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梶本先輩からは毎日些末なラインが届く。
こんな授業だった、学食の味がいまいちだった、氷室会長にいじめられた。
一つ一つにくすりと笑い、短く返信をする。
自由度が高校とは圧倒的に違うので、楽しそうでもあるし、自己責任による苦労もあると思う。
毎晩眠る前に少しでも電話をし、明日も頑張ってくださいと言うのが習慣になった。
少し先の夏休みの計画を立てたがるので、高校生の夏休みは短いということを念頭にお願いしますと忠告する。
梶本先輩は愛情を色んな形で差し出してくる。
あれも受け取って、これも受け取ってと処理しきる前にまた差し出される。
愛情が重いと突っ撥ねた前の彼女の気持ちもわかるが、邪険に扱われてきた自分にとっては夢のようだと思う。
彼からの愛情がほしかった。自分だけを見てほしくて、名前がある関係になりたかった。都合のいい人間じゃ我慢できなかった。
自分が彼を上手にコントロールできれば、例え愛情過多でも丸い関係でいられるはずだ。
昼休み、教室のベランダで牛乳パックのストローをきつく吸ってスマホを操作した。
そろそろアルバイト探そうかなというラインに、自分もバイトしたいと返す。校則で禁止されているので無理だけど。
スマホをポケットに戻し、久しぶりの快晴になんとなく空を見上げた。
窓を開け放している教室から騒がしい声が聞こえる。今日もクラスはお祭り騒ぎだ。箸が転がってもおもしろいのだからしょうがない。
ぼんやりしながらストローを噛んでいると、隣にゆうきがやってきた。

「木内先輩のところ行ってたの?」

「秀吉のとこ」

「元気だった?」

「ああ」

秀吉とは朝会ったばかりなので変な会話だが、ゆうきは律儀に答えた。

「…梶本と丸く収まったんだってな」

ぼそりと囁かれ、ぎくりと肩を揺らした。

「なぜ、それを…」

「木内先輩に電話がきて、ゆうき君のおかげだ、ありがとうってしつこく言われた」

「あー…別に隠してたわけじゃなくて…」

ただ、散々心配をかけ、何度ももうやめろと言われた人を卒業後もずるずる懸想していたと知られるのが気まずかっただけだ。
何度裏切られたと思っている。また信じるなんてお人好しにもほどがあると説教されそうで。

「…呆れた?」

恐る恐る聞くと、ゆうきは僅かに眉を上げ、軽く首を左右に振った。

「…梶本、変わったんだろ?」

「変わったっていうか、本来の自分に戻ったというか…」

「まあ、俺はあいつを信じてねえけど、でも景吾がいいならなにも言わない」

「うん…」

「あいつの景吾への執着は病気の域だし、苦労しそうだな」

「それを言ったら俺もひどいものじゃん。何回もふられて、傷つけられたのに未だに好きってやばいよ」

「お前の感情と梶本のは違う種類のものだと思う」

「そうかな。よくわからないや」

笑って誤魔化した。本当はわかっているけど、突き詰めて考えると頭がパンクする。

「…なんかあったら言えよ。俺に言ってもしょうがないだろうけど…」

「そんなことないよ。ありがとう」

ぽんぽんとゆうきの背中を叩いた。
ゆうきは一番近くで、余計な首は突っ込まずにただ見守ってくれた。それがどれほど苦しく、難しいことかよくわかる。
友人が苦しんでいれば、お願いだからもうやめてくれと本人の意志は無視して言いたくなる。
そんな簡単な言葉でやめられないことが多いので困るのだけど。感情はいつも正解を選択してくれない。

「ゆうきも木内先輩にいじめられたら俺がいじめ返してあげるね」

にやりと笑うと彼にしては珍しく、口元に手を添えふっと微笑した。
木内先輩が彼をいじめることはないとわかっているからこその軽口だ。言葉や行動は乱暴だとしても、ゆうきを裏切るような真似はしないと信じている。
それがゆうきにも伝わっているからこそ、彼は笑ったり、怒ったりできるようになったのだ。
自分はゆうきが大好きなので、ゆうきを良い方向へ変えてくれた木内先輩も大好きだ。その分、先輩との関係が崩れてしまったらまた以前のゆうきに戻るのではないかと危惧するときもある。
先の心配をしても仕方がないので、せめて二人の関係が少しでも続いてくれたらいいなと思う。


金曜日、寮に戻り制服から私服へ着替えた。
自分の分のパジャマや下着は先輩のアパートに置いているので、持ち物は最低限で済む。
リビングのソファに座り、到着は七時頃になるとラインを入れた。すぐに駅まで迎えに行くからそのまま何か食べに行こうと返事がくる。

「お出かけ?」

コーヒーカップを手にソファに着いた学に問われ、短く頷く。

「土曜の夜には帰ると思う。鍵閉めていいからね」

「了解」

短く手を振り駅に急いだ。
毎週金曜日に寮を出て、土曜日に帰る。もう一泊してよと言う先輩を宥めるのに苦労するが、強い意志で彼から離れないと居続けてしまいそうで怖い。
特快に乗れば四十分、各駅ならば一時間程度で彼のアパートの最寄駅につく。
然程大きくない駅の改札を抜けると、壁に背を預けた先輩がすぐに目に入る。
ひらりと手を振られ、小さく駆けながらそちらに近付いた。

