Episode2:プレイ・ボール

月日が経てば、僕と楓の仲も少しずつ修復できてきた。
楓は相変わらず香坂先輩に振り回されているが、二人は以前に比べれば仲良くなったと思う。
楓も楽しそうな表情を見せるときがあるし、香坂先輩と一緒にいて心の傷が癒されているのだと思う。
それくらいの力が香坂先輩にはあると思う。
心がささくれていても、どろどろと重苦しくても、絶対的な求心力でそんなものを霧散させる。
もしかしたら僕に気を遣って先輩と一緒にいるのかも、なんて考えたが楓が幸せならそれでいい。
その相手が可愛らしい女の子でも、香坂先輩でも、とにかく楓が心から笑ってくれればそれだけで幸せになれる。
僕の小さな失恋は爪痕を残しひりひりと痛むときがあるけれど、それも月日が経てば忘れられると思う。
マスコットと馬鹿にされる見た目ではまだまだ無理だろうが、もっと男らしくなって、いつか恋をして可愛い彼女を見つけて、今度は楓がしてくれたように彼女を守る。
そんな未来をぼんやりと想像しながら眠りにつくのが日課になった。そうやって自分を慰めるのだ。

今日も楓は先輩と帰るようで、僕は一足先にゆうきと景吾と寮へ戻った。
出された課題を終わらせようと机に向かって二十分ほど経った頃楓が帰ってきた。

「おかえり」

つい先ほど別れたばかりでこの挨拶もおかしいが、つい言ってしまう。
勉強していた手を止めて身体ごと楓に向きかえる。
いつもはここでただいまと笑ってくれる。
それなのに今日は返事もしないまま、眉間に皺を寄せてこちらに大股で近付いてくる。

「…楓?」

何か嫌な出来事があったのだろうか。

「蓮!お前須藤先輩に友達やめるって言ったんだって!?」

両肩をきつく握られながら軽く揺さぶられた。
すさまじい剣幕はこれが理由なのかとわかり安心した。何か特別嫌なことがあったわけでないようで。

「蓮は須藤先輩が好きなんだろ!?なんでそんなこと言ったんだよ!」

「…楓」

言い訳を瞬時に考えたがどれもこれもすぐに嘘だと見破られるだろう。
小さな嘘をつくこともできない幼稚さにうんざりする。

「何とか言えよ!」

問い詰められ瞳を伏せた。
もう放っておいて欲しいなんて投げやりになる。

「…いいんだよ、別に」

怒りがおさまるようにと笑ってみせたが、楓の表情は強張ったままだ。

「いいわけないだろ!何考えてんだよ!」

「楓は気にしなくていいから」

僕のことなど放って自分のことを一生懸命考えていてほしい。

「なんだよ、それ…気になるだろ。友達なんだから…」

肩を握っていた手を下ろし、ひどく悲しそうに言われた。
そんな顔が見たかったわけではない。
いつも笑顔の楓に戻ってほしかっただけなのに。何をしても空回りだ。
よかれと思ったことが全て裏目に出る。

「ごめん、そういうつもりじゃなくて…」

「じゃあちゃんと説明しろ。納得できないんだよ」

「…楓」

勘弁してくれ。許してくれ。請いたい言葉を呑み込んだ。
こうなった楓は梃子でも動かない。頑固という言葉で片付けられないくらい否と言い続ける。
本音を話せば楓は困ってしまう。それとも大馬鹿者と怒られるだろうか。どちらも回避したい。

「蓮本当のこと言えよ。嘘はつくなよ」

退路を断たれた気分だ。選択肢は一つしかない。
須藤先輩のことは僕が自分で決めた。それが一番いいと判断した。とてもじゃないがあのまま一緒にいられない。
例え須藤先輩と友人関係を続けたところで結果は一緒だったと思う。

「…じゃあ言うけど、怒らないでね」

前置きをすると頷いてくれたが、気に入らなければ怒られると思う。
それでも悪戯を白状する子供のように聞かずにはいられない。楓に怒られるのが一番恐ろしいからだ。

「…楓を傷つけたのに先輩と一緒にいられないと思ったから…です」

語調が弱々しいものになってしまった。親に叱られる子供だ。
楓は一瞬の間の後大袈裟に溜息を吐いた。怒鳴られているわけではないのに、溜息に身体が竦む。

「なんでそんなこと…俺が言ったこと覚えてるか?」

こくんと頷いた。

「俺に遠慮すんなって言ったよな。別れた意味ないからって」

再び頷く。このまま説教が始まる予感がする。

「覚えてんのに何で真逆のことすんのお前は!」

「だって、楓を傷つけたのに僕だけ無傷なんて嫌だったんだもん」

「もんじゃねえよ!ぶりっこしても騙されねえからな!」

楓なら騙されてくれると思ったが甘かったようだ。
ぎゅうぎゅうと頬を引っ張られる。

「いだいいだい…」

「お前はなーにもわかってない!誰もお前を責めてないだろ!なんでそうやって自分をいじめてばっかりなんだよ」

ぐいぐいと左右上下に引っ張られ涙目になる。

「いだい…」

楓の腕を叩いてギブアップだと伝えると漸く放してくれた。

「蓮、須藤先輩のところ行ってこい」

「…いいよ。先輩だって気にしてないって。他にも友達いっぱいいるし」

「先輩がどうのじゃないの。お前の気持ちのこと言ってんの」

「…嫌だ」

「れーん!」

「嫌だ!僕、自分で考えて決めた。誰かに決めてもらったんじゃない。自分で答えを出したんだ!だからこれでいい!」

「お前も変なところで頑固だな!」

「楓には言われたくない!」

「いいから先輩のとこ行けって!」

「絶対嫌だ!」

ぷいと顔を背けると再び溜息を吐かれた。
誰に何を言われても先輩のところにはいかない。
優柔不断な自分がこれだけはしっかりと答えを出した。それ以外に選択肢はないほど真っ直ぐに。
ここで先輩のところへ行ったら、そのときの自分の気持ちすら裏切る結果になる。

「…俺がもう傷ついてないって言ったら?」

言っている意味がわからず首を傾げた。

「俺……俺、香坂と付き合うことにしたんだ」

「……は?」

ぽかんと口を開く。
急に何を言いだしたのかと思った。言った本人ですら目が点になっている。
楓に嘘をつかせているのだと思った。けれど問い質しても楓は本当なのだと何度も何度も首肯する。自分も前に進んだのだから、蓮も進まなければだめだ、誰も悪くないのだから罰を受ける人間もいなくていい、と。
必至になる楓を見ているとあながち嘘でもないかもしれないと思えてくる。
最近は香坂先輩に対して嫌悪以外の感情があるように見えた。恋愛感情ではないと思っていたが、香坂先輩ならば楓を振り向かせることもできるだろう。
そしてそれに絆されたとしてもおかしくないと思う。なんせ香坂涼が相手なのだ。

「…わかったよ。楓がそこまで言うなら信じる」

ほっとしたように笑う楓を見て、やはり嘘かもしれないと、コインの裏表のように真実がころころ回って見えなくなる。
けれどもうどちらでもいい。真実がどこでも構わない。
香坂先輩ならばたくさん楓を笑わせて、とても幸せにしてくれると思う。
僕を守って気苦労ばかりかけていたときとは違う。対等な関係でいられると思うし、年上の包容力にたまには背中を預けられるだろう。
気が強くて頑固な部分も笑って受け入れてくれるといいと思う。
楓が求める相手と幸せになれるのならば、これ以上僕が口を挟む筋合いはない。
香坂先輩に楓をどうか宜しくと頭を下げたいところだが、それもおかしなはなしになるのでやめておこう。

その後、腹が減ったと楓が騒ぎ出したので一緒に食堂へ向かった。
香坂先輩と食べなくていいのかと聞けば、そんなことは気にするなと怒られた。
しかし食堂へ入れば偶然香坂先輩の姿があり、楓を押し付けてきた。
押し付ける、と言い方は語弊があるかもしれないが、恥じらう楓も可愛らしくて背中を押したのだ。
楓は恋人よりも友達を優先する部分があるから、こちらが無理矢理にでも勧めなければならない。
香坂先輩もあまりよくない噂が絶えない人だから、多少心配でもある。
火のないところに煙は立たないという言葉もあるが、楓が選んだ人なのだから外野は見守るしかないだろう。

一人になり、夕飯のオムライスを持ちながら席を探すと聞き慣れた声に呼ばれた。

「蓮!」

「…景吾…とゆうき」

「一人?こっち来て一緒に食おうぜ!」

景吾は椅子から立ち上がりこっち、こっちと手招きをする。
人にぶつからないよう慎重にそちらへ向かった。夕食時の食堂はひどい混雑だ。

「楓は?」

テーブルに着くと景吾に微笑まれ、ゆうきはよお、と小さく手を挙げた。

「香坂先輩と」

「そっかそっか」

やはり一人で食べるより皆で食べた方がご飯は断然美味しい。
会話が楽しければご飯も進む。食べ終わっても暫くお茶を飲みながら談笑した。混雑している時間帯に長いことテーブルを占領するのは申し訳ないので、そろそろ部屋へ戻ろうと立ち上がったときだった。四人組の先輩がこちらへ近付いて来た。
その中の一人と視線がぶつかるとにやりと嫌な笑みを向けられる。
こっそりと眉を寄せ、景吾たちの服を急かすようにぐいぐいと掴んだ。

「ねえねえ君、真田ゆうきだよね?」

問われているがゆうきは表情一つ崩さないで無言だ。
このまま放って去るのも手だがあまりにも失礼かと思い、ゆうきの代わりに口を開いた。

「…ゆうきに何か?」

「やっぱり真田だよ」

四人はわーとか、本物ーとか、騒いでいたが張本人のゆうきは相変わらずだ。
耳に声が届いていないかのように、先輩たちを空気のように無き者として扱っているとわかる。

「本当に綺麗な顔してんのな」

この言葉はしっかりと聞こえたようで、思い切り眉間に皺を寄せた。
ゆうきは容姿を口に出されるのが人一倍嫌いだ。
誉めているつもりかもしれないが逆効果だし、気付かなくとも仕方がないがとても怒っている。

「ご飯も食べ終わってるみたいだし、俺たちも仲間に入れてよ。色々話したいし。あっ、俺たちの部屋来る?」

ゆうき一人を差し出すわけにもいかないし、僕たちが一緒に行くわけにもいかない。

「いえ、それはちょっと…」

ゆうきを背中に隠しながらやんわりと断った。これでは押し切られてしまう。
ゆうきと景吾だけ先に行ってもらおうと決めたがそれより先に、その中の一人に強く腕を掴まれる。

「何で?変なことなんてしないよ。ちょっと話したいって言ってるだけじゃん」

素直に言うことを聞かないのが癇に障ったらしい。表情は笑顔だが力は凄まじい。

「痛っ…」

「蓮に触んなよ!」

ゆうきが必死になり腕を掴む先輩に抵抗しようとしたけど、相手は四人、こっちは三人、どう考えても力の差は歴然だ。
今度は別の先輩にゆうきも簡単につかまってしまった。

「先輩に向かってタメ口かよー」

「離せよ。触んな」

「おーおー、威勢がいいね」

景吾にいたってはおろおろと両手をぱたぱたとさせながら困惑している。
こんなとき楓がいてくれたらと願うがその姿は食堂にはない。
周りの人たちは見てみぬふりだ。この学校で他人の喧嘩や衝突に助け舟を出すヒーローはいない。
面倒に巻き込まれないように遠巻きに眺めてはそそくさと去って行く。

「じゃあ行こっか?」

「は、放して下さい!」

必死の抵抗も虚しく、僕たちは先輩に腕を引かれて無理矢理歩かされているような、情けない状態だ。逆方向へと体重をかけたり、腕を振り回したりしたが、抵抗する度に相手の力が強くなる。しつこく抵抗すれば今度は暴力が始まるかもしれない。
だからといって諦められない。僕や景吾はまだしも、ゆうきは危ないと思った。
男だとしてもゆうきならばという人がいるのも知っている。この先輩もゆうきだけが狙いなのだと思う。


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