7


「なに怒ってんだよ」

感情が読み取れない声になにも答えず眉間に力を入れる。
なにも聞きたくない。誰とも話したくない。一人になりたい。
人間関係で疲れがピークに達するとこうして一人の殻に閉じこもる。数時間から数日すれば回復するのでその間ひたすら一人で耐えるのだ。
マイナス思考にすべてを持っていかれて、考えれば考えただけとても疲れるがそうでもしないと自分を保っていられない。
すぐにでも飛び出してしまいたくなる。

「おい」

軽く揺すられる。
どうして放っておいてくれないのだろう。この人はどこまで追い詰めれば気が済むのだろう。
玩具の心に興味などないくせに、なにがしたいのかまったくわからない。

「ゆうきー」

うんともすんとも言わないものだから、焦れたように名前を呼ばれる。
それでも答えずにいると無理矢理タオルケットを剥がされた。

「ゆうき」

顔を覗きこまれて逃げるようにシーツに埋めた。

「……放っておいてくれ」

自分の声が驚くほど弱々しかった。
こんなどうしようもない気持ちになったのは久しぶりだ。
木内先輩に興味を向けられると全力で逃げたくなる。心の真ん中の芯がゆらゆらと揺れる。気持ちの悪い感覚に吐き気がする。

「どうしたんだよ。怒ったのか?」

人の言葉を理解せず、なおも構い続ける態度にどうしたら逃げられるのか考えた。
先輩の了承をとらずこっそりと寮へ帰ろうか。後が怖いからどうせできないけれど。

「こっち見ろよ」

嫌々と首を振ると、今度は身体を抱えられ抱きしめるようにされた。
力が入らないので全体重を預け、だらんと腕を弛緩させ、頬を肩に乗せる。

「何で怒ったんだよ」

子供をあやすような口調に、今度は意味もなく泣きたくなる。
心の中がごちゃごちゃすぎてどれが正解で、どれが本当の自分だったのか見つけられない。
自分自身ですら制御できない心は、まるで他人のもののようだ。
自分が自分を理解できない。それはこれ以上なく不幸な気がする。
ぼんやりとした視界で意味なく扉に目を遣った。

「おーい。無視すんなー」

ぽんと背中を叩かれるが反応できない。

どうでもいい。なにもかも。
激情が去れば今度は自棄になる。
つくづく面倒な性格だと痛感する。普段感情を押し込めているせいなのか、暴れ出したら止まらない。押し込めた分だけ猛スピードで心をかき回していく。
耳元で溜息が聞こえた。
身体を引き剥がされ、ベッドにゆっくり寝かせられる。
木内先輩も横になり、腕で頭を支えながらこちらに向き合った。
ぽんぽんとリズムをとりながら胸の辺りを叩かれる。
尋問は終了したのだろうか。
この人がなにを考えて、なにをしたいのか、本当にわからない。
面倒だと切り捨ててほしいときには傍にいるし、けれども急に手を離したりもする。
自分の願いと真逆ばかりを与えられて心底疲れる。

「…なに、してんの?」

虚ろな瞳は天井を見たまま話しかけた。

「ぽんぽんしてる」

「なんで」

「よく眠れるように」

「…あんたがいると眠れない。一人にしてくれ」

「嫌だ」

「なんで」

「嫌だから」

色々と理解したうえで、嫌がらせをされているのではないか。
振り回してぼろぼろにしたいから望みを聞いてくれないんだ。
願いを口にすれば否定され、期待を持った分失望する。それならもうなにも口にしない。
どうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さい。
好きなように扱って、玩具が壊れていくのを見ればいい。

「…お前が嫌がることはもう聞かないから機嫌直せよ」

「…別にいいよ」

なんでもいい。
虚無感ばかりが胸をいっぱいにする。
暗い洞穴はどんどん奥に潜っていって、行き止まりがどこかも忘れた。
これ以上辛いことなどこの世にないと絶望していた頃が懐かしい。
不幸に底などない。不幸が不幸を呼んで、どんどん深く引き摺りこまれる。

