Episode2:プロトタイプ



翌日の放課後白石のクラスを訪ねた。扉から中を覗くと真新しく、身に馴染まない制服でころころと笑う一年の姿がある。自分も去年はあんな風だったっけ?たった一年しか違わないのにひどく幼く感じ、だから仁は自分など相手にしなかったのかと納得した。

「なあ、白石いる?」

誰もかれも同じ顔に見えて判別ができなかったので、手近な後輩に聞いた。いじめているわけでもないのに、びくりと肩を揺らされ、明らかに動揺しながら白石の元へ走って行った。
失礼すぎでしょ。一年の間で自分がどんな風に言われているかは知らないが、とって食ったりしないし、裏でこそこそいじめたり、かつあげしたりもしないのに。
昔から顔の造りのせで意地悪そう、と陰口を叩かれることが多いが、自分が意地悪をするのは友人に限る。知らない人間を虐めてもなにも楽しくない。
小さく息を吐くと白石が満面の笑みでやってきた。

「先輩、わざわざ来てくれたんですか?」

先輩。その呼び方は慣れておらず妙に胸がそわそわする。
後輩と親しくしたことはないし、一人っ子で末っ子気質なので年長者として敬われるのは鬱陶しい。

「あー、ちょっといいか」

「はい!」

彼は主人がリードを手にした瞬間の犬のように口角を上げた。
ついて来いと顎をしゃくり、屋上へ続く階段を数段上り振り返る。
白石はまだにこにこと笑っている。断ればこの笑顔がどんより曇るのだろうな。泣かれたらどうしよう。
なぜ自分がそんな心配をしなくてはいけないのだ。そもそもこの男が勘違いで好きになったのが悪い。責任転換はお手の物で、目の前の後輩が憎らしくなってきた。

「あのさ、昨日のことなんだけど」

「はい!」

「僕、つきあってる人いるんだわ。だから無理」

こういうときは変に同情せず、すっきり、きっぱり、後腐れなく。多少厳しい言い方の方がいいだろう。好きならその分嫌いになるのも早い。できれば嫌ってほしかった。
白石はなにも言わず、さすがに焦れてそちらに視線を移すと、ぽかんと口を開けていた。

「お付き合いしてる方がいらっしゃったんですか…」

「…そうだけど」

そんなに不思議なことだろうか。自分の容姿は整っていると自負している。外を歩けば女の子の視線を感じるし、親ですら引く手あまたに違いないと認めている。

「…すみません。あの、女装…をしてらしたので、心は女性なのかな、と…彼女がいらっしゃるとは…」

白石は勘違いをして申し訳ないと言いながら頭の後ろを掻いた。
つきあっている人がいるとは言ったが、相手が女とは一言も言ってない。訂正するのも面倒なので知らぬ振りをした。

「あれはー…なんていうか、ちょっとした罰ゲームみたいな感じで」

「そうだったんですね。あまりにも似合っていたので、慣れているのかなあと思って…とても美人だったから…」

面映ゆそうに微笑まれ、勘弁してくれと思った。

「お前は女装した僕が好きになったんだろ?それなら普通に女を好きになれ。僕は身体も心も男だし、一時の気の迷いで告ったりするもんじゃない。じゃ、そういうことだから」

ひらりと踵を返し、階段を降りると待ってくださいと上から腕を引かれた。

「勘違いしたことは謝ります。振られたことも理解してます。でも、一時の気の迷いなんて決めつけられるのは我慢できません」

そんなのどうでもいいんだよ。鬱陶しくなって睨み上げると、白石は顔を歪ませ、今にも泣きそうになっていた。

「そりゃ、一目惚れなんて胡散臭いけど、でも…」

「自分の気持ちを相手がどう受け取るかは人それぞれ。お前の気持ち押し付けんなよ」

真っ直ぐで、素直で、人の裏も読まず、話し合えばなんでもわかりあえると思っているタイプだろうか。そういう奴は大嫌いだ。努力したって理解し合えないことは世の中に溢れているし、世界の主人公は自分ではない。

「…離してくれる」

きつく握られた腕を自分の方に引いたが、彼は腕を離さない。

「俺の話し聞いてください」

楓の後輩だから穏便に済ませようと思った。だけどイライラする。他意なく、真っ直ぐに好きだという瞳が痛い。そんな想いを向けられたことなど自分の人生にはなかった。誰だって多少の打算で生きている。好きという言葉の裏にどんな醜い感情が詰まっているか、この後輩は知らないのだ。

