4



ゆうきから木内先輩とうまくいったと聞いた。
見たことがないくらい、幸福そうな顔をしていた。
よかった。
単純にそう思った。
木内先輩のこと、本当はいつ殴りに行こうかと思っていた。
でも、二人の問題だから、部外者が口出しはできなくて。
木内先輩が憎いわけじゃない。ただ、真剣にゆうきと向き合ってほしかった。徒に傷つけてほしくなかった。それだけだ。
木内先輩のことはなにも知らないが、ゆうきが彼を選んだのならばそれでいい。
着々と、色んな感情を抱き、様々な表情を見せてくれたのは、木内先輩のおかげだ。
どうか、その幸せが続きますように、と部外者は祈るだけにしよう。


夕飯を食べに行き、部屋へ戻るとゆうきは思い出したように言った。

「今度梶本に会ったら俺が礼言ってたって伝えといてくれよ」

「…お礼?」

「ああ」

「ゆうきが梶本先輩にお礼とか、よっぽどいいことしたんだね、先輩」

「…まあ」

「うんうん。わかった。これで少しは仲良くなってくれるといいんだけどなあ」

「それはない」

きっぱりと言い切られ、がっくりと肩を下ろす。
やはりゆうきはゆうきだ。

伝言の機会はすぐに訪れた。
次の日の帰り道、秀吉と二人で寮へ帰っていると、前方に先輩がいた。
隣には生徒会長だ。
声をかけていいものか戸惑ったが、伝言もあるので思い切って近付いた。

「先輩」

とん、と背中を小さく叩くと、すぐに振り返り、自分を認識すると微笑んでくれた。

「景吾君。どうしたの?」

梶本先輩は今日も優しい。
隣にいる会長もにっこり笑ってくれた。やはり優しそうな人だと思う。梶本先輩は騙されるなと言うけれど。

「ゆうきから伝言があるんですけど」

「ゆうき君?」

「はい」

「じゃあゆっくり聞こうかな。一、悪いけど先帰って」

「ああ」

「ほな、俺も先に帰るな、景吾」

「うん。ごめんね」

「ええよ」

結局二人で帰ることになった。
嬉しいけれど、秀吉と会長に余計な気を遣わせたかもしれない。

「それで、ゆうき君の伝言って?」

「あの、ゆうきがありがとうございますって言ってました」

本当は礼言え、と言われただけだが、勝手に脚色した。
ゆうきは素直じゃないから、ありがとうと言えないだけで、本当はそう思ってるに違いない。

「……ありがとう、ね…」

ぽつりと聞こえた言葉に、彼の方を見た。
いつものように笑っているが、どこか寂しそうな笑顔だった。

「先輩、あの…」

「景吾君、今日の予定は?遊びに来る?」

すぐにいつもの表情に戻り、さっきのは見間違いだろうと思った。
影の具合でそんな風に見えただけだ。
それに、頭の中は誘われた嬉しさでそれどころじゃなかった。

「行きます」

「よかった。じゃあ部屋で待ってるよ。部屋、覚えてるよね?」

「覚えてます」

寮の敷地内に入ると、頭をそっと撫でられ、待ってると最後に笑ってくれた。
待ってる。
その言葉を何度も反芻した。
何の意味もない言葉だが、自分にはとても尊いものに思える。

部屋に戻ってもゆうきは不在だった。
きっと木内先輩と過ごしているのだ。恋人になれたのだから、幸福な時間を過ごしてほしい。
制服から私服に着替え、携帯をズボンのポケットに入れて先輩の部屋へ向かった。
早く会いたくて、急いで準備したから早すぎたかもしれない。

「はいはい、いらっしゃい。早かったね」

「すいません。早すぎましたよね」

「ううん、いいんだよ」

一度見た先輩の室内の風景。アースカラーの落ち着いた部屋。
部屋の中は先輩の香水の香りがして、とても落ち着く。
この匂いが大好きだ。

「何飲む?コーラもあるよ」

「じゃあコーラ頂きます」

前座った場所と同じところへ腰を下ろした。

「景吾君がいつ来てもいいように、いっぱい買っておいたんだよ」

なんて、嬉しい言葉を言ってくれた。
いつでも来てねと言われたが、社交辞令がわからないわけではないし、自分から訪ねる勇気もなかった。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「…ゆうき君、幸せそうだった?」

梶本先輩がゆうきに何をしてくれたのかはわからないが、きっと木内先輩とのことを言っているのだろう。
間に入ってくれたのかもしれない。
考えてみれば、第三者が入らなければ、あの二人のことだから上手く纏まりそうにない。

「はい。すっごく幸せそうでした」

「そっか。じゃあちゃんと上手くいったんだね」

「みたいです。先輩、何してあげたんですか?」

「うーん。あの二人がうじうじしてたから、ちょっと助けてあげただけだよ」

ちょっと、と言うが、あの二人を素直にさせるのは骨が折れたのではないだろうか。

「そうだったんですか。先輩、ありがとうございました。俺は何もできなかったけど、ゆうきが幸せだと俺も幸せだから…」

自分が礼を言うのはなんだか違う気がするが、梶本先輩がいなければ永遠に木内先輩とすれ違っていたかもしれない。
そう思えば、梶本先輩が天子様のようにも思える。

「…景吾君は本当に友達想いで純粋でいい子なんだね。たまに…。壊したくなるよ…」

「え…?」

気付いたときには梶本先輩の顔が目の前にあった。
至近距離で視線が交わり、そしてどんどん近付いてくる。
唇に柔らかな感触があり、キスをしているのだと頭の片隅で思った。
何故、どうして、急に。
さっと波が引くように白んでいく頭の中で必死に考える。
やっと離れた唇に譫言のように問いかけた。

「…先輩?」

「景吾君、俺のこと、好きでしょ?」

「…え…」

「違う?」

「あ、あのっ…!」

「俺のこと好きって言ってくれると嬉しいな」

「え、あの…。俺、何がなんだかよく…」

「景吾君の気持ちを教えてほしいだけだよ」

「…俺の、気持ち…?」

自分の気持ちなんて自分が一番よくわからない。
先輩は好きだ。それが憧れなのか、恋慕なのか、どれに分類すればいいのかはわからないけれど。

「俺のこと、好き…?」

まるで催眠術にでもかけるかのように、耳元で何度も囁かれた。
短い髪を梳いてくれ、混乱する頭が段々と思考を停止していく。

「…好き、です」

「じゃあ俺に全部、くれる?」

「全部…?」

「そう。心も、身体も全部だよ」

全部、と言われても、自分が持っているのは些細な、ほんの僅かなものだ。
それを欲しいと彼に望まれれば、そんなもので良ければと思ってしまう。

「はい…」

「じゃあこっち、来て」

腕を引かれ、隣接する寝室へと招かれた。
キスをして、寝室に来て、何をするかわかりません、なんて言うほど馬鹿じゃない。
しかし、どうしてこんな流れになったのだろう。
流されるままでいいのだろうか。
優しくベットに押し倒され、抵抗を覚えた。
キスをしようとする先輩に待ったをかける。

「先輩!」

「…怖い?」

「…怖いってゆーか…。なんで、こんなこと…」

「景吾君の全部が欲しいから。素直で無垢で、真っ白な景吾君がほしいから」

「ほしい…?あの、先輩は俺のこと、好きなんですか…?」

「…好きだよ」

耳元で囁かれた瞬間、嬉しくて心臓が止まるかと思った。
これは夢だろうか。
これからは、俺たちも恋人同士になるのだろうか。
そこに疑問や違和感がないわけではない。
けれど彼がそれを望むのなら、自分は言う通りにできると思う。
好きなら身体がほしいと思うのは自然なことで、今俺たちがしようとしている行為も自然なのだろうか。
男同士なのだから、どうしても不自然ではあるが、流されてもいいのだろうか。
わからない。どうしよう。
考えているうちに先輩の顔が近付いてくる。
いけないと思うのに身体が動かない。
拒否ができない。
頭からつま先まで痺れたようになにもできない。

「景吾、本当に景吾は可愛いね。憎らしいほど…」

先輩の唇が触れる度に身体が熱くなった。
もうどうでもいいか、と投げやりになる。難しいことは考えてもどうせわからない。
初めてのキスはとても心地よく、想像以上に陶酔するものだった。
余韻にひたってると、ぬるりとしたものが唇を割り、驚いて腰が引けた。

「口、開けて…」

言われるままに薄っすら口を開けると、彼の舌が大胆に動き始める。
それに応えることはできなくて、されるがままになったけれど、とにかく気持ちが良くて頭が回らない。

「キスするの、初めて?」

答える代わりに首を縦に軽く振った。

「そっか。嬉しいな」

初めてだからわからないが、先輩はとても慣れているように思えた。
二つしか歳が違わないのに、自分が酷く子供に思えて少し恥ずかしかった。

「さすがに一人でしたことはあるよね?」

あまりに恥ずかしい問いに顔を逸らした。

「大丈夫。緊張しないで、身体の力抜かないと気持ちよさが半分になっちゃうからね」

先輩はこんなときも優しい。

「…あの、先輩」

「なに?」

「…俺が下、ですか」

「え…?」

「あの、俺男だし、下に敷かれている状況がすごく違和感というか、落ち着かないというか…」

童貞なのだから大人しく言う通りにしていればいいのかもしれない。
けれど、自分が女性のポジションなんてひっかかる。
男ならば好きな人を抱きたいと思う。抱かれるのではなく。

「うーん。そうきたか。景吾は予想外のことを言うからとても楽しいよ」

「…ありがとう、ございます…」

何故礼を言っているのかもよくわからない。
先輩はうんうんと頷き、にっこりと笑った。次にはシーツに縫い止めていた俺の腕を頭上でぎっちりと一纏めにした。

「あ、あの…!」

身体を捩ってみたが、耳朶を軽く噛まれて喉を詰まらせた。
舌でなぞるように何度も輪郭を確認され、弱い電流のような刺激が全身を巡る。

「景吾は俺を抱く方がいい?」

問いに、二度頷いた。

「耳だけで泣きそうになってるのに?」

「それは…」

「俺も、景吾を抱きたいな。うんと気持ち良くしてあげれるよ。だから、ね…?」

声を聞いていると、催眠術にかかったように、とろんとなってしまう。
彼の方が正しいように感じるし、素直に聞いていればすべてが丸く収まる気がする。
納得できない部分もあるが、確かに経験豊富な先輩を自分がどうこうできるとは思えない。
悔しいけれど、小さく頷いた。

「うん、それでいいよ」

もういいかと思った。
俺がほしいならば全部あげよう。好きにすればいい。
だって、俺は先輩のモノだし、先輩は俺のモノになってくれる。そういうことなのだろうから。

[ 4/36 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -