長い夢



楓が忽然と俺達の前から姿を消した。全員で必死に探して、探して、それでも見つからない。携帯に何度も電話をして、片っ端から楓を見なかったかと声をかけた。
誰もが不安で、言いようもない悪い予感に身震いした。
不穏な空気が全員の間に漂う。誰も口を開かず、でも考えていることは同じ。楓になにかあったらどうしよう。
遂にはゆうきが香坂先輩に厳しい言葉をぶつけ、まとまらなきゃいけないときに、歩幅はばらばらに崩れてしまった。
隣にいた蓮の手をぎゅっと握り、大丈夫だよと言い聞かせた。
陽も暮れ始めたので、もう校内にはいないだろうから一旦寮に戻って解散することになった。
一人でいるのは酷く不安で、蓮と梶本先輩と三人で待つことにした。
蓮も自分もいつもうるさいくらいに口を開くが、お互い一言も口を開かなかった。
とても楽しくおしゃべりできるような状況じゃない。考えるのは楓の無事ばかり。
なんで楓がこんな目に。できるなら変わりたい。
起きもしない奇跡を願い俯いた。

「二人ともそんな暗い顔しないで。きっと大丈夫だから」

向い側に座る先輩は優しく微笑み、暗く湿った空気を緩和してくれた。

「一もいるし、涼もいるし、拓海だっている。あいつらに任せればきっと大丈夫だよ」

「…そうでしょうか」

「今はあいつらを信じて待とう?」

「…こんなときになにもできないなんて…」

悔しさで歯を食い縛る蓮を見て、同じ気持ちだよと思う。なにもできない。狼狽しながら走りまわるしか。
闇雲に動いても仕方がない。だけど身体を一瞬でも止めたら楓が消えてしまうのではないか。痛めつけられるのではないか。悪い予感ばかりが思考を支配してしまう。

「…万が一、楓君になにかあったとしても、その後のケアをみんなで頑張ればいい。それだけで楓君も救われると思うよ」

梶本先輩は真剣な面持ちで大丈夫だと頷いた。
へらりと笑った顔か、氷のように冷酷な表情しか知らなかった。
こんな表情もできるらしい。

「…ありがとうございます」

俯きながら言った。優しい言葉をかけられると泣きそうになる。
それは梶本先輩にも伝わったのだろう。ふっと優しく笑う音がした。

時間が長い。一分が一時間に感じる。やたら大きく聞える秒針に苛立つ。
じっとしていられず、狭い部屋の中をぐるぐると歩き回った。

「景吾苛々してるねー」

呑気に言われて当たり前ですと怒る。
そのとき電話が床の上で跳ねた。
画面を確認するとゆうきで、進展があったことを期待して震える指を抑えて電話にでる。

『…楓見付かったから』

その言葉を聞いた瞬間膝から力が抜けて床にぺたりと座った。

「…よかった…。怪我とかは?」

『大丈夫』

「…そっか。本当に、よかった…」

言葉が見付からない。冷えた心が少しずつ溶けて、だけど頭の中はまだ真っ白だ。

『皆にも言っといてくれ』

「わかった」

じゃあと短く挨拶をされ、電話は一方的に切られた。
もう少し状況を細かく聞きたかったが、ゆうきは苛立っている様子でそれ以上は追及できなかった。

「なんだって」

「…楓、見付かったって」

「…よかった」

蓮は深く息を吐き出し、崩れ落ちるように身体の力を抜いた。瞳からは数滴の涙が零れている。安心した途端気が抜けたようだ。この場にいる全員が同じだ。
楓に会うまでは安心できないが、ゆうきが傍にいるなら大丈夫ということだろう。

「見つかったんだ。よかったね」

「はい。先輩、ありがとう」

「いいんだよ」

先輩は楓とほとんど面識がない。
それなのに一緒になって捜して、一緒に辛さを請け負って、一生懸命励ましてくれた。
自分と蓮だけでは今頃大泣きして話しにならなかったかもしれない。
梶本先輩は自分たちの負の感情の全てを受け皿になって引き受けてくれた。

「じゃあ楓君のところに行ったら?顔見て心配したって怒ってあげなよ」

「そうですね…」

立ち上がると、梶本先輩が俺たちの頭をぽんぽんと交換に優しく叩いた。

「よく頑張りました」

先生が小学生に言うようなあやす言葉だが、それくらい自分たちは落ち着きがなく、狼狽するばかりだった。
二歳の差はこんなにも大きい。

「僕、先に部屋に行ってるから景吾は後からおいで」

じゃ、と蓮はそそくさと去った。一応気を遣ったらしい。不器用なやり方が蓮らしい。

「…梶本先輩のことだらしない人だなーって思ってたけど撤回します」

「だらしないって…。まあ、その通りだけど、もう少し言い方が…」

「冗談ですよ。本当にいい先輩です。今回はいてくれて助かりました」

安心した途端閉じ込めていた不安が津波のように襲ってきた。
泣いてたまるかと眉間に皺を寄せた。

「よしよし」

梶本先輩は軽く抱き締めるようにしてくれて、背中をぽんぽんと擦った。

「…すいません」

「怖かったよね。俺は楓君のことよく知らないけどそれでも怖かった。景吾なら尚更だよね」

泣いてたまるか。こんなことで。
だけど梶本先輩の声を聞くたびに心が震える。真っ黒なコーヒーの中にぽたり、ぽたりと垂らされるミルクが広がっていくように心の色が変わっていく。

「よかったね、景吾」

「…はい」

自分の気が済むまで梶本先輩はあやすように身体を包んでくれて、乱暴に涙を拭って笑顔を作った。

「もう、大丈夫です。ありがとうございます」

「うん。よかった。じゃあ楓君のところに早く行ってあげな」

「はい」

一緒にいてくれて心強かったですと正直に言うと、梶本先輩は照れたように笑った。
扉に手をかけたが、反対側からノックする音が聞こえ、反射的に手を引いてしまった。
なにに怯えているのだろう。

「ゆうきかな…」

呟きながら扉を開ける。
そこにいたのは水戸先輩だった。
最悪だ。心の中で呟いた。

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