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「さて、これからどうする?せっかくだしどっかで遊ぶ?」

会計を済ませ外に出て、歩道の端に寄った神谷先輩が言った。
頷こうとしたが、それより前に木内先輩が否と口を開いた。

「悪い、俺らちょっと予定があんだ」

予定?そんな話し聞いていない。食事中に理事長か会長から連絡がきたのだろうか。
しゅんと肩を落とした。渋谷に来ることなど滅多にないし、遊んだところで自分は楽しく笑うこともできないが、もう少し二人と一緒にいたかった。

「そっか。残念。また今度遊ぼうね」

神谷先輩が励ますようにぽんと肩を叩いた。それに何度も首肯する。

「んじゃ、僕たちはどうする?卓球でもやる?僕すごく下手だけどな!」

ははは、と神谷先輩は豪快に笑い、秀吉は逆に見てみたいと言った。

「じゃあな。暇があったらまた飯行こう」

木内先輩が踵を返しながら言った。
二人はそれに応え、自分も頭を下げて先輩の背中を追った。
予定とはどんなものなのだろう。聞きたかったが歩くスピードについていくので精一杯だった。
駅についても、切符を購入しているときも、先輩はこちらを向いてくれなかった。
なにか怒っているのだろうか。漸くその事実に気付く。
だけど、どこに不機嫌になる要素があったかわからない。疑問に思っても気軽に聞けない。わざわざこちらから問い質すのも違う気がする。
電車に乗っているときも、家についてからも、彼は一言も話さず、自分も機嫌を窺わず好きにさせた。
部屋に入ると木内先輩はソファに乱暴に腰を下ろした。
自分はここにいていいのだろうか。それとも一人にした方がいいのだろうか。
そんな経験すらないのでわからず、扉の前に突っ立ったままだ。

「どうした。来いよ」

手を伸ばされ、怒りの原因は自分ではないらしいと知る。
俺に怒っているならこんな風にはできないし、顔も見たくないと思うだろう。
とりあえず安堵して、ソファの方へ近付くと腕をぐっと引かれ、ソファの上に乱暴に組み敷かれた。

「いった…」

一体なんだってんだ。むしゃくしゃするから抱かせろとか、そういうことか。
未だにきちんとしたセックスを木内先輩としていないが、このままするのだろうか。
別に構わないが、乱暴にするなら今まで我慢していた意味がない。その努力が水の泡になる気がする。彼なりに気を遣っていただろうに。
上から見下ろす瞳は冷たく、出逢ったばかりの彼を思い出した。
ああ、最初はこんな目で自分を見ていた。愛情も気遣いもなく、ただの無機質な物と同列のような。

「…お前、俺といるのが不満か?」

問われた意味がわからず、は?と乾いた言葉が漏れた。

「意味がわからない。なんで急にそんなこと」

「わかってるだろ。何が不満だ。言ってみろよ」

本当にわからない。なにをどう考えたらそんな結論になるのか。

「本当にわかんねえよ。なにも不満なんてない」

「じゃあさっきのあれはなんだ」

「…あれ?」

「羨ましそうに秀吉と翔を見て、いいなって呟いただろ」

ああ、そのことか。
なにかとんだ勘違いをさせてしまったらしい。
一から百まで説明すれば納得してくれるだろうが、自分の曖昧な気持ちを言葉に変えるのは難しく、押し黙ってしまった。

「お前も秀吉が翔にするみたいに扱われたいか?」

「なに、言って…」

「優しくしてほしいならしてやるよ。甘やかされたいならいくらでも甘やかしてやる」

ふん、と鼻で笑われ、自分はそんな物欲しそうな顔をしていたのかと羞恥で顔に熱がこもった。
そんなことを考えていたわけじゃないのに。彼から見るとお菓子を強請る子どものように見えたのかもしれない。

「ほら、言ってみろよ」

「…なにもない。不満もないし、満足してる」

「…お前は口数が少ないのにいつも嘘ばかりつくな」

「いつ俺が嘘ついたんだよ」

「お前の口から出るのはいつも同じ言葉だけだ。大丈夫、嫌だ、いらない。俺がどんなにお前を大事にしても離れた場所から冷めた目で見てるだけだろ」

胸を銃弾で撃たれたような衝撃だった。
彼から見た自分はそんな風だったのか。ショックで言葉が出てこない。
何か言わなければいけないのに。そんなことない。本当に嬉しいし、好きだし、自分も大事にしたい。
なのに何を言っても言い訳のようにしかならず、歯痒くて唇を噛むしかできない。

「これ以上俺にどうしろって言うんだよ…」

諦めたように笑われ、身体が小刻みに震えた。

「…ち、がう。違う。そんなことない。俺は…」

俺は。

「隣の芝は青く見えるか?」

かっと頭に血が昇った。
傷つけあいたいわけじゃない。喧嘩なんてしたくない。まろやかな丸を描いてひびなんて入れたくない。折角見つけた。漸く手に入れた。なのに。

「そんなことない!勝手に決めつけて、勝手に怒って、なんなんだよ!少しは俺の話しも…」

「じゃあ話せよ。お前は口数が少ねえから何考えてるかわかんねえんだよ」

「俺だって先輩が何考えてるかわかんねえよ!口数が少ないのもお互い様だろ」

誰が悪いとか、誰のせいとか、喧嘩にそういう着地点はない。売り言葉に買い言葉で、問題の本質から逸れてしまう。

「俺は言葉の分態度に出してる」

「出てねえよ!」

「ほら、やっぱり何か足りないんだろ」

ぐっと喉を詰まらせた。つい反応してしまった。
自分には何も期待するな、望むなと言っておきながら、あらゆる手段と罠を張り、彼はすべてを手中に収めようとする。
あまりにも矛盾したその深層心理に呆れすら覚えるが、恋愛は理屈ではない。
誰にも、何にも、先輩にも屈しない俺を望みながらも、それを手に入れたいと欲を出す。彼の欲望は歪んでいる。

「…俺は満足してるって言った。嘘じゃない」

「そうか?」

「そうだよ!なのに勝手に勘違いして、無意味に責められて、下らない言い争いなんてしたくない!」

想いはちっとも伝わらない。手段もわからない。
秀吉たちはどうしてあんな風にお互いを全力で信頼できるのだろう。
気持ちは目に見えない。どんなに好きでも物や言葉にしないと届かない。それが酷く歯痒い。
ただ、好きなだけなのに、単純な気持ちがどうしてこんなに複雑に絡み合ってしまうのか。

「下らない?」

「下らない!こんなの意味がない!」

「ふざけんな!俺がどんな想いで――。いや、いい。なんでもない」

一度深く溜め息を吐いて木内先輩は身体を起こした。
握られていた腕が痛み、その部分を擦りながら自分も起き上がった。

「お前にわかれって言う方が間違ってるよな」

寂しそうに笑われ、なにか自分はとてつもなく彼を傷つけたのだと悟った。
でも、そんな言い方はないだろ。確かに不器用だし、感情豊かではないが冷静に一つずつ話してくれればこちらだって努力をする。
それを暴力でねじ伏せて、言葉少なく責められれば混乱しても仕方がないじゃないか。

「…なんだよ、それ…」

出た声は震えていた。

「俺だって…」

努力したい。普通の恋愛というものができるように変わらなければいけない。そう思っていたのに。らしくないのに前向きになった途端にこれだ。
自分の努力は花を咲かせる前に簡単に手折られていく。お前は黙って指を咥えながら暗闇の中にいろと言われている気分だ。明るい光りを求めるなどおこがましいと。
皆と同じように恋人に真摯に向き合って、普通に笑って、楽しい時間を共有したい。
それすらも掴む前から零れ落ちていく。

「…もういい」

「なんだよ。言えよ」

「いい」

「そうやって途中でやめるからわかんねえんだよ!」

木内先輩は肘置きに腕をついて頭を支えながら溜め息を吐いた。

「言ったってどうせあんたに俺の気持ちなんてわからない!」

拗ねたような口ぶりにはっとした。
言ってはいけない言葉だった。後悔しながら木内先輩を見ると、彼は眼光を鋭くした。

「……帰る」

「逃げんのか」

「逃げてない。喧嘩なんてしたくないだけだ」

「それを逃げるって言うんだよ」

木内先輩は諦めたように呟いた。
彼と自分は問題へ取り組む姿勢が違いすぎる。
彼はいつだって正直に真っ直ぐに見ている。対して自分は目を逸らし脇道を通り、見なかったことにして蓋をする。
そんなことをしても問題が解決されるわけではないとわかっているのに。
これ以上口を開いてもお互いを徒に傷つけるだけだ。
脱いだコートを再び羽織り、携帯と財布を握った。他の荷物は捨てるなり焼くなり好きにすればいい。
無言で部屋の扉を開けた。一度彼を振り返ったが、先輩は引き留めようともしなかった。

寮へ戻る電車の中で何故こんなことになったのだろうと考えた。
考えても仕方がない。彼の頭が冷えたらもう一度話し合うのだろうか。それともこのままさようならか。
付き合い方も知らなかった。別れ方なんてもっとわからない。
憂鬱な気持ちは流れ作業のように悪い予感を引き寄せる。





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