4



コンビニに入った彼をちらりと見て、話しってなんだろうと身構えた。
あの日変なことを言ったから、お説教でもされるのだろうか。
友人関係も解消すると言われたらどうしよう。
ああでもない、こうでもないと嫌な想像を存分にし、戻ってきた神谷先輩の後ろをついて歩いた。
寮とコンビニの間にある公園を指差され、並んでベンチに座る。

「アイス半分あげる」

「…ありがとう」

二つに割れるアイスをぱきっと折り、片方を差し出され、ちゅうちゅうと吸いながら嫌な話しじゃありませんようにと神頼みをした。

「涼や楓君に黙ってくれたんだね」

ぽつりと神谷先輩が言い、スカイブルーの瞳が真っ黒な空を映した。
彼の横顔には安堵の表情が濃く、柔らかく笑う顔はとても綺麗だった。

「…言わん。俺が首突っ込んでええことやないし」

「この前はそれでいいのかって啖呵切ったくせに」

「それはー…反省してます」

正直に小さく頭を下げるとくすりと笑われた。

「…正直、秀吉君が怒ってくれてちょっと嬉しかったよ」

「嬉しい?」

「どうしても自分中心に考えちゃうからね。どうして僕じゃなかったんだろうって思うこともあったし。楓君と僕は何が違うんだろうとか、告白してれば何か違ったかなとか。馬鹿馬鹿しいけど」

「…そんなことないよ」

「まあ、しょうがないってわかってるけどどこかで楓君を妬ましく思ってたのも事実で、そんな自分が嫌でしょうがなかったから大人ぶったりして。幻滅した?」

「しない」

「本当かなあ?」

揶揄するような笑顔を真正面から見詰めた。
幻滅なんてしない。彼の気持ちはよくわかる。
どうして香坂先輩なのだろう。彼が与えないすべて自分なら与えられるのに。
だけど香坂先輩から与えられるから意味があるのであって、他の誰かが同じようにしても無価値ということもわかっている。
割り切れない部分はそんなの知るかと駄々を捏ね、醜い感情を抑え込むのに苦労する。

「…君には甘えてばかりだ。ごめんね」

「甘えられた覚えないけど?」

「そうかな。だいぶ甘えてると思うけど。こんな風に愚痴零したりさ」

「もっと甘えて」

プラチナブロンドの髪の束を一つ掬い口元に寄せた。
彼は金糸に縁取られた瞳を僅かに大きくし、ありがとうと微笑む。
小さい虫の音と僅かばかりのぼんやりとした外灯の光り、金色の存在は月のように闇を照らし、それはそれは美しく映った。
白磁のような頬に片手を添え、薄いピンクベージュに引き寄せられるように顔を近付けた。
触れるだけのキスをして、顔を離すと神谷先輩は虚を突かれた顔を正し、瞳を眇めて立ち上がった。
自分が何をしたのか理解し、背後から腕を掴みごめんと必死に謝った。

「どうかしてた…!」

「……どうかしてた?随分安い理性だね」

「ほんまに悪かった…」

神谷先輩は思い切り腕を振り払い、こちらに対峙し見下すように顎をつんとする。

「君のそういうところどうかと思う」

「…すまん」

「キスしたことじゃない。どうかしてた、なんて逃げ方が最低だって言ってるんだよ。好きだから我慢できませんでしたくらい言えば許そうと思ったのに、そんな逃げ方失礼だと思わないか」

作った拳に力を込めた。
全面的に自分が悪い。神谷先輩は一ミリも悪くない。
わかっているが、こちらの気持ちを知ってそんな風に詰るのもどうかと思うと理不尽な怒りが湧き上がる。
好きだから我慢できないなんて、香坂先輩が好きなのだと今しがた口にした男に言えるわけがない。
一方通行を押し付け、惨めで虚しくなる。
好きだと口にすればするほど困ったように笑わせるとわかっているのに。

「……そんなん、ずるいやん」

「ずるい?」

「好きやって何回言ったって届かんのに言わせるなんてずるい」

「言わせてるつもりはない。ただ逃げないで真正面からぶつかってきたらどうかって言ってるだけだろ!」

「そんなこと自分もできひんくせに!」

売り言葉に買い言葉。
口にした瞬間神谷先輩に胸倉を掴まれきつく睥睨された。
数秒見詰め合い、彼は溜め息と共に腕を放し髪の毛をくしゃりとした。

「……君の言う通りだ」

神谷先輩は背を向け、なかったことにしようと呟き大股で公園を抜けて行った。
追い駆けようと思うのに脚が動かず、ベンチにすとんと座り直す。
腰を折って頭を抱えた。
やってしまった。
後悔の嵐に呑まれ数分前の自分を引っ叩きたくなる。
同意のない接触はどんな理由があろうとも許されない。
どちらの心も満たされないし、好きだから、なんて陳腐な理由で片付けていいものではない。本気の相手なら尚更誠意を見せるべきだ。

「あー……」

小さな呟きは誰の耳にも届かず、ひっそりと形を潜める闇の中に溶ける。
これで終わりなのだろうか。
少しずつ距離を縮め、いつか振り向かせようと思っていたのに。
神谷先輩の瞳が香坂先輩への想いで揺れる様を見ただけでこの様だ。情けない。
こんな調子では彼に恋人ができたら嫉妬でおかしくなるかもしれない。
容姿も、他人にも自分にも厳しい内面も、大人っぽく見せて子供染みたところも、全部愛おしかったのに。
優しく包みたいのにすべてを壊してしまいたくなる。
こういうのなんて言うんだっけ。ああ、キュートアグレッションだ。
どうでもいいことを考え、現実から目を逸らした。
やってしまったことは仕方がない。時間を戻せるわけもなし。
諦観し、そういう風に考えるのは得意なほうだったのに、ちりちりと胸の隅が燻るのが酷く鬱陶しかった。

[ 4/13 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -