2

景吾が言った通り、無事に仲直りを済ませられその晩はぐっすりと眠れた。
楓が否と言うのならば、須藤先輩のことは悪く思っていないけど、もう関わらないと決めた。

しかし翌日の夜、一人で学園近くのコンビニに菓子や飲み物を買いに行った帰りに会ってしまった。須藤先輩に。

「あれ、夏目君」

「あ…こんばんは…」

関わらぬようにと決めたが、相手から話しかけられれば無碍にはできない。
まさかあからさまな無視をするわけにもいかない。

「買い物?こんな夜に一人で、危ないよ」

「いえ、女の子じゃあるまいし大丈夫ですよ…」

私服姿の須藤先輩はぐっと大人びて見える。とても高校生には見えないし、一歳の差しかないにも関わらず、自分との違いに落胆する。
僕も先輩くらいの身長が欲しいし、顔も狸に似ていると形容されるような童顔から脱したい。

「いやいや、最近は物騒だから。僕送ってくよ。行こう?」

「え、いや、あの…!」

こちらの返事を待たずして、強引に腕を引かれ歩みを進める。
須藤先輩は数人の友人といたのにそちらを放り投げたようだ。

「あ、あの!お友達大丈夫なんですか?」

「ああ、あいつらは大丈夫だから気にしないで。それより夏目君の方が心配だからね」

「…でも…」

楓に対する罪悪感で胸が締め付けられる。
こんな場面を見られたら、いらぬ誤解を招いてしまう。
寮まではたいした距離ではないが、楓を怒らせることはしたくないし、自分でも関わらないと決めたのに。
強く腕を振りほどけば須藤先輩は放してくれるだろう。困るのだと必死に伝えればわかってくれるだろう。
楓のためならばできないことなどないと思っていた。
なのにそれができない。
何より須藤先輩と関わらないと決めたのは楓のためで、自分の意思ではないのが困った。
大人びた容姿も、穏やかな雰囲気も、思慮深いところも、一度話しただけのたかが後輩である僕にまで見せる気遣いとか、憧憬せずにいられない。
過った悪魔に心を浚われる寸前、楓の顔が頭を過り小さく首を左右に振る。
いけない。香坂先輩に関わること全てと決別しなければ楓が可哀想だ。
例え心の中で、誰にも悟られないとしても、そんな自分が許せない。
寮はすぐそこ。これが最後だ。
学園は広いし、先輩と偶然でも会うことはないだろう。委員会のときはひっそりと息を潜めていればいい。
入口に着き、先輩が漸く腕を放してくれた。

「…ありがとうございました…」

別に送られずとも僕は男だし何もあるわけがないが、気遣いに対して礼を口にした。

「どういたしまして」

「じゃあ…」

「あ、待って。夏目君、たまに僕とお話しない?」

「え…?」

言っている意味がよくわからずに首を捻る。何か僕から聞き出したい情報でもあるのだろうか。
まさか、香坂先輩が楓を諦められず情報を欲しがっているとか…。
邪推してみたが、香坂先輩ならばそんな回りくどい方法などとらず、直球で勝負すると思う。
暫く逡巡していると、須藤先輩がふっと笑った。

「そんな警戒しないで。ただ先輩と後輩としてお話ししようってこと。月島君は僕たちのことを良く思っていないだろうけど、偶然会っても避けないでほしいって言ってるんだよ」

「…はい」

咄嗟に頷いてしまって、すぐに後悔した。断ることができない性格を今ほど憎んだことはない。

「じゃあ、またね」

春風に煽られて靡く髪を抑えながら、須藤先輩は闇に溶け来た道を戻る。もう少しで門限の時間だというのに。
後姿を眺めながら、とんでもない約束をしてしまったと後悔した。
けれども、今自分の頭を占めるのは、優しくて優等生然としている須藤先輩から危険な香りがしたことだ。

部屋へ入れば楓が僕の帰りを待っていた。

「遅かったな」

「うん、ちょっと何を買おうか迷っちゃって…」

楓の顔を見た瞬間、罪悪感からうまく目を合わせられなかった。
隠す必要はない。偶然会ってしまっただけでやましいことなどない。
須藤先輩からの提案も断れなかったが、楓ならば僕の性格上仕方がないと言うだろう。
実際に会わないように工夫すれば話すこともないのだし。
けれどもどうしても言い出せない。須藤先輩の名前が出た瞬間に言い争いになってしまいそうだし、平和に過ごすには多少の隠し事も必要と結論付ける。
やましいことはないはずなのに、この後ろめたさはなんだろう。
嘘をつくということに慣れていない。隠し事など器用にできない。
やはり明日、須藤先輩に理由をきちんと説明した上で提案を断ろう。
上手く話す自信はないが、僕は楓が一番大切で、だからいつも笑っていてほしい。
余計な喧嘩はしたくないし、傷つけたくもない。

三日後、意を決して須藤先輩に会いに二年の教室が並ぶ階へと歩いた。
昼休み中なので、教室に先輩がいれば話す時間はあると思う。
皆には職員室に行ってくると嘘をついてしまった。
勇気を振り絞るのに三日もかかってしまったが、罪悪感に蝕まれながら生活するよりましだ。

D組の扉の前、一度深呼吸をする。ちらりと覗いてみたが、人が多くてよくわからない。
近くにいた先輩に須藤先輩を呼んでもらうように頼むと、いつもの笑顔で先輩が挨拶をしてくれて、胸が痛んだ。

「あの、お話しがあるんですけど…」

「…場所を移そうか。ここはうるさいからね」

そう言って先輩の後を付いていけば、立ち入り禁止の屋上についた。
屋上には初めて入ったけど、学園自体の建物が高いせいもあって見晴らしがとてもよかった。外の風も心地いい。

「で、話って何かな?」

言わなければ。楓に嘘をつくのはもう限界だ。

「あの…この前、これからもお話ししようって言ってくれた事なんですけど…僕できそうにないんです」

「…どうして?」

「以前教室の前で須藤先輩と話した後、楓と喧嘩になっちゃって…楓の嫌がることはしたくないんです。でも、昨日は嬉しくてつい…楓に嘘をつくのも辛いし…だから…」

正直に話せば、先輩はフェンスに寄りかかっていた身体を起こして手を顎に持っていき、何かを考えているようだった。

「…なるほど。楓君が僕に嫉妬しているってことかな?まあ、涼のこともあるから、楓君も僕と夏目君が仲良くするのは許せないのかな?」

「多分…」

「でも、夏目君は嬉しいって思ってくれたんだよね?それって僕のこと、少なくとも嫌いじゃないんでしょ?」

「嫌いなんて、そんな…」

「じゃあ夏目君のしたいようにするのが一番だと思うよ。夏目君と楓君は恋人同士だけど、だからって相手のすべてを束縛していい権利はないはずだよ。夏目君も、楓君が大事な気持ちはよくわかるけど、それじゃあ世界が狭くなってしまう。君にとってそれはマイナスだと僕は思うんだけど」

須藤先輩の言葉はもっともだ。
お互いがお互いを大事にすればするほど、世界が狭くなっている。
世界に二人だけならばこんな悩みもしなくてすむのにそうじゃないから難しい。
反論する言葉も思いつかず、がっくりと肩を下ろした。

「ああ、別に責めているわけじゃないんだよ。二人のつきあいに僕が口を挟める立場でもないし…君がいいと思う答えを出せばいいよ。自分に正直にね。でも、僕は夏目君を困らせたいわけじゃないから」

先輩が言ったと同時にお昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り、先輩は笑顔で教室へ戻って行った。
僕も授業はちゃんと出ようと、教室へ戻ったが、授業中も頭の中には須藤先輩に言われた言葉がぐるぐる回っていて、とても授業に集中できるような状態ではなかった。


[ 2/32 ]

[*prev] [next#]
>


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -