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学食で話しかけて来た相手は隣のクラスの柳という奴らしい。
蓮が言っていたので間違いないだろう。
他人に関心がなさすぎてクラスメイトですら名前がわからない。
どうでもいいと思うのに、妙な忠告のせいで気になってしまう。
何かが心に引っかかる。喉に突っかかった魚の骨みたいだ。
面倒に巻き込まれるなら早々に先輩とは手を切りたい。
それから数週間、柳にいらない忠告をされたこともすっかり忘れ、最近は先輩からの呼び出しも少なくなり、平凡な生活に戻った。
昼休み、教室のベランダに出て階下に見える風景や、人をなんとなく眺めていると、見知った顔を見つけた。
木内先輩だ。外で見かけるのは珍しい。
しかも、今日は須藤先輩や香坂先輩と一緒じゃない。
先輩の腕に我が物顔で自分の腕を絡ませている人物の顔を凝視すれば柳だった。
嬉しそうに身体を摺り寄せ、大きな瞳を更に大きくして上目遣いでしきりに話しかけているようだ。
それはいい。柳も先輩のお気に入りの一人だったと考えれば、近付くなと言った意味もわかる。
問題は先輩の方。
意地悪な顔と仏頂面しか見せないくせに、柳には極上の笑みを惜しみなく与えている。
笑った顔など見たことがなかった。あんな顔もできるらしい。
呑気に考えていると、隣にいた景吾が視線の先を辿って木内先輩を見つけた。
「木内先輩じゃん。最近見なかったね。隣にいるの柳だ」
「景吾知ってんの?」
「知ってるよ。ゆうきは知らなかった?」
「この前知った」
「まあ、ゆうきは興味ないだろうけど、柳結構有名人だよ?」
「有名人?」
「そう。綺麗な顔してるでしょ?」
言われて納得。顔の造りなど気にも留めていなかったが、よくよく見れば男にしておくのは勿体無い顔、なのかもしれない。
背は俺と同じ位で、多少つり上がった瞳は涼やかで、けれども無垢な可愛らしさもある。
色素が薄い髪の毛はさらりと風に揺られるたびに色を変えた。
「まあ、むさくるしい学校のアイドルみたいなもんだよ」
男が男を崇拝するとは世も末だ。
「でも俺はゆうきの顔のほうが好みだな」
「アホか」
「てか、何で柳と先輩が一緒にいるんだろね」
「さあな」
「先輩もあんな風に笑うんだねえ。小悪魔柳にはにやけるのか…」
景吾がぶつぶつ分析する声は軽く無視し、なおも楽しそうに話している二人を観察した。
木内先輩が誰か特定の人とつきあうとは思えなかったが、あの笑顔を見ればそんな風にも思えてくる。
自分のお役目は終わったってとこだろうか。それならそれでめでたし、めでたし。
そう思っていた矢先、寮の部屋でくつろいでいると滅多に鳴らない携帯から電子音が響く。
しつこく鳴るので、メールではなく電話だと察して携帯を手に取った。
ディスプレイを見れば、木内先輩の文字。
「はい」
『俺だけど』
「何ですか?」
『部屋に来い』
用件だけ話すと、一方的に電話が切れた。
拒否権はないとわかっているが、めちゃくちゃな命令口調がむかつく。
大きな溜め息を吐き出しながら、携帯と鍵を持って腰を上げた。
「出かけるの?」
「ああ。遅くなるようだったら先に寝てていいからな」
「わかった」
「ちゃんと鍵はかけろよ」
「了ー解っ!」
ゲームに夢中の景吾は、意識を半分だけこちらに向けて返事をする。
本当にわかったのか怪しいところだ。
面倒くさいが木内先輩からは逃げられない。
重い足を何とか動かし、通いなれた部屋へと急ぐ。
部屋をノックすれば、すぐさま先輩が扉を開け中へ招き入れた。
今日は同室者は不在のようだ。
「何の用?」
先輩には柳という存在がいるのだから、自分は用なしだろう。
お役目御免になるかもしれないと期待していたのに。
それはそれ、これはこれという魂胆か。
「何の用って、お前を呼び出したら目的は一つしかねえだろ?」
「あのさ、俺が言うことじゃないかもしれないけど、他がいるならこういうのやめたら?」
別に柳に同情なんてしてるわけではないが、三角関係なんて世界で一番面倒臭いものに巻き込まれたらたまったものではない。
「…なんのことだ?」
「柳。仲よさそうにしてるとこ見たから」
「ふーん…お前も妬きもちとか妬くのか」
「馬鹿じゃねえの。何で俺が…」
「あいつは俺の従兄弟」
「い、とこ…?」
「ああ」
ぽかんと口を半開きにした。
その可能性を考えられないくらい似てない。
兄弟ではないのだから似ていなくて当然かもしれないが、それでも従兄弟という関係ではおさまらない雰囲気があったように見えたのだ。
「……柳の方はそれだけじゃなさそうだけど」
「わかってる。でも、従兄弟は従兄弟だしな」
どうやら柳は不毛な恋の真っ只中らしい。こんな男のどこがいいのか、問うてみたいものだ。
柳からしたら、このポジションは喉から手が出るほどほしいだろう。なんなら変わってやりたいくらいだ。
「おしゃべりはもういいか?」
腰引き寄せられ、性急な激しい口付けが降ってきた。
気持ちがなくても身体は正直に反応するが、こんな抱かれ方には飽き飽きした。
シャツの釦を外す彼をぼんやり見下ろした。
「……いつも気になってたんだけど何で最後までしないの?」
聞けば指の動きを止め、明後日の方向を見ながら押し黙った。
「……何でだろな」
「は?」
先輩の口から出た答えは予想外で、とことん呆れた。
自分でも特に意識しておらず、特別な答えはないらしい。本当に変な人。
身体に与えられる刺激で思考回路は上手に働かず、それ以上詮索できなかった。
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