Epidode3:運命になれない




やっちまった。
ベッドに転がり天井を仰ぎながら何十、何百と心の中で呟いた。
人生最大のやらかし。最大の大悪手。最低の大過。
ガラス製のハートを模した恋心がぱりんと音をたて粉々に散った。
体勢を変え、枕に向かってあー、だのうー、だの喚いた。
あんな風に責めるつもりはなかったのに。
ただ自分は以前とまったく同じに戻れないと態度でやんわり表したかった。
鬱陶しかった後輩はあなたのことを忘れようとしています。だから気にしないでください。
そうして過ごすうち、先輩もこちらの意図を汲み当たり障りない関係におさまってくれると思ったから。
なのに彼ときたら引けば引くほど押してくるものだから、理不尽な八つ当たりとわかっても苛立った。
どんな気持ちで忘れようとしてるかわかってます?
毎日血を吐く想いなんですが?
年下の情けない男を振り回してそんなに楽しいですか?
苛立ちは言葉の端々や態度に現れ始め、それが先輩を困惑させているのは明白だった。
なら彼からの誘いをすべて断ればいいのに、奥底に沈殿する僅かな希望がそうさせてくれない。
負の感情ばかりに振り回され内側がぐちゃぐちゃで、解決の糸口が見えぬままもがき続ければ今度は木内先輩のご登場だ。
同室の範囲を超えるような仲の良さに疑心ばかりが育っていく。
文句を言える立場じゃないし、つまらない嫉妬なんて余計鬱陶しい。
わかっていてもそう簡単に思考は切り離せない。
粘着質な重油のような、真っ黒で汚い感情は渾然一体の嫉妬として心にへばりついた。
そうして吐き出し口を見失った不満をすべて先輩本人にぶちまけたとさ。ちゃんちゃん。
紙芝居の終わりのように両端から緞帳が閉まる様子を想像した。

「最悪」

最低最悪な男。好きな人を傷つけた挙句言い訳も謝罪もしないまま逃げた。
言葉のすべてが嘘だとは言わない。
きっと彼は求める愛情より求められる愛情を欲している。
だからといってそれが悪いわけじゃない。なのにきつい言葉で責め立てた。
思い通りにならずに当たり散らして許されるのは小学生までだ。
大方の分別を学び終えた高校生がこんな風では目も当てられない。
謝らなきゃと思うのに立ち上がる気力もない。
折角仲直りできたというのに、自分ときたら。
このままでは前回の二の舞だぞ。それでいいのか。
そう思う自分と、これできっぱり関係が切れるなら双方のためと思う自分がいる。
だとしても、彼の心に傷やトラウマを植え付ける結果は不本意だ。
悪いことをしたら謝る。幼い頃は難なくできたのに、物事を無意味に複雑化させる癖がついた今では謝罪一つ損得勘定で測ってしまう。

「秀吉」

ぽんと背中を叩かれ慌てて顔を上げた。

「何回もノックしたんだぞ。具合悪いの?」

ゆうきが無表情のまま顔を覗き込む。
なんでもないとへらっと笑うと変な顔、と吐き捨てられた。
ゆうきはいつも容赦ない。

「景吾が部屋でゲームしようって」

「……あー、俺はいいわ」

「あっそう。じゃあな」

あっさり引き下がるなんて、さすが冷徹王子。今は一人でいたかったのでありがたいけれど。
ドアレバーに手をかける後ろ姿を眺め、はっとして声を掛けた。

「ゆうき!ちょい待って。ちょっと聞きたいことある」

ゆうきは大人しくこちらに戻り、ベッド端に腰を下ろした。
自分もベッドの上に胡坐をかき、言葉のきっかけを探した。

「話したくなかったらええんやけど、その、木内、先輩って……」

「……なんだよ。はっきり言えよ」

「だから、ほら、なんていうか、ゆうきにちょっかいだしとったやん。それってどうなったんやろなあって……」

他人様のプライベートに土足で踏み込まぬよう配慮しようとするとふわふわした言葉ばかり並んでしまう。
ゆうきは特に気難しい人間で、自分のことを一切話そうとしない。こんな聞かれ方も不快だろう。それでも知りたかった。
木内先輩が中途半端な気持ちであっちにも、こっちにも手を伸ばしているならばちんと断ち切りたい。
ゆうきは言葉の意図を察し、溜め息を吐いた。

「秀吉に関係ある?」

「ある」

「なんで」

「それはほら……」

適当に誤魔化そうとしたけどやめた。
ゆうきに対して失礼だと思ったし、彼は嘘を見抜くのが上手いから。
所々端折りながら木内先輩と神谷先輩の関係を邪推し、彼を傷つけたことを説明した。

「……秀吉って器用貧乏だよな。色んな奴の面倒みるくせに自分のことは下手くそ」

仰る通りすぎてぐうの音も出ない。
お節介で周りをまとめるのは上手いくせに自分がおざなりで大成をしない。

「好きな人にだけ器用さ発揮すればこんなことにはならないのにな」

「はい。その通りです」

叱られた犬のようにしょんぼり肩を落とす。
それができれば苦労しないという反論は呑み込んだ。

「……木内先輩と神谷先輩はただの友だちだよ」

「でもめっちゃ距離近いし……」

「俺と景吾もそんなもんだろ。お前が色眼鏡でみてるからそういう結論に達するだけ」

「ほな木内先輩はお前一筋ってことでええんやな?」

「さあ。それは知らないけど」

「友だちを安心させる嘘も必要やで。神谷先輩とは別に、ゆうきが弄ばれたら嫌やなって心配なんや」

「じゃあ木内先輩に聞けば?」

「嫌や。今あの人の顔見たら当たり散らす自信ある」

「怖い物知らずで面白いけどな」

他人事だと思って。恨み事を言いたくなってやめた。
脱力するように息を吐き出し、再びベッドに転がった。
せめてもの温情なのか、ゆうきがぽんぽんと腰辺りを優しく叩いてくれる。

「俺、もう少しましな人間やったんや。色んなこともっと上手にできたし、周りの人間とも摩擦作らず生きてきた。こんなぐちゃぐちゃなの久しぶりすぎてどうしたらええか……」

「俺は今の秀吉のほうが人間味あっていいと思うけど。嘘臭い笑顔とか気色悪いし」

「お前ほんま言葉に遠慮ないわ」

「神谷先輩が絡むと素が出るってだけだろ。悪いことだとは思わないけど」

「……素かあ……」

長い時間をかけて一枚、一枚貼り続けたいい人間の皮を神谷先輩は乱暴にはぎ取っていく。
それがすべて剥がされたらなんの価値もない男の出来上がりなので、なるべく修復した状態で先輩と対峙したい。
なのに彼といると応急処置は破壊され、また一枚皮を剥がされ血だらけで泣き叫ぶしかできない。
ちっぽけで、惨めで、情けなくて、こんな自分は無価値だと思い知らされる。
こんな状態で好きになってなんて言えない。

「とりあえず謝って思い切り怒鳴られてこいよ。そうしねえと前にも後ろにも進めないと思うけど」

「……はい」

「あんまり小難しく考えないで思ってること言ったほうがいいんじゃねえの?秀吉は相手の気持ちに先回りして気遣いすぎ」

「癖や」

「じゃあ最後に男みせて潔くふられてこい」

「きっつ……」

ゆうきはふっと笑うと立ち上がった。
じゃあなと去っていく後ろ姿を見ながら無慈悲な、と思う。
下手な慰めや耳障りのいい言葉を並べないところがゆうきらしいのだけど。
明日ちゃんと謝ろう。
このまま勢いで謝罪に行っても同じことを繰り返しそうで怖い。
一度冷静になり、しっかり謝罪文を練ってからでないと彼の目を見ることすらできない。
簡潔にごめんなさいの六文字だけで済めばいいけど、成長するにつれそれだけでは済まなくなる。ごめんね、いいよ、で事足りた幼い頃に戻りたい。


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