5
どれくらいの時間眠っていたのだろう。
目を開けると眠ったときと同じ格好のゆうきがいた。
「…おはよう」
「起きたか。早かったな」
「どれくらい寝てた」
「二時間くらい」
「そっか」
よっこらせと起き上がりベッドに座った。
ゆうきはこちらをじっと見つめ薄く口を開いて閉じた。
とても苛立っているのがわかる。表情はさほど変化はないが、纏う空気で察せるくらいには仲がいい。
「…何かあった?」
冷蔵庫からお茶を取り出し再びベッドに座った。
ゆうきは溜息を吐き、眉間に皺を寄せた。
「…さっき、梶本から聞いた。モデルの話し」
「梶本先輩来たの?」
「いや、木内先輩の部屋で」
「…そっか。断ったでしょ?」
事実確認のために聞いたがゆうきは俯いて首を振った。
「いや、受けた」
「は?マジで」
「ただし、一回きり。事務所には入らない」
「…なんで。なんか脅された?」
それくらいに信じられない。あのゆうきがと思う。
人に注目されることを嫌うし、綺麗だと称えられるのも心底うんざりしていた。
きっとなにかあったのだ。汚い手を遣われたのだ。
「いや、なにも」
「嘘だ。じゃなかったらゆうきそんなこと絶対に引き受けない」
強い口調で言ったが、ゆうきは首を左右に振るだけだ。
なんだ。なにをした。なにを言った。
大切な友人に危害を加えるならば梶本先輩でも許さない。
大喧嘩になってもいい。殴り合っても構わない。それで縁が切れても本望だ。
血がぐつぐつと煮えたように怒りが全身に巡る。
「俺先輩のところ行ってくる」
勢いよく立ち上がり戦闘態勢を整えたが、ゆうきに腕をひかれ待てと静された。
「お前が考えてるようなことはない」
「なんで庇うんだよ!俺なら大丈夫だよ!」
「違う」
「なにが!」
苛々する。二人の間でどんな会話があったのか想像するだけでじっとしていられない。
ゆうきは幸せになれた。これからは木内先輩にたくさん笑わせてもらって、幸福だけを噛み締めてもらいたい。
そんなの夢のような話しで、現実は苦労も悲しみもあるとわかっている。
でも余計なトラブルには巻き込まれてほしくない。
「違うから。とりあえず落ち着け」
座るように言われ、険しい顔のまますとんと座った。
「…木内先輩にも言われたんだ。色んなこと経験してみろって」
「木内、先輩?」
「ああ。俺とくに夢とかないし、食わず嫌いはやめてなんでもやった方がいいって」
それは嘘ではないのかもしれない。
けれどそれだけが真実ではないとわかる。恋人に言われたから黙って言うことを聞くタイプではない。
「ゆうき――」
「今までさ、なにもしないでだらだら過ごしてたし、これから人の倍経験を積まないと今後が大変だって。俺もそう思うし」
普段無口なゆうきの饒舌ぶりに更に疑いの目を向ける。
なにを隠そうとしているのか。必死になって嘘をつかなくてはいけないほどのことなのか。
けれどこれ以上尋問できない。
なにを言っても彼は真実を言わないし、自分が責めればそれ以上に苦しむ。
大変なのはゆうきで、自分ではない。それならば彼の嘘に騙されよう。
「…わかった。木内先輩のアドバイスなんだね」
「そう」
ほっと安堵した表情に胸が痛くなった。
「なら俺も応援するよ。怒ってごめん」
ぽんぽんとゆうきの頭を叩いた。
ゆうきははにかむように笑い、けれど瞳は悲しみ一色だ。
わかっているつもりだ。自分に心配をさせないように彼が嘘をついていると。
けれど今まで優しさでついた嘘が、どれだけ自分を不安にさせているか彼は知らないだろう。
数々の嘘や隠し事。内容を把握しているわけではない。
けれど感覚でわかってしまう。なにかあったのだ、と。今回も同じだ。
もっと自分だけの幸せを願ってほしい。我儘に一生懸命になればいい。
友情も愛情もゆうきはすべてを捨てられない。全部を抱えて、抱え過ぎて自分を痛めつけている。
ぎゅっと拳を握った。
梶本先輩がゆうきになにかしたのならば絶対に許さない。
先輩とゆうきなら天秤にかけるまでもない。
恋しい、恋しいと焦がれた分、それ以上に憎いとも思う。
ただ好きだけでいられた昨日までとは違う。
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