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トレイを持ちながら混雑する学食を呆然と眺めた。
空いてる席を探す最中、端っこで秀吉くんと柳くんが向かい合って座っているのを見つけた。
肘をつきながら満面の笑みを見せる秀吉くんと、気だるげに適当に相槌を打つ柳くん。最近彼を見かけるときは、いつも隣に柳くんがいる。
柳くんはとても綺麗だ。性別を超えた美しさってこういうことを言うのだろうなあと見るたび感心する。
秀吉くんは以前、綺麗なものが好きだと言っていた。だから柳くんのこともとても気に入っているのだろう。
彼にとっては自分の代わりになる人間はいくらでもいる。
なんだかおもしろくない。おもしろくないと思う自分に嫌気がさす。

「かーみや先輩」

肩を叩かれはっと顔を上げた。

「席探してます?俺らと一緒でよければどうぞ」

楓くんに手招きされぎこちない笑みを浮かべた。少し先のテーブルでは涼が頬杖をついて待っている。

「お邪魔じゃないかな」

「全然。飯は大人数で食べたほうが美味いんすよー」

楓くんらしい持論にくすりと笑う。
涼はこちらを視認した瞬間やっと来たと呟いた。
楓くんは自然と涼の隣に座り、自分は楓くんと対面する席に座った。

「神谷先輩ナンパした」

「翔が男でよかったな。女だったらナンパが成功する確率はゼロだ」

「ゼロは言い過ぎだろ。ね、神谷先輩」

「そうだねえ。涼と楓くんなら楓くんについて行くかな」

「ほらみろー!」

「待て。男として楓に負けるのすげえ悔しい」

相変わらずむかつくと口を尖らせた楓くんが涼のから揚げをひょいと奪い、涼はお返しに楓くんのカツを一切れ奪った。
なにすんだ、お前が先にとったんだろ。幼い子どものような喧嘩をする二人をぽかんと眺め、声を出して笑った。
こんな涼は滅多にお目にかかれない。
楓くんには本当に敵わない。
彼は何重にもきつく縛った涼の心を丸裸にして、むき出しのそれを大きな心で守っている。笑いながらバカ騒ぎしても涼に常につきまとっていた陰が綺麗さっぱりなくなった。
失恋を目の当たりにしたらさぞ苦しいのだと思った。なのに悔しいより安堵のほうが大きくて、そんな自分に何度もぎょっとする。
きっと自分じゃ涼をこんな風に変えられなかった。
楓くんの前だから涼も気負わずいられるのだ。
涼にとって楓くんは安心できる揺り籠。絶対大丈夫という安心感と信頼で身体も心も放りだせる。
そういう人が見つかってよかったと心から思うし、涼の相手が楓くんでよかったとも思う。
穏やかな眼差しで見守ったが二人のくだらない喧嘩は終わりが見えず、自分の皿からミートボールをそれぞれの皿に乗せた。

「あげるからくだらない喧嘩やめて」

「神谷先輩優しい。ママじゃん」

機嫌が直った楓くんは大きな口を開けてもっしゃもっしゃとご飯をかき込んだ。それを見つめる涼の瞳の優しいこと。
女性にだらしない涼がどんな恋をするのか興味があったが、愛情の出し惜しみはせず、目で、言葉で、態度で楓くんが好きと語っている。だだ漏れだなあと呆れるが、本人たちは気付いていない。
こんなにわかりやすいのに、渦中に落とされた瞬間、恋はままならないものに変わる。覚えがあるので偉そうなことはいえない。
昼食後、涼が僕と楓くんにパックのジュースを放り投げ、拓海の元へ行ってしまった。
学食前、往来の激しい廊下で壁に背を預けて楓くんと並んだ。
三人でいるのは慣れたけど、二人きりにされると少し困ってしまう。誰にでも懐っこく、人見知りのしない子とわかっているけど。
会話の糸口を探すため、記憶を巻き戻す。
涼と楓くんが並んで歩いているところを見ては心臓が絞られていたこと、涼がくしゃっと破顔するのは楓くんの前だけなこと、恋人であり、親友でもある二人の関係をとても羨ましく思ったこと。
ふっと笑ってしまい、口元に手を添えた。

「なんです?」

「いや、君と涼がうまくいってるみたいでよかったなあと思って」

「げ、先輩どこまで知ってます?」

「そりゃあ、僕は涼とずっとお友達してたから見てればわかるよ」

「うーん、俺はともかく香坂は誰かに悟らせるようなヘマはしないと思ってました」

「僕は特別」

だって君が涼を見つけるずっと前から涼を見てきた。些細な変化もお見通しだ。
物理的にどんなに近付いても心は一定の距離を保たれる苦しさに何度もがいたことか。なんて、楓くんには言えないけれど。

「君なら涼とうまくやっていけるよ。泣かされたら僕が怒ってあげる」

言うと、楓くんはぷはっと噴き出した。

「それは心強いかも。香坂、神谷先輩に弱いからなあ」

「僕に、弱い?」

「そうですよ。気付いてないんですか?」

「だってそんなことないし……」

「本人は気付かないものなんですかね」

こっちのセリフという言葉を呑み込む。
涼が僕に弱いだなんて、今まで一度も感じたことはない。
涼は自分の領域に決して入れてくれなかったし、弱い部分も情けない部分も絶対見せてくれなかった。
ただの学友で、明日いなくなっても構わない程度。
涼に小さな爪痕も残せず終わった恋だと思ってた。
なのに。

「あー、なんか気分がいいな。あの涼が僕に弱いとは」

「だから俺がいじめられたら神谷先輩盾になってください」

「もちろん」

くしゃりと楓くんの髪を撫でると、丁度秀吉くんと柳くんが前を通り過ぎようとした。
秀吉くんはこちらに気付き、ひらっと手を振り階段を登った。
さっきまでのいい気分が一瞬でどん底だ。

「……最近、秀吉くんは柳くんと仲良いみたいだね」

「柳はクラスが違うから、昼とか放課後じゃないと話せないですしね」

「そっか」

「秀吉って文句言うくせにお節介の世話焼きじゃないですか。そういう人間と、柳みたいな我儘女王様は人間的な相性がいいんだと思います」

「我儘女王様……」

「柳があんな風になった責任の半分は木内先輩にあるんじゃないかと思うんすよ。デロデロに甘やかすから」

「そうかもね」

笑顔を貼り付けながら、それじゃあ僕も傲慢で、横暴で、我儘に振る舞えばいいのだろうかと思う。
そうしたらまた以前のように頻繁に声を掛けてくれるのだろうか。
キスのことは忘れようと言った。そうすれば変わらぬ日々が続くと思ったから。
無駄に喧嘩はしたくなかったし、ぎくしゃくして関係性が変わるのが怖かった。
なのに彼は忘れてくれず、一定の距離以上こちらに踏み込まなくなってしまった。
好きだと言ったくせに。知ってから振ってほしいと言ったくせに。
やはりこの外見が物珍しくて興味と恋を勘違いしただけなんだ。
秀吉くんもその他大勢と同じで僕をガイコクジンと疎外したり、逆に興味深く観察したり、そうやって中身を見ないで距離を置くんだ。
それとも中身を知って失望されたのだろうか。
それなら納得。かわいげなく、ひん曲がって、意地悪してくすりと嗤うような人間、誰だって嫌に決まってる。
隣の楓くんを横目で見た。

「僕も楓くんみたいな性格になりたい」

「は、マジで言ってます?」

「大マジです。思ってることが素直に顔に出るのかわいいし、前向きで一生懸命で笑顔が素敵だし」

「やめてください。照れるじゃないすかー」

「そうそう、そういう反応すごくかわいい」

楓くんの腕を掴み、もっと見せてと至近距離で観察するようにした。

「近い!」

涼の手が衝立のように間に入る。邪魔されてしまった。残念。

「翔は他人のモノを欲しがる趣味でもあったか?」

「そんな趣味はないけど、楓くんはちょっとほしいかも」

「おーまーえー」

「はは、涼の人相すごいことになってる。おもしろーい」

「翔!」

手を伸ばされたのでひらりと後ろに下がった。その瞬間、ぽすんと誰かにぶつかってしまい、両肩を押さえるように支えられた。

「お、とと……」

振り返りながらすみませんと言うと、支えてくれたのは秀吉くんだった。
さっき柳くんと去ったはずだが、どうしてここにいるのだろう。疑問は一旦置いておこう。
苦笑しながらごめんと言い、不自然にならぬよう彼から距離をとった。

「秀吉いいところに来た。翔どっか連れて行け」

「どっかって、どこですか」

「どこでもいい。楓が捕食される」

「いやー、神谷先輩くらい綺麗なら食べられてもいいかなとか思っちゃうなー」

「ほら、楓が洗脳され始めた。早くどっか行け」

しっしと手で追い払われ口をへの字に変えた。

「余裕のない男って見苦しい」

ぽつりと言うと涼の眉間に皺が寄った。これ以上いじると本当に怒りそうなので、そうなる前に踵を返す。

「行こう、秀吉くん」

「え、あ、はい……」

これでは言い逃げだがあれくらいのお灸なら据えても許される。
こちとら散々涼に振り回されてきたのだし。
勝手に好きになって勝手に振り回されただけで涼は悪くないのだけど。
それよりも、勢いに任せて秀吉くんを連れてきてしまった。
彼はいつも隣に並んで少し高い目線から穏やかにこちらを見下ろしていた。今は半歩後ろからこちらを窺うようにしている。
態度の違いに溜め息を吐きたくなる。
彼は僕のことをどう思ってるのだろう。どうなりたいのだろう。お友達もやめたいのだろうか。
詰問するのは簡単だが、傷つけるだけだし年上としてなにも知らない顔をしたほうがいいのだと思う。
そうしていつか話す回数も減っていって、縁が完全に切れるのだ。
中途半端に投げ出すなら最初から構ってほしくなかったな。自分勝手に思う。
小さく溜め息を吐き、後ろを振り返った。

「ごめん、連れて来ちゃって」

「いや、大丈夫」

「……そう」

いつも秀吉くんから積極的に会話を繋げてくれたので、彼が口を開かないとどうしていいのかわからない。
当然のように受け入れてきたが、秀吉くんは話術も得意だったらしい。
なにか話さないと。焦るほど次の言葉が喉につかえる。
自分の腕をもう片方の手でぎゅっと握った。

「あー、俺教室戻るわ」

「あ、うん……」

「ほな、また」

愛想の良い作り物の顔を貼り付け、彼は躊躇せず背中を向けた。
なんだよ、その態度。
いつも時間ぎりぎりまで話そうと言ったじゃないか。
朝も、昼も、放課後も、神谷先輩と心地いい声色で笑顔を見せてくれたじゃないか。
秀吉くんがなにを考えているのかまったくわからない。
興味をなくしたにせよ、こんなあからさまに態度に出す人ではないと思ってた。もっと器用に距離を置くものだと。
そんな気を回すのも煩わしくなったのだろうか。
自分の頬を左右に引っ張った。醜い顔になってる気がする。もっと楓くんみたいに笑いたい。
だから僕は誰にも選ばれずにすぐ手を放されるのだ。



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