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「とにかく、そういうことだからお前の後輩の件は無理」

「こればっかりはしょうがねえか。なんせ相手は稀代の美少女だもんな」

「だから、別にそんなんじゃないから…」

楓がどんな女性を思い浮かべているのか知らないが、しきりにいいな、いいなと唇を尖らせている。
誰か紹介しろと言われかねない。

「ま、断るなら早めの方がいいぞ。あいつなんでも一生懸命だし、なかなか諦めないかもしれないけど」

「勘弁してくれ…」

ああ、頭が痛い。
こちらは有馬先輩だけで手一杯だ。他を考える余裕も隙もない。
けれど、断ったら彼はどんな顔をするだろう。
爽やかな笑顔がずっしりと曇ってしまうのだろうか。
胸がちくりと痛む。
誰かを選ぶということは、誰かを切り捨てると同意義だ。
他人を傷つけても、都合よく扱ってもなんとも思わなかった。
狂うくらい誰かを好きになり、相手の気持ちを理解した。
今となっては同じように、平気でゴミのように切り捨てられない。
それでも言わなくては。
好意を寄せられるのは嬉しいことばかりではない。
大きな気持ちでぶつかってこられれば、同じくらい大きな気持ちを抱えて断らなければいけない。

「お前の後輩、本当に趣味悪いな」

「自分で言うなよ」

何故自分なのだ。
呆れた視線を投げられ、憂鬱になる心をぐっとおさえた。
そのとき、ポケットにしまっていた携帯が短く震えた。

「げ…」

開いてメールを見ると有馬先輩からで、今どこにいますか?と簡素なものだった。

「なになに、うわさの美少女から?」

「だから、美少女じゃないっつーの!」

楓の頭を叩きながら、皇矢の部屋、と短く返事をする。
すぐさま返事がきて、今から部屋に来いと命令系で書かれていた。

「やべー…」

これはもう耳に入ったに違いない。
情報を漏らしたのは誰だろう。
有馬先輩は友人が少ないので、話す人物は限られている。
まさか皇矢や三上ではないと思う。進んで有馬先輩と接点を持つとは思えない。
なにも対策を考えていなかったし、突然すぎてどうしたらいいのかわからない。
でも、油を売っていれば早く来いと怒られる。

「帰るわ」

「誰だ!誰に似てるんだその美少女は!」

「しつこい!」

「なんでお前ばっかりー!」

皇矢が楓はサルだと言っていたが、なるほどと納得した。
とにかくうるさい。そんなことは前からわかっていたけど。
地団駄を踏む楓を無視して、鞄を拾って部屋から出た。
有馬先輩の部屋へ行かなければいけない。思うと、足が鉛のように重くなる。
短い時間で言い訳を考えなければ。
言い訳もなにも、悪いことはしていないのだから、正々堂々と胸を張っていればいい。
なのに、彼になにを言われるかと思うと気持ちが萎んでしまう。
彼の行動や言動は自分の予想の斜め上をいくので怖いのだ。
またわけのわからないお仕置きをされたらどうしよう。
何故、僕はあんな変態が好きなのだろうか。自分も大概趣味が悪い。
とぼとぼと自分の足先を見ながらゆっくりと歩いた。

「潤」

突然聞こえた声に驚き、勢いよく顔を上げる。
声の主は有馬先輩で、自分の部屋の扉に背中を預け、腕を組んで立っていた。
制服が乱れているので、一度部屋に入ってから、再び出てきたのだろう。

「待ってましたよ。さあ、どうぞ」

紳士的に扉を開けて入れと促される。
こんな態度おかしい。やはりなにかある。
行きたくない。行きたくない。
しばらくその場で立ち止まったが、有馬先輩は冷笑を浮かべて顎をしゃくった。

「わかったよ。入りますよ…」

部屋へ進み、有馬先輩から逃げるように急ぎ足でソファに座った。
同じ空間にいて、助けてくれる人はいないのだから意味はないけど。
テーブルの上には飲みかけのコーヒーが置いてあり、周りには分厚いファイルが散乱している。
一がこの部屋を使用していたときも、同じような具合だった。
散らかっててごめんね、と彼はいつも言っていた。
有馬先輩は一人掛けのソファにゆったりと座り、こちらに笑顔を向けた。

「聞きましたよ」

「…なにをでしょうか」

棒読みになってしまった。誤魔化せるなら誤魔化したい。

「わかっているくせに」

「耳に入るの早くない?」

「木内に聞きました。一年が柳潤に派手に告白したらしい、って噂になってるぞと」

「仁かよ…」

誰が余計なことを言ったのかと思えば。

「あなたが好意を寄せられるのは珍しくありませんが、人目も憚らず派手に言ったものですから噂になったのでしょう」

「ああ、そうですか…」

「で、どうしたんですか?」

「どうって…ちゃんと断るよ」

「その場で断らなかったんですか?」

ぐっと喉を詰まらせた。
断る時間はあったかもしれない。ごめんなさい。たった六文字を言う時間くらい。
でも呆然としてしまい、結果言い逃げされてしまった。

「びっくりしてる間にいなくなったんだよ」

「まさかその一年…。白石君、でしたっけ?その子に見惚れたとか馬鹿なこと言いませんよね」

「なわけないだろ!ってか、なんで白石だって知ってんの」

「調べればすぐにわかります」

「こわ…」

「なにか?」

「いいえ、別に」

言ってふいと顔を背けると、有馬先輩はこちらを穴があくほど見詰め、小さく溜息を吐いた。

「頭が痛いです」

微かに呟いた言葉は、それは自分の都合のいいように解釈するならば、告白されて焦っている、とでも言い換えていいのだろうか。
まさか、有馬先輩に限ってそんなことはないと思っていた。
ただの独占欲で、自分の腕の中のものを他人にとられるのはプライドが許さないだけかもしれないけれど。
変に期待するとしっぺ返しを喰らうので、淡い期待は拭い去る。
ちらりと視線を先輩に戻すと、真っ白な表情の中にふと、揺れる視線があった。
床を見詰めているが、なんとなく頼りなさそうにふわふわしている。
頭で考えるよりも先に身体が動いた。
どうにかしなきゃ。好きな人を不安にさせている場合ではない。
足元にしゃがみ込み、下から先輩を見上げた。

「先輩。僕ちゃんと断るよ」

「当然です」

可愛げない返事にいらっとしたが、どうにかこらえる。
先輩のシャツをぐいぐいと掴み、顎を反らせる。
暫く待つと有馬先輩の顔が近付き、触れるだけの口付けをした。
身体が離れていくと、手招きをされたので跨るような恰好で先輩の上に腰を下ろした。
抱き締められて、単純な心地よさに瞳を閉じる。
有馬先輩の頭を抱えるような形で、綺麗な髪をゆっくりと撫でた。

先輩はいつだって不遜で冷静でロボットのようだ。
けれど今日はなんだか迷子の子どもに見える。
勘違いです。そんな風に言われるだろうから口にはしないが。
独占欲だろうがなんだろうが構わないかと思う。自分は安い男だ。
ただ、先輩の傍にいる以外の選択肢はなくて、彼の気持ちが傷ついたり、不安に揺れたりするようなことはしないでいたい。
浮気はしないとか、一生想い続けるとか、そんな約束はできないけど。

有馬先輩が良しというまで、僕は頭を撫で続け、先輩は僕を離そうとしなかった。

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