「聞きたいことはなにもない。お前とはつきあえない。それが答えだから」

腕を振り払い階段を下りた。

「待って、待ってください」

それでも彼はしつこく手を伸ばし、肘に彼の手が触れた瞬間、振り切るようにすると同時に体勢を崩した。
手摺を掴もうとしたが間に合わず、身体は後ろへ、後ろへ倒れていく。
あ、やばい。
頭の中は冷静で、視界に映ったのは、焦り、驚いた白石の顔だった。

「い、ってえ…」

階段下に叩き落された身体をくの字に曲げた。背中と腰を思い切り強打し、痛みで呼吸すらまともにできない。いっそ意識を手放した方が楽だったのに、漫画のように上手くいかない。

「大丈夫ですか!」

「…大丈夫に見える…?」

頭を打たなかったのが幸いだが、身体中が痛くて悪態をつく気力がない。

「すいません、俺のせいです…」

そういうところがむかつくんだよ。言ってやりたいが声が出ない。
転んだのは白石のせいではなく、自業自得。きっかけを作ったのは白石かもしれないが、ろくに運動もせず、だらだらと部屋でゲームや漫画を読み続け、すっかり体幹が弱くなったせい。きっと、部活動に勤しむ者ならば、あれくらいの衝撃で倒れたりしない。

「とりあえず保健室行きましょう」

「…もう少し待って。今痛くて動けない…」

息をするのも辛い。背中の骨が折れていたらどうしよう。ああ、面倒なことになったな。

「背負います」

背中を向けた状態で目の前にしゃがまれ、どうぞと言われる。
どうぞ、と言われはい、どうも、と返ってくると思っているのかこの一年は。しかし背に腹は代えられない。いつまでもこの場で蹲っていてもしょうがないし、光ちゃんに診てもらうのが先だ。
じりじりと白石に近付き、肩に両手を添えると、子どもを抱える気軽さで背負われた。自分も身長は平均あるし、体重だってそこそこある。なのにこの扱いかと思うと生意気でむかつく。
東城の運動部の練習は厳しい。レギュラーに入りたければ努力に努力を重ねなければ生き残れない。その結果、白石のような馬鹿力を生むきっかけになっているのだろうか。
どうでもいいことを考えて痛みから意識を逸らせようとしたが、痛いものは痛い。
やっとのことで保健室につき、扉をあけたが光ちゃんの姿はなかった。

「…とりあえずベッドに下ろします。俺、先生探してきますから。あ、その前に応急処置だけでもします」

ベッドの上で腹這いになり、頬を枕に懐かせた。こんな怪我をするのは一年の頃、皇矢に遊びで土手から叩き落されたとき以来だ。思い出すと途端に苛立ち、すべて皇矢のせいと、関係ないのに結論付ける。

「…あの、ちょっとカーディガンとシャツ捲りますけどいいですか」

「ああ、うん」

もうなんでもいいから早くこの痛みから救ってほしい。
頭上から失礼します、と硬い声色で断られ、背中の皮膚がまだ肌寒い冷気に触れた。

「あー…赤くなってますね。所々皮が捲れて血が出てます」

詳しく説明するな。想像すると痛みがひどくなる。

「冷やした方がいいかな…ちょっと待っててください」

白石の気配が去り、水音と氷が擦れる音がした。
彼は洗面器を抱えて戻り、氷水に浸したフェイスタオルをそっと背中に当てた。

「つ、めた…」

「すいません。少し我慢してください。直接氷当てると痛そうだから…」

ぐいぐいとシャツを首元まで上げながら、白石はうーん、と唸った。

「ボタン外してもらっていいですか?上の方まで届かないです」

「…動きたくない。もう適当でいいからお前部活行けよ」

「そんなことできませんよ」

この後輩は自分の言うことを何一つ聞かない。頑固で、正義感が人一倍強いのだろう。
うっざ。心の中で罵りながら、面倒になって諦めた。

「一度起き上がれます?手伝いますから」

言われ、足を折り、腕をベッドについた。少しでも背中を動かすと痛いので、そこから先は白石の馬鹿力に頼り、ベッドに腰かけた。
背筋を伸ばしても猫背になっても痛く、しばらくどうやって過ごそうかなあとぼんやりと考えると、白石がカーディガンの釦を外し、失礼しますと一礼してからシャツの釦に手をかけた。
それくらい自分でできるが、尽くされている感覚が懐かしくて好きにさせた。
上から順に釦を外し、中盤まできたとき、ベッドを仕切っていたカーテンが開いた。

[ 3/13 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -