。珍しい恋に夢中になる後輩を早く現実に戻してやらなければ。
自分の嫌な部分をすべて曝け出しても効果がないので、次はどんな手を遣おうかと頭を悩ませる。そうしていると有馬先輩のことを考えずに済むので、疫病神二号も多少は役に立っている。
HRが終わり、机に突っ伏していた身体を起こした。
欠伸をしながら携帯を取り出す。なんの連絡も入っていないと予想して、真っ暗な画面を見て落胆する。
数分後、慌てた様子で真琴が教室に入ってきて肩を落とした。
「残念。ちょっと遅かったね。三上さっき帰ったよ」
「今日も負けた…」
深刻な表情で溜め息を吐く姿にふっと笑う。
真琴はいつも一生懸命だ。いい塩梅で力を抜かず、三上のためなら全力疾走。
たかが一緒に帰れない程度でこの世の終わりのように落ち込み、気紛れで三上から触れられると天国を見つけたように喜ぶ。
素直で可愛らしいと思うし、羨ましいとも思う。自分はきっと、そういう部分を母のお腹の中に忘れたきた。幼い頃から意地っ張りで斜に構えて、生意気だった記憶しかない。
「じゃあ今日は三上の代わりに僕と帰る?」
「か、代わりだなんてとんでもない。潤と帰るのも嬉しいよ」
俯きがちにはにかんだので、くしゃりと頭を撫でてやった。
犬や猫を撫でたいと思うのに理由がいらないように、真琴を撫でるのにも理由はいらない。ただ真琴だから撫でるのだ。
鞄の持ち手の片方を肩にかけ、ぷらぷらとさせながら廊下を歩く。うるさい教師の愚痴、三上や皇矢の愚痴、それらを真琴は笑ってうんうんと聞いてくれる。
「最近有馬先輩の愚痴は言わないね」
「…そうだっけ?」
惚けてみると、真琴が苦笑したのが伝わった。
見ないふりをして前に視線を固定すると、下駄箱に厄病神二号を見つけた。
げ、と小さく声を出すと、彼はこちらに気付き、長い腕を上げて笑顔を見せた。
「待ってたんです」
「お前部活は?」
「今日はオフです!」
「じゃあさっさと帰って休めよ」
「だから一緒に帰りたいなあと思って」
会話が成り立っていない。頭が痛くなって溜め息を吐いた。
「…えっと、じゃあ僕先に帰るね」
自分と白石を交互に見た真琴が言い、白石がしっかりと礼を言いながら頭を下げた。とんでもないですと真琴も頭を下げ、永遠に続きそうなそれを終わらせるため真琴の背中を押してやる。
「…なんでめげないかなお前は」
小さく呟くと、白石はずいとこちらに顔を寄せにっこり笑った。
「俺、粘り強いんです」
「そろそろ心折れない?」
「全然。監督やコーチに叱られるのに比べればなんてことないですよ」
これだから体育会系は。うんざりして髪をかき上げた。
「折角のオフですし、どこか行きます?なにか驕ります」
「休めって言ってんだろ。それに後輩に驕られたくない。財布ならいるし」
言いながら仁の顔を思い浮かべる。ちょっと素直におねだりすると仁はすぐに財布の紐を緩める。将来彼に子どもができたらそれはもう溺愛するだろう。
「でも、俺まだ怪我させたお詫びもしてないし…」
「だから、あれはお前のせいじゃない」
「俺のせいですよ…」
しょんぼりと項垂れる姿が可哀想で、自販機を指差した。
「じゃあジュース驕れ」
「はい!何本でも」
ぎゅっと腕を引かれ自販機の前まで小走りになる。運動部の有り余る体力と帰宅部の僅かな体力を同列にしないでほしい。こちらはいかに最少のエネルギーで生活できるか頭を捻っているのだ。
「なにがいいですか?」
「牛乳」
「…ただの牛乳ですか?いちご牛乳ではなく?」
「ただの牛乳でいい。最近イライラしてるから」
「なるほど」