「一週間ぶり」

優しく微笑まれ、俯きがちに頷いた。

「いつも迎えに来てもらってすみません」

「いいよ。早く会いたいし」

「先輩!」

彼の口を塞いで周りをきょろきょろ見渡した。

「大丈夫。みんな他人には無関心なものだよ」

「そうですけど、万が一大学の知り合いとかいたら大変ですよ」

「知られたって構わないよ。逆に虫よけになっていいかも」

「別の虫が寄ってくるかもしれないので却下です」

呆れたように言うと、先輩がくすくす笑ってそうだねと頷いた。

「…このままどこか行こうと思ったけど、一回アパート帰ってもいい?」

「いいですよ」

なにか忘れ物をしたのだろうか。
ここに来るまでも常にお菓子やパンを頬張っていたので、今すぐ食べないと死ぬレベルではない。
他愛ない会話をしながらアパートに戻り、扉を閉めると後ろからきつく抱き締められた。

「え、え…」

首に回された腕に手を添えながら困惑する。どうした、具合でも悪いのかと問うと違うと言われる。

「外じゃ触れないけど、景吾見たら触りたくなる」

「…だから一回アパート戻って来たんですか?」

「…呆れた?」

恐々とした問いにふっと笑った。

「呆れませんよ。でもいつまでも玄関にいるわけにはいかないので、一回離れましょう」

「…うん」

先輩は渋々腕を離したが、親鳥の後を追う雛のように僅かな隙間もなくべったりと背中に圧し掛かった。
歩くのに苦労したが、重い身体を引き摺りながらリビングのソファとテーブルの間に座ると、今度は足の間に身体をすっぽり包まれた。
遅れてきた成長期で未だに身長が伸びているので、でかい身体を抱き締めても楽しくないと思うのだが好きにさせた。

「あー、一週間長かった…」

「ちゃんと勉強してます?」

「してるよ。前よりもちゃんと。勉強してると余計なこと考えなくてすむし」

「おお、偉い。高校の梶本先輩からは想像できませんけど」

「高校のときだってぼちぼちしてたんだよ!」

「そうでしたっけ?」

揶揄すると、顎を掴まれ首を捻るようにされ、背後から口付けられた。

「…家から出たくないから俺がなんか作る」

「料理できましたっけ?」

「適当になら」

「じゃあ俺も手伝いますよ」

「景吾は料理上手そうだもんね」

「いえ、全然。まったくやったことありません。食べる専門なんで」

「実家が洋食屋さんなのに?」

「洋食屋だからこそ、手伝わなくてもご飯が出てきちゃうんですよ」

「なるほど…じゃあできないなりに頑張ろうか」

立ち上がった先輩に倣い、キッチンの隅に置かれた小さな冷蔵庫を開けた。
お茶のペットボトルに卵にベーコンにヨーグルト。下段の冷凍庫にはたこ焼きと冷凍うどん。

「…先輩、なにも入ってないよ?」

「え、本当?」

腰を折って冷蔵庫を見た梶本先輩はああー、と頭を抱えた。

「昨日悪くなりそうな野菜を食べつくしたんだった…」

「じゃあうどんとたこ焼き食べよう」

「それじゃあ景吾足りないでしょ?」

「お菓子食べるから大丈夫」

「じゃあ具なしうどん作るか」

先輩は袖を肘まで上げ、うどんを三玉取り出した。
手を洗い、なんでも手伝いますと言ってはみたものの、狭いキッチンにでかい男が二人もいるのは邪魔だという結論に達し、お茶をコップに移したり、箸を置くくらいしかできなかった。
そのうち、できたよという声に慌てて台所へ戻り、どんぶりと平皿に置かれたたこ焼きを運んだ。
素うどんと先輩は言ったが、月見うどんになっていた。

「かまぼことかネギがあったらよかったんだけどねえ」

「一人暮らしの男の家にかまぼこあったら逆にびっくりですけど」

「確かに。実家ですらなかったな」

「俺は素うどんも大好きですよ。ていうか、誰かが作ってくれた料理は全部大好き!」

どんぶりを覗き込んで笑うと、くしゃりと頭を撫でられた。

「いただきます」

しっかりと瞳を閉じて手を合わせる。うどんを口に含んでにんまり笑った。

「美味しいです」

「…まあ、麺つゆ薄めただけだしね…うどんは冷凍だし…」

「俺はそれすらできないので、すごいです。俺も料理の勉強しときます」

「景吾はきっと料理上手になると思うよ。食べるのが好きな人は作るのも上手って言うじゃん?」

「だといいんですけど…あ、洗い物は俺がしますね。それくらいならできるんで」

「じゃあお願いしようかな」

美味しい、美味しいと言いながら食べると、その度に先輩は嬉しそうに笑った。
料理って楽じゃない。どんなに簡単に見えるものでも。両親を見てそれを知った。夜遅くまで仕込みをして、朝早くから食材の準備。
食べるのは一瞬でも、提供するまでの下準備の工程は果てしない。
できれば味わってゆっくり食べたいけれど、美味しいと箸が止まらずあっという間に食べきってしまう。最後の一口になっていつも後悔するのだ。
うどんの汁を啜り、ご馳走様でしたと手を合わせた。
皿洗いを済ませ、お茶を飲みながらテレビに視線を移す先輩の隣に座った。

「冷凍庫にアイス入ってるよ」

「お風呂あがったら食べようかな」

「うん。明日スーパー行こうか」

「はい」

最近人気の女優が出演しているドラマを眺め、可愛いねえと二人で頷く。
梶本先輩は所謂バイなので女性も大好きだし、自分も今まで好きになったのは女性だった。お互いの好みの芸能人はとても似ていて、もし違う関係で出逢っていたら一人の女性を取り合うライバルだったかもしれない。自分では逆立ちしても敵わなかっただろうけど。
ドラマを見終え、先にシャワーを済ませた。入れ替わるように先輩が立ったので、アイスを頬張りながらゲームをした。


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