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逸る心を抑え込み、流れる景色を視界に映す。
どんなに焦っても電車は速くならないし、決まった時間に到着する。
携帯が震えたので開くと仁からで、お前の方が早くつきそうだから公園かどこかで待ってれば?とのことだった。
さすがに卒業生でも学園や寮の敷地内には入れないし、待ち伏せするしかなさそうだ。
まるでストーカーだなと苦笑し、今度は絶対に失敗しないと固く誓う。
電車に揺られている間に姉にラインを入れた。
もしかしてパールのピアスなくしてない?
するとすぐに返事があり、あんたの家か!とおかしなうさぎのスタンプつきで返ってきた。
よかった。姉だった。他の子だとしても後ろめたいことはしていない。でも、心証としては大学の友人より姉の方がいいだろう。
ずるい計算だと思うけど、まずは景吾に信頼されなければ進まない。

乗り換えをしながら寮の最寄駅で降りたときには西日で辺りがオレンジ色に染まっていた。
たった数ヶ月ぶりなのに郷愁に駆られ、立ち止まって風景を眺めた。
別にこれといってなにもなく、近代的な建物は精々コンビニくらいしかないけれど。
都内と違って陽が落ちると一気に気温が下がる。もう少し厚着すればよかったとごちながら、コンビニで温かいコーヒーを買った。
駅から寮の間にある公園のベンチに座り、道路の方をぼんやり眺める。
早く来てほしい。でも話しを聞いてくれるだろうか。顔も見たくないとシャットダウンされたらどうしよう。それでもめげずにお願いしたら折れてくれるだろうか。
それではいよいよストーカーになってしまう。
もし、景吾の中で自分との関係には決着をつけたと言われたら引き下がるしかない。
彼は前に進む権利があるし、それを引き留める力は自分にはない。
過去を振り返ればもうとっくに嫌われて当然で、景吾なら新しい彼女がいつできてもおかしくないし、のんびり悠長に構えていた自分は大馬鹿者だと思った。
どこかで景吾は簡単に自分を捨てたりしないという傲慢な驕りがあった。
最後にはきっと許してくれるとか、彼の優しさにつけ込めばどうにかなるとか。
そうやって後回しにしたツケが回って漸く思い知る。どんな気持ちで笑ってくれていたのか。何度言葉を呑み込んで奥歯を噛み締めて我慢したのか。
ふー、と細い息を吐き出し、公園脇の道路を景吾が俯きがちに歩いているのを見つけて慌てて駆け寄った。

「景吾!」

後ろから腕を引くと彼は切れ長の瞳を丸くしてぽかんと口を開けた。

「なに、してるんですか?」

「俺の話し、聞いてほしくて」

「…話し?」

「お願い。これで最後でもいいから」

懇願するように眉を寄せると景吾も眉間に皺を寄せた。ああ、またそんな表情をさせてしまった。
情けないと反省するのは後にして、握っていた景吾の腕を離した。

「ピアスね、姉のだったよ」

先程のやりとりの画面を見せると彼はますます皺を深くした。

「確かに、大学の女友だちが部屋に来たことあるよ。男女何人かで。でも終電までには帰ってもらったし、なにもしてないよ」

「…別に、俺に言い訳なんてしなくても」

吐き捨てるような言葉に焦り、また両腕を掴んでこっちを見てと言った。

「俺、景吾が好きなんだ」

「…はい?」

鳩が豆鉄砲を食らった顔、というのはきっとこういうものなんだろうな。
おかしくて笑いそうになる顔を引き締めた。

「だから、誤解されたくない。景吾は俺のこともう恋愛対象として好きじゃない?もう彼女できちゃった?」

早く答えがほしくて畳み掛けると彼にしては珍しく射るような視線を寄越した。

「そんな簡単に次にいけるならとっくに先輩と関わるのやめてます」

「…そう、だよね。じゃあ、まだ好きでいてくれる?」

「それは…」

彼は下唇を噛んで迷うように視線を泳がせた。ああ、やっぱり遅かったか。今更と詰られるだろうか。

「怒りたいよね。俺が景吾の立場ならふざけんなって殴る。だから、景吾も殴っていい。でも、言わないとだめだと思って。やっと、やっと景吾が好きだって認められた。ずっと誤魔化して自分に嘘ついてた。でも俺景吾がいないとだめなんだ」

