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"転校生が来る"そんな話しをあちらこちらから聞いたが別に関係ないと思っていたし、実際来た転校生に興味も関心もなかった。
景吾の後ろの席を指定され、必然的に自分の席とも近くなった。
転校生は開口一番、自分を見て綺麗だと言った。
地雷であるその言葉に怒りが沸き上がり、そのまま教室を抜け出し屋上へ向かった。
夏の日差しを浴びるのは辛いが、陰でじっとしていれば一時間などあっという間だ。
屋上へと続く階段を静かに上り、日陰に腰を下ろす。
転校生の事を快く思わなかったのは、地雷を言われたからだけじゃない。
笑顔が嘘くさいと思った。スイッチ一つで笑顔を作っているような、張り付けられたようなそれは好ましくない。
愛想笑いの一つでもしなければ、転校生として馴染めないのだろうけど。
とにかく、あんまり深く関わりたくない。
「こんなとこで何してんだ?」
本鈴を無視して腕をアイマスク代わりにしていると頭上から聞き慣れた声が響いた。
何も物音なんてしなかったのに、いつの間にかすぐ近くにいたらしい。
「…別に」
静かに瞳を開ければ声と顔が一致する。一人になりたかったのに最悪だ。
「ふーん。拓海がうるせえから教室戻ろうと思ったけど、お前がいるならサボるかな」
「言っとくけど、ここではしないぞ」
「こんな朝から盛ったりしねえよ」
「あっそ」
誰かと同じ空間を共にするのがとても苦手だ。
景吾と馴染むのも相当時間が必要だった。
木内先輩もあまり人を好まないタイプに思える。
刺々しい雰囲気を放って牙を見せて威嚇するライオンのようだ。
「そういや、お前のクラスに転校生来たんだろ?」
「何で知ってんの?」
「涼に聞いた。どんな奴だ?」
「笑顔が嘘くさい関西人だよ」
「へえ」
楽しくお喋りをするような関係ではないし、自分も先輩も口数が少ないため二人でいても特に盛り上がらない。
盛り上がる必要もないが、沈黙だけで過ごせる程親しくもない。
早く教室でもどこでも行ってくれないだろうか。
大きく溜息を吐きながら瞳を閉じた。
何処にも行ってくれないのなら眠るしかない。
硬いコンクリートは寝心地最悪だが、仕方がないのでごろんと横になった。
すると髪をふわりと撫でられ、驚きのあまり咄嗟にその手を払った。
「なに」
今の自分は毛を逆立てて威嚇する猫のようだと思う。
「別に。髪の毛さらさらしてんなと思っただけ」
「無駄に触んな」
「つれないな、ゆうきちゃんは」
冗談めいた口調が苛立つ。
「他の奴にもそうしてろよ」
打って変わって真摯な語調で言われた。
「…言ってる意味がわかんない」
「俺以外に触らせんなって言ってんの」
今日の暑さで頭がいかれてしまったのだろうか。
恋人でもないのにそんなことを言われる筋合いはない。
眉根を寄せて真意を探るように見返した。
「俺のモノだろ?」
「…頭でも打った?」
いつもは会ってもやるだけで、会話なんてないに等しいのに今日はやけに饒舌だ。
気持ち悪い。何か企んでいるのだろうか。
確かに自分は木内先輩の暇潰しの道具だ。けれど誰の物でもないし、誰かに属するつもりもない。
「俺はあんたのモノじゃない」
「そう言うと思った。でも、他の奴にはやらせんな。絶対だ」
「さあな。それは変な目でみてくる奴に言ってくれ」
「じゃあ何かあったら電話しろ。それか、僕木内先輩のだからーとか言っとけ」
「気持ち悪い…」
冗談を言っているところを初めて見た。
木内先輩は普通に会話を楽しめるタイプの人間らしい。ただ、そんな努力を自分にしてこなかっただけで。
今日に限ってどうしたのか知らないが、気の済むまで言わせておこう。
再び瞳を閉じるとまた髪に触れられた。
何度も同じ注意をするのも面倒で、好きにさせることにした。
髪よりもっと色んな場所に触れてるのに今更だ。
「…綺麗な色だ。光りが当たると青くなるんだな」
何度も顔を合わせ、何度も身体を好き勝手したのに、今更そんなことに気付いたのか。
普段いかにお互いがお互いに興味を持っていないかよくわかる。
「それから、お前はもう少し太った方がいい」
腕をぶらんぶらんと上下に揺さぶられ振り払った。
好きにさせようとは思ったが段々鬱陶しくなってきた。
「骨が浮き出てると抱き心地悪いんだよな」
「じゃあ太ってる奴とやればいいだろ」
「嫌だ。お前がいい」
あまりにも真摯な瞳で言われ、一瞬その言葉を信じてしまいそうになる。
馬鹿か、と自分に呆れる。
暇潰しで人を玩具にするような男の何を信じようというのか。何を期待しているのか。
そろそろ潮時だと思う。
木内先輩がこちらに気紛れで興味を示せば示すほど、自分の心は白んでいく。
一歩こちらに近付かれると、自分は一歩後退する。
そうやって決められた人物以外と接点を持たないようにしてきた。
これから先もそうでありたい。
余計な人間関係はいらない。
糸が絡まるのは一瞬なのに解くのはとても苦労する。ならばその苦労をしないようにと避けて通る。
これ以上こちらに踏み込んでほしくない。
木内先輩に背中を向けて青い空を視界一杯にした。
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