5




拓海から貰った鎮痛剤を飲ませ、退屈だとぼやく真琴を宥めながら三日が経過した。
まだ痕は完全には消えていないが、調子も良くなったからという真琴の言葉を信じ、学校へ行くことにした。
村上君達は翌日から学校を休んでいた。彼らも怪我がまだ良くなっていないようだ。
当然の報いだと思う。社会的に抹殺されないだけでもありがたく思ってほしい。

「久しぶりの学校だ」

「…大丈夫?」

「大丈夫だよ。鎮痛剤も飲んだし、ご飯も少しなら食べれるし。あ、食欲ないって意味じゃなくて、急に食べると胃がおかしくなるから」

嬉々として教科書を机の上に乗せる真琴に胡乱な視線を向けた。
また無理をしている。感覚でわかる。
心の傷は癒えていないだろう。たった三日で癒える程度の浅いものではない。
同じ経験がないし、違う人間だから、真琴がどれほど傷ついたかは推し量れない。
自分だったら一週間は寝込んでしまうかもしれない。
言葉や身体への暴力には慣れているからと彼は笑い、その笑顔を張り付けられるまでどれほどの傷をつけられたのだろうと思う。
できれば三上君が癒してくれればと期待したが、この三日、三上君が部屋を訪ねてくることは一度もなかった。
がっかりしているのは僕だけではないだろう。

「あ、蓮」

「なに?」

「動けるようになったしさ、甲斐田君や須藤先輩にお礼渡したいんだよね」

「お礼…?そんな気遣わなくても迷惑なんて思ってないよ」

「まあ…。でもそんな親しくないのに厄介事に巻き込んだし、知らん顔するのは僕の気が済まないし」

「…そっか。じゃあ放課後買いに行こうか」

「ありがと」

放課後の約束をすれば、真琴は嬉しそうに微笑んだ。
無理して笑顔を作っているのではないか。なにをしても、なにを言っても疑ってしまう。でも見守るしかない。

四限終了のチャイムが鳴り、漸く昼休みだと伸びをした。

「真琴、お昼どうする?」

「今日は潤と食べようと思って」

「そっか」

潤は毎日真琴の見舞いに来てくれた。
真琴の話を聞いてあげていたし、見舞いの品も色々と持って来てくれた。
言葉や態度は横柄だが、彼なりの精一杯だと僕たちは理解している。
事情を話した真琴に何故もっと早く言わないのかと本気で怒っていたが、愛情があるからこその怒りだし、真琴も怒られちゃったとどこか嬉しそうに言っていた。

「蓮は?」

「僕は特に誰かと約束してないから適当に…」

「れーんー」

その瞬間、名前を呼ぶ楓の声がした。声の方向に視線を移動させれば、扉の所に楓が立っている。

「飯行くぞー」

「ちょっと待ってて」

「月島君だね」

「うん…。授業終わった瞬間に来るなんて、ちゃんと出席したのか怪しいよ…」

教科書を机の中にしまいながら小さく溜息を零した。
楓は誰かが口煩く言わないと授業をきちんと受けない気がして心配だ。
それはゆうきや景吾にも言えることだけど。
クラスが分かれて寂しいと同時に、世話しないとそれはそれで不安にもなる。長男気質が悲しい。

「月島君は今日もイケメンだねー」

「えー。前も言ってたけどそんな風に見える?」

「うん。背も伸びて男らしくなったよね。僕もあの顔が欲しい」

「そうか、真琴は楓がタイプか」

冗談のつもりで言ったが真琴は大袈裟に首を振った。

「そ、そういうわけじゃないよ!ただ、好きな顔ってあるじゃん?」

「はは。冗談だよ。イケメンなんて言われたら楓喜んでスキップするから今度言ってみなよ」

「いやあ。面と向かってイケメンですねってなんか変な人みたいじゃん」

「そうかな。ゆうきなんてしょっちゅう面と向かって綺麗だねって言われてるよ?」

「あれは、つい言ってしまうんだよ」

ごにょごにょと言い訳をする姿にけらけらと笑った。
楓が後ろでもう一度名前を呼ぶ。今行くからと告げ、お互い財布を持って別れた。

「楓、随分早かったね。僕のクラスに来るの」

じっとりとした視線で言うと楓はすっと目を逸らした。
やましいことがある証拠だ。

「俺ってば足速いからさー。まいったね」

「…僕がまいったよ…」

厭味ったらしく大袈裟に溜め息を吐いてやる。

「れーんー、もっと気楽に生きようぜ。浅倉の授業くらい出てもサボっても同じだって」

「なわけないだろ。後で泣きついてきても知らないからね」

「…蓮が冷たい」

「冷たくない。教育的指導です」

こちらは楓のために言っているのに、楓ときたらへらっと笑い、僕の両頬を片手で挟んだ。

「そんな怒んなよ。学食行こうぜー」

「ちゃんと聞いてよ」

「はいはい、聞いてますよー。蓮ちゃん」

「ちゃんって言うな!」

耳を貸そうとしてくれないが、楓らしいといえばその通りだ。

「そういえば景吾たちは?」

「それぞれ。どっかで食ってんじゃね」

「ふーん」

五人で揃って食べることも多いが、その回数は確実に減っていて少し寂しい。
それぞれ新しい交友関係があるだろうから我儘は言わないが。
卒業したら別々の道を行くわけだし、こんなことでショックを受けても仕方ない。

学食に着き、混み合う中でどうにか席を二つ確保した。
注文したきつねうどんを物欲しそうに見ている楓にお裾分けしながら楽しく過ごす。
楓と二人で過ごす時間もめっきり減ってしまった。
以前は同室だったから、校内で共におらずとも部屋に帰れば必ず楓がいて、他愛ない話をして過ごしたものだ。
今はクラスも違えば部屋も違う。
お互いの部屋に行き来してはいるが、以前が一緒にいすぎたせいか彼の存在が隣にないことに慣れない。
香坂先輩は今くらいの距離が普通であり、以前の僕達が異常だと言うけれど。

「牛乳でも買って帰りますかね」

自販機の前で立ち止まった楓に倣い、僕も何か買おうと財布の口を開けた。

「楓が牛乳って珍しいね」

「身長伸ばしたいんで」

「…身長って牛乳あんまり関係ないんじゃ…」

「マジ?でもなんか身体に良さそうじゃん。筋肉もつけたいし」

「それは僕も同じだ。よし、僕も牛乳飲む」

「蓮が筋肉…?」

「うん。僕の体質じゃ鍛えても限界がありそうだけど、少しはね」

そうしなければ、友達も家族も守れない。
真琴があんな風になって目の前が真っ暗になった。二度とあんな思いはしたくない。
大切な人が傷つけられたら、逃げずに戦える自分でありたい。

「似合わない。超絶似合わないんですけど。その顔で筋肉とか…」

「失礼な。どうせむきむきにはなれないし、平均程度につけばいいんだよ」

「待て蓮!一体何があったんだ!何に影響されたんだ!」

がっちりと両肩を掴まれ前後に揺さぶられた。
楓は悲痛な表情で、そんなにおかしなことを言っただろうかと疑問に思う。

「前から思ってたよ。ひ弱な身体嫌だなって」

「まさかお前も俺と一緒で女子にモテたいのか!素敵抱いてーとか言われたいのか!」

「…楓の頭は煩悩で一杯だね…」

楓らしいが。そんなに頑張らなくとも、楓の魅力に気づいてくれる女の子はいると思う。
真琴は楓の顔が好きらしいし。悔しいから教えてやらないが。
それでなくとも、香坂先輩がいるのだから女の子にモテる必要はない。好かれたところで付き合えないのだから傷つけるだけだ。
それとこれとは別なのだと楓は力説するだろからなにも言わないけど。

「いざという時のためにだよ」

「いざ、ねえ…。そんなことしなくてもお前に手出そうなんて馬鹿はいねえと思うけど」

「そりゃ、僕はモテませんけど。友達が喧嘩に巻き込まれたりとか、なんか、色々だよ」

「んなことないですよ。蓮ちゃんは可愛いですよー」

ぐりぐりと頭を撫でられ、やめろと払いのけた。

「須藤先輩にも止められると思うけど」

「いいもん。誰に何を言われてもこっそり鍛えてやる…」

「それを無駄な努力と言うのだよ夏目君」

僕の肩をぽんと叩くと楓は高らかに笑った。
絶対に見返してやると誓ったのは言うまでもない。
楓よりも男らしい身体になってやる。馬鹿にしてごめんなさいと言わせてやる。

「そこのお二人さん邪魔やで」

邪魔という言葉にはっとした。つい熱くなって牛乳を片手に自販機の前で話し込んでしまった。
すいませんと頭を下げようとすれば秀吉と柴田君が並んでいる。

「出たな柴田!」

「おー、ちんちくりんの楓ちゃん。牛乳なんか飲んでどうする気だ?」

「うっさいお前には関係ねえだろ!」

「それを無駄な努力というのだよ月島君?」

先ほど僕に発した言葉をそのまま返され、楓は柴田君と恒例の口喧嘩が始まった。
秀吉はそれを楽しそうに眺めるばかりで止めに入ってはくれない。
二人は放っておいて牛乳パックにストローをさして溜め息を吐いた。
すると、少し離れた場所で三上君が壁に凭れているのを見つけた。
どうやら三人で共にいたらしい。咄嗟に三上君に駆け寄った。

「あの」

声を掛ければ右目だけで見下ろされ、その威圧感に狼狽しそうになる。
臆病な性格は一日、二日で治るものではないらしい。

「なに」

狼狽える僕に痺れを切らしたのか、多少苛立った声色で促され、何を言おうとしているのかを懸命に頭の中で整理する。

「真琴、今日から学校来てて…」

「…あ、そ」

だから?と続けて言われそうで、言葉を遮るように口を開く。

「無理なお願いかもしれないけど、少しでもいいから真琴の話し相手になって欲しいっていうか…」

「…なんで俺が」

「元気に振る舞ってるけど精神的にも辛いだろうし、三上君が励ましてあげれば…」

元気になるはずなんだ。
そう言おうと思ったが、三上君は壁から身体を起こし、僕に向かい合い至近距離で見下ろされたため咄嗟に口を閉じてしまった。

「夏目、それってあいつのため?」

「…そうだけど」

「へえ、友達想いだな」

「…三上君も友達想いだから真琴を助けてくれたんじゃ」

「別に、俺はそんないい子ちゃんじゃないし」

口ではそう言っても実際に助けてくれたのは事実で、真琴も僕もとても感謝している。
根は悪い人ではないのだと思う。
言葉や態度は誤解されやすいのかもしれないが、秀吉だっておもしろい人だと言っていた。
だからきっと話せばわかってくれると信じていた。

「俺、泉と関わりたくねえの」

信じていた心がばりん、と割れた音がした。

「…そんなに嫌いなの」

「嫌いっていうより苦手」

「少しだけでもでもいいんだけど…」

懇願すれば三上君はぽんと僕の肩を叩いた。
もしかしたら了承してくれるのかと思い彼を見上げたがそんなに甘い相手ではなかった。

「俺ね、人に指図されんの一番嫌い。あいつ絡みなら特に」

彼は僕の身長に合わせるように屈んで耳元で静かに言うと秀吉達の元へ去った。
ぞっとするような冷たい声だった。
三上陽介という人間が益々わからなくなる。
優しいのか、冷酷なのか。
真琴を助けてくれた。だから極悪人ではない。傷ついた者を労わる心は持っている。
だけど三上君の言葉にがっかりと肩を下ろす。
話せばわかってくれるなど、そんな甘い理屈が通用しない相手だ。
少しでも真琴の役に立てればと思ったが、また失敗に終わってしまった。
誰かのために何かしたいと願うのに、いつだってそれは空振りに終わってしまう。
牛乳を飲みながらとぼとぼと教室へ戻った。

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