景吾はなにも言わない。表情を隠すように顔を背けたまま。

「信じられないなら信じてくれるまでなんでもする。なんでも」

「それ本気?」

急に第三者の声が乱入し、二人同時にそちらを見るとゆうき君とその少し後ろには仁がいた。
ゆうき君はずんずんとこちらに歩みを寄せ、仁は後方で悪い、と言いたげに拝み手をした。

「本当になんでもすんの」

試すようなじっとりとした視線を向けられ、勿論と首肯した。

「本気だって信じてくれるなら」

「ふーん。あんたは口が達者だからな」

ゆうき君の遠慮しない物言いにたじろぐ。完全に娘の彼氏を値踏みする父親の目だ。

「じゃあ大学終わったら毎日こっち来いよ。景吾が会うか会わないかは関係なく」

「わ、わかった」

「それから毎日連絡も寄越せよ。マメに」

「いくらでもするよ」

「あとはー…」

「ちょっとゆうき!」

景吾がゆうき君の服を引っ張り咎めるが、ゆうき君がそれを片手で制した。

「赤ちゃんとか、ペット見守る用のカメラを部屋に置いてもいいし、ハジメを監視役にしてもいい」

「へえ。じゃあお言葉に甘えてそれ全部やってもらうから。勿論景吾には指一本触るなよ」

「うん、うん」

「じゃ、明日から全部実行してね」

ゆうき君は景吾の腕をとって背中を向けた。

「景吾!明日も来るから!」

離れて行く背に向かって言うと、景吾はちらりとこちらを振り返り小さく頷いた。
反応が返ってきたのが嬉しくて、拒絶されない安心感で肩から力が抜けていく。

「…悪いな。ゆうきがでしゃばって」

仁が苦笑したので構わないと首を振る。あれはゆうき君なりの優しさでもあると思う。
自分がいくらあそこで押しても景吾は認めてくれなかった気がする。
今更急に好きだと言われ、でも過去を踏まえて逡巡すると簡単には答えられない。好きという気持ちだけでは頷けない。それくらい彼に深い傷を負わせた。

「むしろ助けてくれたのかも」

「そうかあ?」

「たぶんね。ゆうき君も鬼にはなりきれない優しい子だもんね」

「どうだろうな。結構鬼みたいな顔するけどな」

仁は苦笑して、大丈夫かと言った。

「結構きつい条件つきつけられてたけど。大学も忙しいだろ?」

「大丈夫だよ。高校生より時間は自由だし、まだバイトも決めてなかったし、本当になんでもする覚悟あるし」

「…そっか。必死なあんた初めて見たよ」

「うん。格好悪いな」

「いや。適当にだらだらしてたあんたの方が格好悪かった」

「お前ら兄弟は本当にオブラートって言葉を知らないよなあ」

可愛くないとぼやくとぽんと肩を叩かれた。

「景吾は懐の深い男だ。でも、一瞬でも胡坐掻いたら即終了と思った方いいぞ。仏の顔も三度撫ずれば腹立つ、ってな」

「ああ、わかってる。今度は、今度こそは失敗しない。これが最後だと思うから」

「お、わかってんじゃん。そんなにきつく兄貴に説教された?」

「説教なんて優しいものじゃないね。俺の心をずたぼろにしてうざーいって言いながら帰って行ったよあいつは」

言うと仁は喉を鳴らして笑い、それくらいが丁度いいと言った。
自分の行いが悪かったのは認めるが、寄ってたかってひどい。

「まあ、追い駆ける側の辛さを身を持って経験すんのもいいんじゃねえの。あんたには呪いがかかってるから簡単に上手くいくとは思えないけど」

「呪いってなに」

「今まで散々傷つけた女からの呪いだよ」

「怖いこと言うなよ」

まあ、すぐに振られないように精々頑張れよ。なんて不吉な言葉を残して仁も寮へ戻って行った。

最後、最後。
心の中で何度も呟く。お情けでもらったチャンスだ。本来ならばとっくに試合終了で自分の出る幕はない。
景吾が無理だ、だめだと言うならずるずる引き留めずに身を引こう。
でも、今にも切れそうだとしても糸が繋がっている内は絶対に離さない。
次不用意に手を離したらもう二度と掴めない気がする。
傷をつけた分、同じくらい傷を受ける覚悟で臨もう。
誠心誠意向き合って、それでも気持ちが伝わらないならそれでも構わない。
ただ、今必死にならなかったら一生後悔を抱えて生きると思う。
まだできることがある内は醜くても、滑稽だと笑われてももがいてやる。
ああ、なるほど。これが恋というものか。

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