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さきほど少し眠ったけれど、流石にもう瞼が重くて、シャワーを浴びて着替えを借りて客間に通された。梶本先輩は入れ替わりでシャワーへ向かう。
客間にはダブルのベッドが一つだけで、シーツを新しいものに取り換えながら遥さんが苦笑した。

「悪いけど、翼と一緒に寝てくれる?客間一つしかなくて…。ソファじゃ寝心地悪いし」

「はい。大丈夫です。ベッド大きいし…」

「ごめんね。翼と寝るなんて嫌よねー」

「そ、そんなことないですよ!先輩いい人…ですし…」

自分で言いながら迷ってしまった。
先輩としてはいい人だった。話題も豊富で偉ぶりもせずよく笑わせてくれた。
けれど恋をするには最低な人だ。
一歩自分が踏み込んだのが悪い。黙って先輩、後輩の関係でいられたなら今でも笑っていられたのに。

「そう?翼は甘えん坊だしだらしがないし、学校でちゃんとやってるのか心配よ」

「大丈夫ですよ。ちゃんとやってる…と、思います」

「その感じ、やってないのね」

くすりと笑われ、慌てて首を横に振った。

「いいのよ。氷室君だっけ?彼に会ったときもどうにかしてほしいって言われたわ」

「あー。会長は一番近くにいるから…」

「副会長なんてなったのに、全然仕事してくれないし置物の方がましだって言ってた。困った弟よー」

遥さんは笑うが、笑いごとではないと思う。会長的には。
それでも仲良くしているので友人なのだろうけれど。

「景吾君もちゃんと怒ってやってね。あいつ怒られないとやらないから。拗ねて面倒くさくなるけど」

「はは。俺が怒っても効き目ないと思いますけど」

「そんなことないよ。誰でもいいから甘やかさないでしっかりしろって背中を叩いてほしいのよねー」

遥さんが呆れたような溜息を吐いたと同時に客間の扉が開いた。

「なんの話ししてたの?」

「べっつにー」

「あ、俺のことだろ。俺の悪口言ってたんだろ」

「悪口言われたくなかったらしっかりしなさいよ!」

遥さんは擦れ違いざまに思い切り梶本先輩の背中を叩いた。
痛いと悲鳴を上げるのもお構いなしに、そのまま扉を閉めた。
さすが姉だ。容姿や性格はそれぞれでも弟に対するきつさはうちと変わらない。

「昔から暴力的なんだよ」

「うちも同じようなものです。昔はよくつまらないことで喧嘩してました」

「景吾もお姉さんいるの?」

「はい。姉と俺の二人です」

「一緒だ。弟は辛いよねえ」

「そうですね」

他愛ない話しをしながらベッドに入った。
普通に話せているし、笑い合える。
情事の後のあの空気はなんだったのだろう。多重人格者なのではないかと思うほど、ころりと変わっている。
身体を繋げなければこんな風に普通に話せるのかもしれない。
それなら一生したくない。どうせ恋人にはなれないのだから、仲の良い先輩、後輩の枠の中におさまっていたい。
願っても、梶本先輩に求められれば嫌だと言えないのだろうけど。
太陽の香りがするお布団を鼻先までぐっと引き上げた。
ぼんやりと明るい室内。窓は薄いレースカーテンが引かれている。
都会の空には月も星もない。どんよりと重苦しいグレーの雲に隠れている。
早く学園に戻りたい。


寝ぼけ眼で目を擦りながらリビングに向かった。
扉を開けると二人からおはようと声がかかった。
まだ朝の八時なのに二人は随分早起きだ。

「おはようございます…」

身体は一応起きたのだが、脳はまだ目覚めようとしない。
ぼすんとソファに座ると同時に瞳がとろんと重くなる。
こくこくと首を揺らしていると、梶本先輩が自分の肩に引き寄せるようにしてくれた。
それに大いに甘え、しばらくまた眠った。
香ばしい香りではっと瞳を開けると遥さんがダイニングテーブルにお皿を並べていた。

「よかったら朝ご飯食べて。たいそうな物はつくってないけど」

「わー。頂きます」

ふらふらと椅子に座り、ふわふわなオムレツとこんがりと焼けたトースターを齧った。
バターやジャムが並んでおり、自分はバターを選んだ。

「美味しい。美味しいです」

目は明かないが口は忙しなく動く。寝言のように何度も呟いた。

「景吾、寝ながら食べるなんて器用なことするね」

くすくすと笑われ、そうですね、なんてぼんやりと返事をした。
途中、それでも睡魔に勝てずに再び落ちそうになった。
それでもパンは放さないのだから食い意地の怖ろしさを実感する。

「口止まってる」

先輩にぽんと背中を叩かれ完全に起きた。

「景吾はいつもそんな感じなの?」

「わりと。ゆうきに怒られますけど」

オレンジジュースを飲み、グリーンサラダもむしゃむしゃと食べる。

「朝からよく食べるわねー。嬉しいな」

ほとんどを自分が食べ、足りないだろうと二人も分けてくれた。
遠慮するべきなのかもしれないが欲望には勝てなかった。
朝食を食べ終え、洗顔を済ませる。再び制服を着てソファに座った。

「折角こっちに来たしどこか行く?それとも帰る?」

先輩に問われ、自分はこんな姿だし素直に帰ると言った。

「じゃあ送っていくから」

「いいですよ。電車動いてるし」

「無理矢理連れてきたようなものだから遠慮しないで。どうせ翼は電車なんて嫌だって我儘言うしね」

じろりと遥さんが先輩を睨むと彼は鷹揚に頷いた。
車に乗り込み朝の高速を走る。途中どんどん緑が濃くなっていき、それにとてもほっとした。
昨晩と同じくらいの所要時間で寮前に着いた。
車から降りて運転席の方へ向かった。

「昨日から色々とありがとうございました」

「ううん。こっちこそ。ゆうき君の件、よろしくね」

すっかり忘れていたので、苦笑して返す。
どうせ答えなどわかっているので期待はさせたくない。

「またご飯でも行きましょうね」

ひらひらと手を振って遥さんは再び都心へ戻っていく。
車が見えなくなった瞬間、どっと身体が重くなった。なんだかとても疲れた。

「部屋に戻る?」

「はい。まだ寝足りないし」

「そっか。俺も行っていい?景吾の部屋行ったことないし」

「いいですけどゆうきはいないと思いますよ?」

「いやいや、ゆうき君が目的じゃないよ」

先輩はへらりと笑うが、絶対にゆうきが目的だろう。
遥さんに念を押されるように頼まれたので、梶本先輩も頭を下げるのだろうか。
先輩に言われたら意地でもやらないとゆうきは断るだろう。
木内先輩ならばまだしも、ゆうきは梶本先輩を憎んでいる。

パーカーのポケットから鍵をとりだし自室を開けた。
誰もいないと思っていたが、意外にもゆうきがベッドを背凭れにテレビを見ていた。

「あれ?ゆうきいたんだ」

「ああ。は?なんでお前が来てんだよ」

後ろにいた梶本先輩に気付くとゆうきは眉間に皺を寄せた。

「えー。俺が来ちゃだめ?」

「だめ。入んな」

「景吾は入っていいって言ったもんね」

「絶対にやだ。早く帰れ」

二人の応酬をはらはらと静観していた。
梶本先輩は溜息を吐き、相変わらず冷たいとぶつぶつ文句を言っている。

「じゃあ帰るよ。仁に慰めてもらうもんねー」

「勝手にしろよ」

「うわ。最後まで冷たい。少しは俺にも笑ってくれてもいいのに」

またぶつぶつと言うが、ゆうきはそっぽを向いて完全に無視している。
関わらないと決めたらしい。

「じゃあ景吾またね」

「はい」

扉を閉めて自分のベッドにダイブした。
ああ、自分の布団と枕。とても落ち着く。俯せになり目を閉じた。

「…昨日梶本と一緒だったのか?」

「あー。うん。流れで」

「そうか」

ゆうきが何かを聞きたい空気を放っている。
こちらも話さなければいけないことがある。
わかっているが今はそれよりも寝たい。たくさん眠って体力も精神力も回復しなければ。

「ごめん…。少し寝る」

「ああ。何時間かしたら起こすから」

「…よろしく」


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