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コントローラーを持って前屈みになると、いつの間にか先輩が戻っており、タオルで髪を拭きながら上手だねと言った。

「普通だと思いますけど」

「じゃあ俺は本当にゲームの才能ない人なんだ」

肩を落としたので、ゲームくらいできずとも人生に大きな損失はないと言ってやった。
他にも趣味はたくさんあるのだし、無理に頑張る必要はない。

「でももう少し上手になったら二人で遊べるじゃん」

「ですねえ」

「じゃあ頑張って特訓するよ」

「いやあ、勉強しましょうよ」

「えー…」

「他にも一緒にできることありますよ」

「例えば?」

「うーん…映画見たり、スポーツ観戦したり、ぶらぶら出掛けたり」

同じ時間を過ごすならそれで十分だけど、自分を楽しませようと頑張ってしまうのだろう。何もしなくとも、特別なことがなくとも、些細な幸せでお腹一杯だ。

「景吾はアウトドア派だから家の中にいてもつまらないかと思って」

「そんなことないですよ。外で遊ぶのも大好きだし、家で遊ぶのも好きです」

「そう?」

「はい。それに、外だと友だちのふりしなきゃいけないし、家の方がリラックスできるかも…」

「…そうだね」

みんな他人には無関心だろうが、堂々とできるほど理解が進んでいるわけではないと思う。
過剰に反応してよそよそしい態度をとってしまうくらいなら誰の目も気にしないでいたい。
自分はまだいいけれど、梶本先輩はどこで大学の友人や知人に会うかわからない。変な噂が立ったら大変だ。東城のように閉ざされた世界ではないのだから。
後ろからさらりと髪をすくわれ、そろそろ寝ようかと言われた。
きりのいいところでゲームをやめ、寝室の扉を開ける。先輩がぱぱっとベッドを整えたので壁際に身体を滑り込ませた。

「セミダブルだと男二人でもそんなに窮屈じゃないですよね」

「だね。セミダブル買っといてよかったよ」

「誰かを連れ込むためにセミダブルにしたんですか?」

「誤解です!」

慌てて反論するのがおもしろくてけたけた笑った。
エアコンのタイマーを設定し、電気を消す。常夜灯の淡い明かりを頼りに先輩の横顔を盗み見た。
自分たちは恋人関係に落ち着いてから一度も寝ていない。
今日こそはするのだろうかと思うたび裏切られるので、あまり考えないようにしている。
でもどうしてと思う気持ちは止められない。
普通は恋人だからこそ身体を重ねるものなのに、自分たちはあべこべすぎる。
梶本先輩の指も、体温もなにもかも知っているからこそもう一度と思うのだけど、彼はそんな風には思わないのだろうか。
自分は多感な年頃だし、欲も溜まる。好きな人が隣にいれば手を伸ばしたくもなる。
先輩は意外と繊細なので、また難しく考えているのだろうか。それとも、恋人に対して求めるものが違い、安らぎとか、穏やかさがあれば十分で、身体まではいらないパターンかもしれない。
彼の頭の中は彼しかわからないので直接聞くべきだが、性的な内容は話し合うべきじゃないのかもと思う。
突き詰めれば抱いてほしいと自分から懇願するようなもので、それは男としてどうだろうとか、拒否されたらへこむなあとか、脳内会議を繰り広げるとなにも言えなくなる。

「どうしたの?」

じっと見すぎたのだろう。視線に気付いた先輩がこちらに首を捻った。

「いえ!なんでもないです」

「眠れないなら話しでもする?」

「話し、ですか…?」

「うん。夏休みどこ行きたい?泊まりで海とか行こうよ」

「海かー。いいですねー」

「海で泳いで、温泉入って、あとはー…」

「その前にバイトですか?」

「そうなんだよね。さすがに親に頼りきりってのもあれだし、お小遣いくらいは稼がないと」

「忙しくなりますね」

「…そうだね。でも、俺は少し忙しいくらいの方がいいよ。じゃないと自分の中が景吾ばっかりになる」

そうなればいいのに。口には絶対に出さないけれど。
先輩は同じ失敗をしないよう、自分でも対策を練っているのだ。夢中になりすぎないように、自分に遣う時間を増やして頭の中を他のものでぎゅうぎゅうに詰め込んで、そうすれば恋人に傾きすぎることもない。
それは理解できるし、過去を反省し、前に進もうとする彼を応援しなければと思う。
でも心のどこかで自分なら元カノみたいに重いとか、怖いとか言わないのにと拗ねたような気持ちになる。
こんなの我儘だ。一つが手に入ると次、次と求めてしまうのは先輩だけじゃない。
こんなに堪え性のない傲慢な性格だったっけ。もう自分がわからなくなる。
友人に対する自分と恋人に対する自分はまったく違って、どれが本当の自分なのか混乱する。
もしかしたら自分も相当重い人間なのではないか。彼に嫌な想いをさせそうで怖くなる。
先輩のTシャツをぎゅっと握った。失敗したくないのは自分も同じ。彼に冷酷な瞳で一瞥されてきた日々に戻りたくない。

「寒い?」

「…いえ」

枕に顔を埋めるようにすると、こめかみあたりにキスをされた。こちらは手を出したいのを必死で堪えているのに。
枕から顔を上げ、恨めしい気持ちを込めて彼を見た。

「え、なんで睨むの」

「先輩はひどい人だなあと思って」

「俺なんかした?」

「しました!」

「なに?覚えがない!」

「悪いことはしてません!」

スマートに誘えれたらいいのだが、生憎自分には色気も経験もないのでさっぱりわからない。
先輩が性欲は他で処理していたらどうしよう。だってあの先輩が手を出さないのはおかしくないか。絶倫かよとか、性欲強くて困ると思っていたのに。

「えー、なに。言ってよ。気になるなあ」

「人誑しだなあと思っただけです」

「景吾にしかやらないよ」

「先輩はそのつもりでも、無意識に誑し込んでると思います」

大学に入って女性に誘われたことはないかと聞くと、彼はぐっと喉を詰まらせたので、わざとらしく溜め息を吐いた。

「でもちゃんと断ってるし!」

嘘じゃないよ。浮気なんてしないよ。必死に言葉を重ねるのが面白くて、いじめるのもほどほどにしようと思う。

「偉いです」

頭を撫でると、彼は心底安堵したようにほっと息を吐いた。

「信じてくれてありがとう」

「…信じてるよ」

頬に手を乗せて呟いた。信じてる。彼にも自分にも言い聞かせる。
疑い出したらきりがない。嫉妬や欺瞞は間違った答えに辿り着いて相手を辟易とさせる。なら騙されてもいいから信じた方がいい。そうであらねば努力している先輩にも失礼だし、自分のことも嫌いになってしまう。
先輩はぎゅうっと身体を抱き締め、もう一度耳元でありがとうと囁いた。彼の背中に手を回し、自分も力を込めた。

「…キスしていい?」

「それ聞くことですか?」

「一応…嫌がられたらへこむし」

「答えるの恥ずかしいから普通にしてください」

言い終えると覆い被さるようにされ、深く体重をかけるようなキスをされた。
甘い舌が口内に侵入し、鼻にかかったような声が漏れた。はっとして、意図して声を出さぬよう懸命に耐える。
優しく、丁寧なキスは以前とはまったく違う。
己の快感ばかりを追求するのではなく、こちらを満たそうとしているのが伝わって、嬉しい分戸惑いを誘い、彼のシャツを握るばかりだ。上手に応えられず情けない。
水音が耳に響き、下肢が僅かに熱を持つのがわかった。
このまま、そういう流れになるのだろうと期待すると、彼はぱっと身体を離し、濡れる唇を指できゅっと拭ってくれた。