「…俺お前のこと好きかも」

唐突に言われ、急激に意識を引き戻される。
今度はなんの冗談だと怒りをこめてそちらを見ると意外と真摯な瞳とぶつかった。

「…なんだよ、急に」

「さあ。面倒くさいのに放っておけないっつーか…いつもなら放置するのに追いかけちまったし?」

「なに馬鹿みたいなこと言ってんだよ」

「な。馬鹿だよな。自分でも思う」

「なら言うな」

「しょうがないだろ。そう思ったんだから」

「あ、そ」

軽い口調に、自分が取り乱して恥ずかしいと思った。
どうせからかって遊んでいるだけだ。一瞬でも真に受けて馬鹿みたいだ。
心の奥底の小枝が微かな風にさらりと揺れた。それは瞬きすれば消えてなくなる小さなものだったが、そんな自分に大きく落胆した。

「冷たい奴。告白した相手に"あ、そ"って」

「じゃあなんて言えばいいんだよ」

「嬉しい、俺も、とか」

「うれしい、おれも」

「全然気持ちこもってない。すげえムカつく」

「なんだよ。うるせえな。言っただろ」

「可愛くねえなー」

「可愛くなくて結構だ」

「で、お前の返事は?」

「は?なにが?」

「告白の返事に決まってんだろ」

思いきり冷めた視線を流した。
いつまで茶番を続けるのだろう。どうせなら、俺も前から好きだった、なんて困らせてやろうか。
いつもいつもこちらがからかわれているのだから、木内先輩も多少焦ればいい。
彼のことだから焦るどころか大笑いするかもしれないけれど。
なに本気になってんの?なんて。

「…あ、そう。しか感想がない」

考えるのも面倒で結局本音を語った。
本当にそれ以外の感想はない。誰に好きだと言われてもへえ、そうなんだ。それで?と他人事のようにしか感じられない。

「お前恋愛感情欠落してんじゃねえの?」

俺の真っ直ぐな黒い髪を指で遊ばせながら、呆れたように言われた。

「そうかも」

好意を寄せる人は少ないけれどいる。
景吾や楓に蓮。その三人は大切だと思っている。友人としてだけれども。
誰かを好きだと思う激しい情熱が自分にはまったくない。理解もできない。
誰か一人だけに自分を大きく揺さぶられるなんて想像ができない。
綺麗にすっぽり誰かを愛する気持ちが欠けてしまっているのだろう。
いつ欠けてしまったかも覚えていない。

「じゃあ俺が初恋だな」

「…は?好きじゃねえし」

「好きになるし」

自信満々に言いきられて、絶対にならないと言い返す。
それでも彼は愉快そうに笑うだけだ。
やはり木内先輩はからかっているだけだ。本気で好きな相手に冷たくされたら笑っていられない。
余裕なんてないし、どうにかしようと必死になる。その結果、今まで言い寄ってきた人は無理矢理抱くという選択をした。
好きだからこそ、憎いと思えばそれも激しいもので、やけっぱちになったように俺を壊そうとした。
そういう激しさが木内先輩からは感じられない。

「お前が好きだって素直に言うまで待つけど、あんまり待たせるなよ」

「どっちだよ。ってか好きとか言わないから」

「はいはい」

「はいはいじゃない。勝手に勘違いすんな。鬱陶しい」

「怒った顔も可愛いねー」

揶揄するように軽い口調に変えられて、先輩の腕を抓った。

「いった」

「うざい。もう、ほんとにうざい」

「俺にうざいとか言うのお前だけだよ。逆に新鮮だわ」

何を言っても逆効果と知り、硬く口を閉ざすことに決めた。
罵ってもおもしろがられるし、冷淡な態度も好ましいと言われる。
どうすれば構わないでくれるのかさっぱりわからない。
ここまで馬鹿でプラス思考で考えなしの人間は初めてだ。扱いに困る。今すぐ氷室先輩を呼び出したい。自分の代わりに木内先輩を退散させてほしい。

話しているうちに、どろりと黒く濁った波が逃げるようにいなくなっていることに気付いた。
会話を繋げることに集中しているので余計な考えも持たなくていい。
一人になりたい、一人で耐えようと思っていたが、案外他人といた方が早く切り替えられるのかもしれない。
今だけ、たまたまかもしれないが、言葉を発すると、どんどん心も軽くなっているように思う。
その代りに鬱陶しい問題がやってきたけれど。

なにも考えたくないし、木内先輩はただただうざいし、この場を切り抜けるために眠ろう。
先輩に背中を向けると腰を引かれ、髪に鼻先を埋められた。

やっぱり氷室先輩を召喚しよう。
鬱陶しすぎて眠れない。

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