白石は金を入れて牛乳のボタンを押し、ついでにいちご牛乳も買ってくれた。
「どうぞ」
「どうも。これで怪我の件は終わりな」
「…はい。あまりしつこく言っても悪いんで、その件についてはもう蒸し返しません」
漸くかと安堵しながら紙パックにストローを刺す。
じゅうじゅう吸いながら靴を履き替え、真っ直ぐに帰ろうとすると、少しだけ話しをしようと言われ、点在する東屋に引っ張られた。
振り解こうとしたのだが、力を込めてもうんともすんとも言わなくてもういいやと諦めた。
「お前本当に馬鹿力」
「部活やってる奴はみんなこんなもんですよ」
「どうせ帰宅部は貧弱の集まりですよ」
「そんなことないですよ。柴田先輩とか」
「あれはゴリラだから」
白石はくすりと笑い、他校の女子に人気があると教えてくれた。
女性の好みはよくわからない。チャラいだけの馬鹿なのに。年頃的に、悪そうなイケメンに心が惹かれるのだろうか。
「俺練習試合とかでよく他の高校行くんですけど、女子バスの子とかに聞かれるんですよ。柴田先輩彼女いるの?って」
「ふーん」
「今までは知らないって言ってたけど、この前校門まで彼女来てましたよね」
聞かれ首を捻った。皇矢に彼女はいない。いるのは彼氏だ。しかも超がつくほど堅物の高杉先輩。
「すごく可愛い人でした。髪が長くて、ふわっとしてて…」
「…ああ、あの子か」
思い当たるふしがあり納得した。昔つきあっていた子で、この前久しぶりに校門で皇矢を待っている姿を見た。高杉先輩と皇矢の関係をなんとなく察した後に元彼女が高杉先輩の妹と聞き、ヘヴィな三角関係においおいと呆れたが、なにがあったかは聞かない。彼らの恋愛事情なんて知りたくないし、どういう過程があろうとも今丸く収まっているならそれでいいと思う。
「白石も僕なんて構ってないで早く彼女作れよ。出逢いがないわけじゃないんだから」
飲み終わったストローをがじがじ噛むと、白石はなにも言わず、苦笑だけで応えた。
酷い言葉だと思う。でもきちんと突き放さなければ。
会話は途切れ、白石は手を組んで下校する生徒を眺めている。自分もなんとなくそちらに視線をやり、ぼんやりと春の陽だまりの心地よさを感じた。
ほとんどの生徒が校門を抜けた頃、白石が立ち上がった。もう気が済んだのだろうと思い、自分もそれに倣う。
「…柳先輩がつきあってるのって有馬会長ですか」
制服の尻部分をぱんぱんと払っていた手を止め白石を見た。
一瞬言葉を忘れ、笑いながら俯いた。否定も肯定もせずにいると頭上で白石の溜め息が聞こえる。
「否定しないんですね」
「好きに解釈すればいい」
一歩足を踏み出すと後ろから待ってと腕を握られた。
「柳先輩には会長より俺みたいなタイプの方が合うと思うんです。どんな我儘も受け入れるし、振り回されたって構わない」
真摯な瞳に虚を突かれ、数秒見詰め合った後鼻で笑った。
「…僕もそう思う。でもむかつくと思えば思うほど好きになる」
自分でも後輩相手になに言ってんだろと思う。自分たちの関係を大っぴらにしてはいけないのに。
白石は黙り、大きく溜め息を吐いた。
「だめかあ…」
ぽつりと呟いた言葉に胸が痛くなる。でも今隙を見せたら白石を不幸にする。
「柳先輩が否定したら押そうと思ったんだけどな。いくらでも誤魔化せるのに、会長のことになると簡単に動揺するんですね」
「生意気な口利くじゃん」
「それくらい悔しいってことですよ」
白石はにかっと笑い、一度天を仰いだ。
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