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梶本先輩は悪趣味な交換条件の答えを求めるようになった。
さらりと流していると、今度は景吾を遣って俺の焦りを増長させた。
可能な限り景吾を傍に置き、部屋へ連れ込み、自分はいつでも景吾を好きにできる。お前はどうするんだ。無言でそう問いかけてくる。
梶本の行動の裏側を知らない景吾は、素直に喜んでいる。
けれども彼は景吾を通して自分を見ている。
腐った人間はどこまでも腐っているものだと実感する。
景吾に辛い想いをしてほしくない。けど自分が景吾の代わりになったら今までの繰り返しだ。梶本先輩と関係を持てば、景吾までも裏切るはめになる。
それなら指を咥えて見ているしかない。
木内先輩に遊ばれたと思ったら、今度は梶本先輩に遊ばれる。
誰かの玩具でい続けなければいけない運命を呪う。

「あーあ…」

寮の食堂のテーブルに突っ伏して、折った腕の上に顔を伏せた。
意味もない、諦めに似た音が絶えず口から滑り落ちる。

「何や、いきなり。問題発生か?」

夕飯を口に運びながら秀吉が首を傾げた。

「問題だらけだよ」

何故自分ばかりがこんな苦労を、次から次へと背負わなければいけないのか。
そういう星の元に生まれたのだろうか。
この先もこんな苦労が絶えないのかと思うとうんざりする。
一番の問題はこの顔だろうか。
自分の意志とは無関係に、この顔は人を寄せてしまうもの、らしい。

「…お前さ、俺の顔どう思う?」

「は?どうって…綺麗な顔してるんとちゃう?」

「俺を見て抱きたいとか思うか?」

「っ、なんやねんお前!飯喉に詰まったやん!」

軽く咽ている秀吉に視線だけ移して、真剣に考えろと詰め寄った。

「そんなん無理に決まっとるやろ。お前男やん。まあ、お前が女やったら口説いたかもしれんな」

「きもいこと言うな」

「お前が聞いたんやろ!」

どうせならば女に生まれたらよかった。
色んな男に寵愛を受けて、それはそれは楽な人生だったかもしれない。
しかし、自分の母親は女で同じ顔だけれど、結局捕まったのはろくでなしの最低な男だったので、顔だけのせいではないらしい。
不幸体質は確実に母親から遺伝され、性別すら違えど男に苦労する人生まで同じだ。
なにか呪いでもかけられているのではないかと思う。
先祖の誰かがとんでもない罪を犯し、末代まで呪われるような。
あるわけもない空想に浸りながら、ちぐはぐに回る歯車は自分の力では戻せないのだろうと諦めた。
流れに身を任せて、行きつく先がどんな場所でも、自分では決められないし、後戻りもできない。
また口から溜息が零れて、秀吉は空いている左手でよしよしと頭を撫でた。
優しくされると甘えが生まれ、秀吉に八つ当たりをしたい欲求が生まれる。

「俺と代われよ。生まれる前から」

「なに、急に」

「うるせえ。とにかく代われ」

「うわ。暴君やわ」

聞きました奥さん、今の言葉。と一人で小芝居を続ける秀吉を軽く無視して、答えがない問題に唸り続けた。

それから一週間経っても答えは出ない。
悩みすぎて頭が痛い。色んな問題でぱんぱんに膨れ上がって、そのうち爆発すると思う。
四限の授業をサボり、また性懲りもせずに屋上にいた。
ここにいれば木内先輩の言葉を思い出してしまうとわかっているのに、その思い出にすら縋ってしまう。
今頃教室では学園祭に向けた話し合いが行われているだろう。
そんなものには興味がないし、どうせ話し合いに参加しないのだからと教室を抜け出したのだ。
澄んだ風が吹く中でフェンスに指を絡め、足元に広がる風景を眺めて過ごした。

遠くで四限を終了させるチャイムが鳴った。
教室に戻らなきゃ。なのに足が動かない。
梶本先輩の誘惑と、木内先輩への恋しさで、胸の中の糸が限界まで巻かれていく。
そのうちぷつりと切れるだろう。
そうなったとき、自分がどんな風になるのか想像できずに怖い。
食欲は一気に急減し、青白いと言われ続けた肌に骨の形が浮いている。
戻らないと心配させる。なのにやる気がでない。体力も落ちている。
なにもしたくない。このままここで干からびて消えてしまいたい。

暫くそうしていると、屋上の扉が開く音と共に景吾の声が青い空に響いた。

「やっぱりここだ。ご飯食べよ。ゆうきの分も持ってきたよ」

振り返れば、腕一杯のパンを目の前に差し出された。
景吾は薄らと笑い、ね?と促す。

「…秀吉は?」

「秀吉は神谷先輩と食べるって嬉しそうに飛んでったよ」

「そっか」

陽がよく当たる場所を景吾は好む。
眩しさは苦手だが、景吾がそうしたいのであればそれに従う。
コンクリートの上にあぐらを掻き、はいと渡される大量の食料に困惑した。

「お前じゃないんだからこんなに食べれねえよ」

「食べれるよ。ゆうき最近全然ご飯食べてないでしょ。ほら、腕もこんなに細くなった」

ブレザーに隠れていた、男としては情けないほどに細い腕を見せ付けるようにされ、曖昧に笑った。

「痩せてねえよ」

「いや、絶対に痩せたね。元から細かったのに、これ以上細くなったらゆうきがミイラになる」

「なんねえよ。ちゃんと飯も食うから。でもこれ全部は無理。お前食えるだろ?」

山盛りにされたパンの中から一つを貰うと、後は景吾に押し戻した。

「それでお腹一杯になるとか信じられん…」

「これで充分だ」

景吾は一瞬悲しそうに眉を寄せ、けれどもすぐに笑った。

「しょうがないな。ゆうきは」

心配をかけているのかもしれない。
申し訳ないとも思う。でも、食事を身体が受け付けない。無理に食べても吐いてしまう。
空腹は驚く程感じないし、自分の身体が悲鳴を上げてもどうでもよかった。
身体は自分の器で、それを大事にすることは、自分自身を大事にすることに繋がる。だからこそ興味がない。
粗暴に扱う自分に、木内先輩は口煩く苦言を呈した。でも彼はもういない。
自分にとってなんの価値もない器に戻っただけだ。
ただ、友人に余計な心配は掛けたくない。
一番傍にいる景吾には特に。

「ごめんな…」

誰にも聞き取れないような微かな声で呟く。
もう少し待っていてほしい。
そのうち以前の自分に戻ると思うから。それまではなにも言わずにいてほしい。
自分勝手な我儘だと思う。
でも、自分の心を洗い浚い晒す勇気はまだ出ない。

身体と心から木内先輩の影が完全に消えるまで、あとどれくらいだろう。
もしかしたら明日かもしれないし、一生消えないかもしれない。
どちらにせよ、苦い初恋を引き摺って歩くことに変わりはない。

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