8



学食に着けば、水戸先輩が入り口の前で腕を組みながら待っていた。
俺を見つけた途端、顔がくしゃっと崩れるような笑顔で近寄ってきた。

「ちゃんと来てくれたんだね。ゆうき君も一緒なんてラッキー」

「はは」

やっぱりつられて笑ってしまう。ゆうきは相変わらずの無表情だ。むしろ下から睨み付けるが、水戸先輩は一切同じた様子はない。

「じゃ、行こうか」

「あ、あの。もう一人…」

「よお、水戸」

俺とゆうきの後ろで梶本先輩が軽く右手を上げた。

「…梶本?なんで梶本が?」

「お前が景吾にちょっかい出してるからってナイト役を頼まれたんだよ」

「ちょっかい出すとか人聞き悪いな。ただ楽しく飯食おうって誘っただけなのに」

「悪い人の雰囲気出ちゃってんじゃないの?」

「うわ。梶本にだけは言われたくねえわ」

水戸先輩が薄らと笑い、けれど瞳は厳しいものだった。
こんなところで喧嘩とかやめてくれ。どこか人気のないところで勝手にしてくれ。

「はーい!飯行きましょう、飯。俺腹減って死にそう」

無理矢理二人の間に身体を滑り込ませた。
とりあえず水戸先輩の腕をぐっと引いて食堂に入った。
ゆうきが梶本先輩なんて連れてくるから、俺の苦労が二倍になった。
飯くらい楽しく、ストレスなく食べさせてくれ。喧嘩の仲裁なんて真っ平御免だ。
溜め息を吐いて、気持ちを切り替えて今日のメニューを見上げた。

「景吾君はなにが好きなの?」

「んー。なんでも食べますよ。好き嫌いないんで」

「そうなんだー」

にこやかに話す後ろで、ゆうきと梶本先輩の視線が突き刺さる。
え、なに。俺が悪いの。
平和に、楽しく、美味しく食べなければ食材にも申し訳ないではないか。

注文を終えて、トレイに乗り切らないものは水戸先輩が持ってくれた。普通にこうやって優しいし、後輩想いのいい先輩だと思うのだが。
なんて言ったら、だからお前は駄目なんだとゆうきの説教が始まりそうなので言わないが。
適当なテーブルに座る。自分を挟んで水戸先輩と梶本先輩、向かいにはゆうきが腰を下ろした。
梶本先輩は不機嫌そうで、ゆうきは警戒している。

「い、いただきまーす…」

両手を合わせるが、この苦しい空気の中で飯などどんな拷問だろう。
飯くらい美味しくたべさせてほしかった。誰のせいとは言わないけれど、自分の一番の楽しみを横から掻っ攫われた。

「景吾君たくさん食べるよね。文化祭のときも思ってたけど」

「はい。食べるの好きなんです」

「そうなんだ。美味しそうに食べるから、料理作ってあげたくなるよね」

「え、水戸先輩料理作れるんですか?」

「いや、全然だけど」

「なんだー。がっかり」

期待外れの答えだ。

「でも、景吾君が食べてくれるなら勉強するよ!」

「マジすか。俺なんでも食べます」

「じゃあ料理を趣味にしちゃおうかなー」

うふふふ、あははは。
にこやかに食事するのは二人だけで、右側と向かいからのプレッシャーが半端ない。
ゆうきは自分では気付いていないだろうが、割りばしがもう少しでぼっきりと折れそうなくらい力を込めている。
右側からも不機嫌な空気が嫌というほど伝わるし、どうしてこうなった。

水戸先輩は自分のご飯を食べ終わると、頬杖を付いてにこにこしながらじっとこちらを見つめた。そんなに見られてら食べにくいがやめてもらえない。

「そういえば、景吾君なんで梶本なんかと仲いいの?

水戸先輩はなんか、という部分を強調して言った。勿論梶本先輩にも聞こえているだろう。

「景吾は俺のことが好きだから」

世界を壊すように梶本先輩が抑揚のない声で間に入ってきた。
なんてことを言うんだこの人は。人の恋心を他人にぺらぺらと。

「ふーん、そうなの?」

「いや、その…」

「梶本、余計なこと言って面倒くさくすんなよ」

ゆうきが助け舟を出してくれた。

「その様子だと本当なんだ」

「…いやー…」

首を捻って誤魔化すために笑みを浮かべた。上手く誤魔化せないとわかってるが、こんなところで馬鹿正直に話す内容ではない。

「本当だよ。ね、景吾」

自分を挟んで喧嘩をするのはやめてほしい。
二人から責め立てられている気分だ。なにも悪いことしていないのに。

「ま、別に好きな人がいようとどうでもいいけど。でも梶本はやめといた方がいいんじゃない?」

こそこそと耳打ちされた。

「お前には言われたくない」

けれど梶本先輩は地獄耳らしく筒抜けだ。

「あーらら。聞こえてた?」

「わざとらしい…」

本格的な言い合いや喧嘩は余所でどうぞ。とにかく俺はご飯を食べたい。

「おい、お前らこんなとこで火花散らすな。飯ぐらい大人しく食え」

鶴の一声か、二人ともその言葉に言い争いを一旦やめてくれた。

「そうだよね。折角楽しい夕飯なのに梶本と喧嘩するだけ無駄だった」

「お前殴られたいの?」

「おー、こわ。副会長のセリフとは思えないね」

もう梶本先輩も水戸先輩も知らない。
ここは無視してご飯に集中しよう。うん。余計なこと考えてると折角のご飯が美味しくなくなるし。
頭上では口論が続いているが聞かぬ存ぜぬを貫き、耳にぱたりと蓋をして目の前の食事にだけ集中した。
すると今度は楓と香坂先輩も同じテーブルに来て、楓が登場したことで水戸先輩はますます嬉しそうに笑い、香坂先輩は殺気を放った。
今度は香坂先輩も交えて口喧嘩が始まり、手におえないと判断した。
もう勝手にしてくれ。僕は知りません。関係ありません。
水戸先輩が一抜けたと言わんばかりに立ち去ってくれたので一段落したが、大変なことになりそうだ。主に楓が。
だが楓と言えば、蓮に声をかけられた瞬間に蓮と逃げ出し、更に不機嫌になった香坂先輩は須藤先輩と部屋に戻っていった。
やっと自分も食べ終え、帰ろうとゆうきに告げ、トレイを返して学食を出た。

「景吾、送ってくよ」

尚も梶本先輩は不機嫌だが、水戸先輩と競うように優しさを与えようとする。
大丈夫だと断ろうとしたが、ゆうきが当然だと言った。
ゆうきは梶本先輩をなんだと思っているのだろう。下僕?ゆうきらしいけど。
部屋の前について先輩に礼を言った。
自分はなにも頼んでいないが、一応彼なりに気を遣ってくれた。

「景吾、水戸はいい人なんかじゃないからね?」

両肩をがっちりと掴まれたのでぎこちなく頷いた。

「絶対わかってないな、その顔」

「わかってます。わかってますから」

「…ほんと、心配させないでね、景吾」

「大丈夫ですよ。ゆうきも一緒だし」

「…うん」

渋々といった様子で梶本先輩は帰って行った。
なにをそんなに心配しているのかは知らないが、梶本先輩で傷つくのは慣れたし、人を疑うということも学んだ。
水戸先輩が言うように、梶本先輩に惚れた自分は愚かだし、全員に曖昧な優しさを振り撒いた挙句傷つける彼に比べれば、水戸先輩の方がよっぽどましなのかもしれない。
いや、ちょっと待て。どちらも同じ位に最低だし、どちらがましという話しではない。
しっかりしろ自分。感覚が麻痺している。

どっと疲れてベッドに寝転んだ。ゆうきも同じように自分のベッドにごろんとした。

「…水戸、なんか掴み所なくて気持ちわるいな」

「そう?」

「どこまで本気かわかんねえし」

「だーいじょうぶだって。みんな本当に深く考えすぎだから」

「最悪のパターンを予想してれば対処できるだろ?」

「えー…。最悪のパターンなんて想像もしたくないし、なにが最悪なのかもわかんないしな」

「お前はほんとに…」

呆れたように呟かれたが、人それぞれの考え方はあるもので、ゆうきのそれは自分には合わないというだけだ。

「進んで仲良くしようなんて思ってないし、水戸先輩は本気で言ってないよ」

「そうかな」

「うん。少なくとも俺にはね」

「なんでわかんだ?」

「さあ。なんとなく」

正直に言うとまた呆れたように溜息を吐かれた。けどそう思うのだからしょうがない。
ただ、好きだと言われて悪い気がする人間はいないのでは?
勿論相手によるしその形にもよるが、友情にせよ、愛情にせよ、嫌われるよりは好かれた方が嬉しい。

「ま、冬休みに入れば会わないし、三年は受験で自由登校になるし」

「…まあ、そうだけど…」

「それより自分のこと心配したら?もう卒業だから最後にーって三年から呼び出しとかされたらうけるね」

「うけねえよ馬鹿。勘弁してくれ」

本気で嫌そうに顔を歪めた様子がおもしろくて大笑いした。
今のゆうきには木内先輩がいるので大丈夫だ。だからこそ、冗談で言えるのだけど。

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