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「蓮、何かいいことでもあった?」

眼鏡の奥の瞳を弧を描いて拓海が言った。
通常授業が始まったその日、拓海と昼食を共にした。今日は天気がとてもよく、小春日和なので中庭で購入したパンに齧りつく。

「何でですか?」

「なんとなく。楽しそうな雰囲気があるから。で、なにがあったの?」

「えーっと…。大したことじゃないんですけど」

前置きをして同室者と気が合いそうで嬉しかったし、クラスも同じになれたと簡潔に話した。
最初は香坂先輩を呪おうと思ったが、今は感謝していると言うと彼は笑った。

「涼に言っとく」

「だめ!だめですよ。僕が殺されますから」

必死で首を振った。
本当になにをされるかわかったものではない。もしかしたら自分ではなく楓に八つ当たりされるかもしれない。
そうなったら楓に小一時間はお説教される。

「確か、泉真琴君、だっけ?」

「おー。よく知ってますね」

「蓮に関わることならなんでも」

笑顔でさらりとすごいことを言われた気がする。
それは一歩間違えるとストーカーというやつだが、それが嬉しいか気持ち悪いかは相手によるらしい。
拓海ならば嬉しい、の方が勝つから咎められない。

「仲良くなった記念に一緒に携帯で写真撮ったんです。見ますか?」

「それは是非」

拓海に頷かれ、そそくさと携帯をポケットから取り出した。
百点満点をとったテストを親に見せびらかす子どものようだ。
幼稚で些細な出来事だが、本人にとっては永遠に忘れることがない小さな思い出。

「これ…」

拓海は携帯を覗き込むと益々安心したように微笑んだ。

「うん。仲良くできそうな感じするもん」

「活発と繊細の丁度中間って感じで、景吾と僕を足して二で割った感じです」

「それはまた、対極同士を掛け合わせたね」

「そうですか?」

首を傾げるとよかったねと大きな掌で頭を軽く撫でられた。

同室になって日は浅いが、共に過ごす時間のほとんどを共に過ごし、お互いのことも少しずつ把握できてきた。
まだクリアしていないゲームに必死になるようにお互いを理解し合っている。
最初の印象はそのままに、共にいる時間が増えると気兼ねする様子も薄れ、話すとおもしろい人らしいと知った。
ずっと楓と一緒にいて、友人も多くなく、見ている景色も狭かったので新鮮であり、視界が少し開けたようだ。
勿論、楓たちとの友情はそのまま変わらず大事にしたい。

「じゃあ僕も泉君とやらとお友達になろうかな」

「ぜひ。真琴も喜ぶと思います」

真琴がふにゃりと破顔する表情を思い出して、次に彼にされた衝撃の質問を思い出した。

「あ、そういえば拓海のことも聞かれました」

「なんて?」

「つきあってるのか、って…」

「…そう。なんて答えたの?」

「正直に答えましたよ。真琴も気にする様子もなかったし」

ゲイだから、というのは言わないでおく。いくら拓海が相手でも迂闊に口にしていい話題ではない。きっと真琴が必死に守り続けた秘密だし、それを自分に打ち明けるにはものすごい勇気が必要だったと思うからだ。

「噂になってるって言われてびっくりしましたよ」

「人はそういう話しが好きだからね。でも人の噂も七十五日っていうし、未だに言ってる人はいないと思うよ」

「へえ。そうなんですか」

確かに毎日様々な噂が耳障りなほど飛び交っているが、茶化すような話しばかりで次の日には誰も気に留めない。
なんにでも好奇心が旺盛で、アンテナが動けばまた別のものに目を移らせる。
人間なんてそんなものだ。特に高校生なんて。

「まあ、一年生とかは珍しくて話してるかもしれないけど。涼や仁なんて格好の餌食だし」

「あー、わかります。僕もかなり以前から知ってましたし」

いい意味でも悪い意味でも目立つので、憧憬を向けられたり憎悪を向けられたり、香坂先輩は多忙だ。
本人に気にした様子はさらさらないので流石の一言だ。
実際、香坂先輩と話せば噂など下らないと一蹴できる。
あれも、これも真実とはかけ離れていて噂に踊らされるのがどれほど愚かなのか知った。
女遊びが激しいという部分は当たっていたが。未だに少しだけ楓が心配だ。
うーん、と唸っていると背中を押される衝撃に前屈みになった。

「れーん!」

「う…。重い…」

その声と行動から景吾だとすぐ当てられる。
振り返るとやはり景吾で、隣には秀吉もいた。

「景吾はいつも行動が突拍子もないんだから…」

「はい、さーせん」

全然反省する気ないだろ景吾。

「いや、クラスも違うし蓮不足なわけよ。マイナスイオンが恋しくなったっていうか」

「またわけわかんないこと言って…」

「わけわかんなくないって。ね、須藤先輩」

急に話しを振られた拓海はうんうんと頷いている。

「わかるよ景吾君」

「ですよねー。さっすが須藤先輩っす」

「お、なんか誉められたからこれあげる」

拓海は相変わらずな景吾の屈託のなさに微笑みながら、パンを一つ差し出した。

「須藤先輩、ほんと男前!」

「はは。ありがとう」

景吾は嬉々としてそれを受け取り、さっそくパンに齧りついている。
相変わらず元気なようで安心した。
クラスも離れてしまったし、寮の部屋も近くはなくて、お互いの同室者に遠慮もするし、なかなか遊びに行けずに寂しかった。

「ん、何それ?」

景吾は変わらず僕の背後から首に腕を回したまま携帯を指さした。
そこには、真琴と僕の写真が映ったままだ。

「僕の同室の子だよ」

「へー!蓮の同室者見るの初めてかも。名前は?」

「泉真琴」

「泉真琴ー?あー!俺知ってる!」

景吾は噂によく通じているし、顔も広いから知っているのかな、なんて思ったがどうやら違うらしい。

「俺の同室者ね、確かこの子と幼馴染!んで、この子の話し聞いたことあるよ。すごくいい奴だって言ってた!俺とちょっと似てるって言われたんだ」

ああ、そういえばそんなことを自分も聞いていたかもしれない。

「そうだね、似てるとこあるよ。真琴は景吾よりだいぶ大人しいけど」

「あ、傷ついた。うるさいって言われて傷ついた」

「冗談だよ」

くすくす笑うと景吾も笑う。
離れている時間は些細なものだが数ヶ月会っていなかった友人に再会した気になる。
それだけ、以前は共にいる時間が多かったということだ。

「俺の同室、学って言うんだけど、秀吉と同じクラスで仲いいんだよね?」

「せやでー」

「へー。前も思ったけど東城って意外と狭いよね」

学園は広く人数もそれだけいて、同じ学年でも名前も顔も知らない方が多いくらいだが、こんなところで共通の友人を見つけるとは思わなかった。

「須藤先輩が狭くしてるんとちゃいます?」

「えー。秀吉君心外なこと言うなー」

秀吉の言葉の真意はわからないが、この二人が話し出すと自分の出る幕はないので放っておいた。
たまに難しい会話が始まるのでそんなときはぱたりと耳を閉じる。
楓ではないがそんな話題、頭が痛くなる。

「今度遊びに行っていい?俺も友達になりたい」

「いいよ。いつでもおいで」

景吾は友人をつくるのが得意だし、知らない人と仲良くするのが大好きだ。
色んな人、色んな性格、考え方を吸収するし、自分の価値観は押し付けない。
広く、浅い交友関係も持っているし、知らないことがないほどに深い友人もいる。
どんな相手でも景吾と話すと楽しそうに笑うのだ。
景吾が人間が大好きだと空気で伝わるから、相手も好意を感じ取ってすんなりと心を開く。
だからきっと真琴も仲良くできる。似ている二人なのだから。逆に同族嫌悪にならなければいいけど。


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