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「潤ー、迎えにきたぞ」

ぼんやりと黒板を眺めたまま席に座っていると、扉の方から楓の声が響いた。
壊れたブリキの玩具のようにぎこちなくそちらに視線を移す。
頭の混乱はおさまらない。
五限の授業中も、ノートも教科書も出すのを忘れ、教師に丸めた教科書で頭をすぱんと叩かれた。

「楓…」

「ほら、帰ろうぜ」

「うん」

返事をしたものの、帰るにはどうしたらいいのか考える力がなかった。
白石の言葉が頭の中で回転寿司のように回っている。
流れていったと思ったらまた同じ言葉が戻ってくる。
告白なんて慣れたもので、可愛らしく猫を被って断れば済んだ。今までは。
なのにあんなに真っ直ぐ、熱を持った導線のような告白には慣れていない。
目の奥がちかちかとして、頭が痛くなる。

「なにしてんだよ。鞄持てよ」

「ああ、鞄ね」

とりあえず、言われたままに鞄を手にした。
でもまだ動けない。

「おい!行くぞ!」

痺れを切らした楓が荷物を纏めてくれて、腕を引かれた。
靴を履き替えろと怒られ、そのまま楓の部屋へ連行される。
扉を開けると皇矢がいた。毎日ちらちらと顔を合わせているが、皇矢がいる部屋に戻るという行為が懐かしくてぼんやりとする。

「なんだ。お前と潤って珍しい組み合わせだな」

「ちょっとなー」

「あれか、昼休みの」

皇矢の口から事件を匂わせる言葉が響き、目を丸くした。

「なんで知ってんの!」

「だって俺あのとき近くにいたし」

「全然気づかなかった」

もしかしたら皇矢以外にもあの近くに生徒がいたのではないだろうか。
呆然としていたので、あまり覚えてはいないが。

「明日か明後日あたりには噂になってんじゃねえの?あの柳潤に告白するような馬鹿な一年がいるってな」

「おい、悠也は俺の後輩だぞ。馬鹿とはなんだ。馬鹿とは」

「だって潤は女王様って陰口叩かれるような性格だぞ?それに好きですなんて、馬鹿だろ」

「俺もそう思ったけど口にしなかったんだぞ!俺の優しさを返せ!」

「あ?なんだよサル」

「うるせええゴリラ!」

「うるせえ!喧嘩すんな!」

楓と皇矢は顔を合わせればいつもこれだ。
呆れた溜息を吐き、皇矢の言葉を反芻してはっとした。

「噂になる!?」

ということは、勿論大魔王有馬玲二の耳にも入るということだ。
どうしよう。
白石からの告白に思考回路を停止させている場合ではなかった。
あんなものはどうにかこうにか断ればいい。皇矢が言うように僕に告白など馬鹿なのだろう。女装をしていたことも、嘘八百を並べて誤魔化そう。
それよりも考えなければいけないのは有馬先輩だ。
彼がどんな反応をするかわからないから怖い。
ああ、そうですか。
そんな風に流してくれればいいのだが。そもそもあまり僕に興味があるようには思えないし、そんなことを一々気にしていたら恋人でいられない。
自分で言うのもなんだが、僕は男子校の華だ。
その自分とつきあうのなら、こんな事態も想定内だろう。
けれども彼はこうも言っていた。私は独占欲が人一倍強いんです、と。
矛先は白石に向かず、自分に来るかもしれない。
どんな怖ろしい罰を与えられるかわかったものではない。

「…やばい」

「やばさに気付いたか?」

ぽんぽんと肩を叩き、ご愁傷様と皇矢は憎たらしく笑った。

「くそ…」

一瞬で白石は憎むべき存在に変わった。
なんであんな場所で、僕に告白などしたのだ。
こちらの迷惑も考えず。だから年下は嫌いだ。
真っ直ぐで爽やかで、それは誉められたことだろうが、時と場合を考えろ。
後先を考えられないほど子どもというわけではないだろう。
男女ですら場所を考えて告白をするというのに。

「楓が可愛がってるだけあってあの後輩も馬鹿だな」

思い切り顔を歪めて楓を睨んだ。

「なんだとう!」

楓に八つ当たりをしても仕方がないのだけれど。

「じゃ、俺出掛けてくるからよ」

コップをテーブルの上に置いて、皇矢は制服姿のまま去った。
他人事だと思って完全に楽しんでいる。
逆の立場なら思い切りからかって、脅して楽しんだので文句は言えないが。

「とりあえず落ち着くか。なんか飲む?」

「…水」

ソファに座って大きく溜息を吐き出した。
ペットボトルが飛んできて、片手でキャッチする。
キャップを捻って冷たい水を飲む。頭も一緒に冷静になればいいのに。

「お前、どうすんの?」

楓に聞かれ、なにがと答えた。

「悠也のこと」

「ああ…。どうもこうも無理だし」

頭の中は有馬対策でいっぱいだ。白石などもうどうでもいい。

「だよなあ。悠也もなんで潤かなあ。あいつ中学の頃の彼女と高校上がる前に別れて、好きな人ができたって嬉しそうに話してたからよかった、って安心してたのに。潤かよ…」

「なんだよ失礼な奴だな」

楓はコーヒーカップをテーブルに置くと、僕の隣に移動して至近距離で顔を見詰めてきた。

「なに気持ち悪いな」

「…お前、綺麗な顔してるけど女に見えないよな。私服でも制服でも」

「見えてたまるかよ」

「なんで女だと思ったんだろ」

「あ…」

言うべきか言わないべきか悩んだが、楓に言ったら最後、仲間内に広がって大笑いされるだろう。
そして見せろ、その姿見せろとからかわれるのだ。
絶対に言わない。白石には口止めをするとして、このことは僕と白石と有馬先輩だけの秘密にしておきたい。

「俺悠也のことは可愛がってんだ。潤を選ぶとかめちゃくちゃ趣味悪いとは思うけど、なんとかならんものかね?」

「ならないよ。僕つきあってる人いるし」

「は?マジで?」

「マジだよ」

「いつの間に!裏切り者!」

「あ?お前香坂先輩いるだろ」

「あれはあれ、女の子は女の子だろ!どうせめちゃくちゃ美少女なんだろ!お前に負けないくらい綺麗な顔してんだろ!お人形さんみたいな感じだろくそが!」

「うるさいな。落ち着けよ」

どうやら楓は僕と有馬先輩の関係を知らないらしい。
僅かな人間は知っているだろうし、そこから話しが漏れたとしてもおかしくないが、皇矢に三上に秀吉、真琴。どれも面白半分で人のプライベートをべらべらと話すような人間ではない。
そもそも人の恋愛には無関心なので、あえて話題に出すこともないだろう。
皆自分の相手で手一杯だ。他はどうでもいいのだろう。

「写真とかないの?」

楓は興味津々といった様子で、瞳をきらきらと輝かせた。

「ない。別に美少女でもない」

有馬先輩が女だったら、それはそれで綺麗だったと思う。
先輩の姉も美人だった。決して派手な作りはしていないが、整ったパーツがきちんとした場所におさめられていて、なにより雰囲気や所作が美しかった。
家柄を考えればそれは当然だが。
お嬢様然とした空気はさぞかし男にモテるだろう。

「またまた。お前のことだから自分と並んでも引けを取らない女を選んでんだろ」

「楓は僕をなんだと思って…」

「だってお前そういう奴じゃん」

反論の代わりに溜息を吐いた。
確かにそういう男だけど。特に好きな子もおらず、つきあっている相手もいないとしたら、顔で相手を選ぶと思う。
性格なんてどの女の子も然程変わらないと思うし、それなら見ていて楽しい方がいい。
捻くれているし、性格が悪いと自覚している。

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