「おやすみ」

慈悲深い瞳で言われ、ぽかんと口を開ける。

「…え、あの…」

「なに?」

どう言葉にしていいのかわからず視線が泳いだ。

「し、しないんですか?」

焦って口から出た言葉はあまりにも稚拙で、今度は先輩がぽかんと口を開けた。どうやら間違ったらしい。

「…したい?」

「したいっていうか、その…」

誤魔化すようにもじっと動いた下半身に、先輩は察したようにああ、と呟いた。

「景吾が嫌じゃないなら」

「い、嫌じゃないです」

なんでこんなこと言わなければいけないのだと半分泣きそうになる。
前はこちらの意志など無関係に押し倒してきたくせに。
何度も抱き合ったけど、誘うのも誘われるのも慣れず、合意の上の行為というものがよくわからない。
考えると合意なく行為に及んできた先輩は最低の人間だと改めて思う。そしてそんな彼が好きだった自分も相当な変わり者だ。

「嫌だったら言ってね。やめるから」

そんな何度も念を押されると恥ずかしさが突き抜ける。
初めてじゃないし、ましてや華奢な女の子でもない。適当に、乱暴に扱ったって壊れたりしないのに。
先輩は顔を寄せ、もう一度キスをしながらパジャマのズボンに手を差し込んだ。
下着の上から触れられ、歯を噛み締めて堪えようと思うのに、彼の舌が邪魔でそれもできない。
するりと下着の中に手が入り、あ、と声を上げた。

「大丈夫、ひどくしないよ」

耳朶をやんわりと甘噛みされ、そのまま輪郭を舌でなぞられる。彼の息遣いも水音も脳にダイレクトに響き眉間に皺を寄せた。
気持ち悪い声なんて出したくなくて手の甲を噛んだ。

「ああ、だめだよ。傷ついたら大変だ」

やんわりと腕を握られ、でも、と口にした。

「じゃあキスしてあげるから、噛むなら俺の舌にしな」

「そんなの…」

言い終える前に口を塞がれ、下着の中の手も動きを早くした。
酸素が足りず、鼻から抜ける声に気をとられる余裕もない。

「せ、んぱい…」

肩を叩いてもう無理だと訴えると、彼は一度身体を離しパジャマのズボンと下着を脱がせたと思うとそのまま下肢をぱくりと口に含んだ。
ぎょっとして彼の髪に手を差し込む。

「ちょ、っと、だめです!」

ただでさえ限界が近かったのに、手淫よりも直接的な快感は苦しくて我慢できない。

「も、でる…離して、くださいっ」

「このまま」

「いやです、いや…」

拒絶の言葉を出せば出すほど口淫を深くされ、シーツをぎゅっと掴んだ。

「無理、も、むり…」

水位を上げる快感を止められず、足を突っ張って目をきつく閉じた。
限界まで押し込めていた蓋を開けたような解放感に大きく息を吐き出して胸を大きく上下させた。
先輩はこちらを覗き込むようにし、口元を手の甲で拭いながら嚥下した。

「え、ちょっと!飲んだんですか!?」

「うん」

けろりと言われ、信じられないと目をぱちぱちさせた。

「なんてことを…」

「だって景吾のだもん。嫌じゃないよ」

愛おしさが篭る瞳をされ絶句した。美味しいわけがないそれを躊躇なく飲むなんて。髪を撫でられ音を立てて頬に口付けられる。
自失している場合ではないことに気付き、気を持ち直して先輩に手を伸ばした。

「お、俺もします」

硬くなっていることに安堵し、すりっと手を這わせると、やんわりと腕を掴まれた。

「景吾はそんなことしなくていいよ」

まさか断られるとは想像していなかったので、え、と彼を見上げた。

「景吾、気持ちよかった?」

問われ、こくりと頷くと、彼は満足したように微笑んで寝室から出て行った。
え、え、え――?
一人残されたベッドで呆然とした。
図で表すと自分の頭上にクエスチョンマークが舞っているだろう。
暫くして先輩は寝室に戻り、優しく身体を抱き締めながらおやすみと囁いた。
待ってくれ。これで終わり?
隣から規則的な呼吸が聞こえたが、とても眠る気分にはなれない。
手を出してくれた。景吾のだからと当然のように呑み込んで、気遣うような言葉もくれた。彼の気持ちは疑わない。なのに以前より頭が混乱した。

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