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むすっとした表情がおかしくて、拓海の髪を撫でた。
子どもの小さで囁かな我儘すら聞いてあげない母のようで、でもそれはその子を思っての愛情でもある。
「拓海今日は子どもみたい」
「僕はちゃんと子どもだよ。まだぴちぴちの十七歳」
「そうだけど…。もっと小さい感じ」
「たまには蓮に甘えたいんだよ」
うっとりと瞼を閉じながら僕の指の感覚を楽しんでいるようだ。
「…可愛いなあ」
「え」
「あ、ごめんなさい」
ぱちっと瞳があいたので、失礼な言葉だったかと狼狽した。
「ただ、拓海が子どもで、僕がこの歳だったらこんな風に可愛がったなあと思って」
「それじゃあ蓮はショタコンになるよ」
「変なことはしませんよ!」
「そう?僕だったら子どもの蓮にも手出しそうだな」
「それただの変態ですって…」
呆れたが、拓海は気にした様子はなく可愛いのが悪いときっぱりと言った。
「たまには蓮に甘えるのも悪くないな。僕は末っ子で、蓮は長男だから、やっぱり無理に甘えても無条件で許してくれる空気が蓮にはあるもんね」
「…そうですか」
「うん。だから楓君たちも蓮に甘えるんだと思う。今まで知らなかったけど、蓮に甘えるのはすごく心地いいよ」
「…僕も、拓海が子どもっぽいと安心します」
「えー。僕は嫌だよ。早く大人になりたいもん」
「僕は…。僕はずっと高校生でいたいです」
ふと漏れてしまった本音にしまったと視線を泳がせた。
空気が一瞬引っ張られたようになり、拓海が優しい声色を出した。
「それもいいね。ずっとあの東城の箱の中でぬくぬくと幸せに暮らせられる」
ぐっと腰を引き寄せられ、反射的に顔を上げた。ね?と微笑む拓海の顔がそこにあって、無性に安心した。
「寝ようか」
最初と同じように彼の胸に顔を擦り付ける格好になる。
上を向いてと言われたので首を上げると優しい口付けをされた。
寝ようか。その言葉とは裏腹にそれはなかなか終わらず、遂には口腔を舌で好き勝手された。
ようやく唇が離れた頃には頭がぼんやりとした。
「ごめんね。甘えん坊な自分を見せちゃったから、男らしいところも見せないと、と思って」
拓海は悪戯が成功したような顔をしながら濡れた唇を親指できゅっと拭った。
「…その顔は心臓によくないなあ」
「どんな顔ですか」
「可哀想で、可愛くて、大事にしたいけどぐちゃぐちゃに壊したくなるような顔」
「どっちですか?」
「今は壊したいかな」
「…して下さい」
「…え?」
「して、下さい」
「…蓮からそんなこと言うなんて珍しいね」
勢いで言ってしまったが失敗だったかもしれない。
あまり浅ましいところは見せないように努めてきた。けど僕だって男だ。そういう欲はあって、不安を訴える隙間にはひゅうひゅう風が吹いていて、今すぐその場所を埋めたい。
「お願い。お願いします」
彼のシャツをぎゅっと握った。
背徳感を感じずにはいられない。拓海の家族に対して。だからこそこの場所で繋がりたい。
ここでもできる?そんな風に拓海を試しているようで、だけど確認がしたい。
押し潰されそうな心をもう一度奮起させたい。
「どうしたの?」
心配するように覗き込まれ、煮え切らない態度に苛立った。
「僕だって男ですよ」
真っ直ぐに瞳を見て言いながら彼の頬に手を添えて口付けをした。
好きにさせてくれたが、途中で身体を入れ替えてベッドに深く沈められる。
唇を放して下から見上げれば、彼の瞳には燃えるような熱がこもっていた。
「…まいった。一瞬、蓮なら抱かれてもいいかなって思っちゃったじゃん」
「いつでも抱きますよ?」
「いやあ。できればこれからも抱く側でいたいんだけどね」
言いながら鎖骨に口付けられ、軽く噛まれた。
口付けながら身体中に舌を這わされ、指で弄ばれ、限界が間近に迫った頃には頭の中が真っ白になった。
いつものことだが、もう少し快感に強い身体になりたいと思う。
こんなすぐ、ぐずぐずに溶けてしまっては面白みがない。
時間をかけて身体を開かれ、我慢すればするほどに理性とか、恥じらいとか、小さな鎖がぷつり、ぷつりと切れていく。
「拓海、もう、いいから…」
「…でも、痛い思いしたら嫌でしょ」
何度身体を重ねても最初は違和感に慣れなくて、身体が馴染むまでに時間がかかる。
冷や汗を掻きながらそれに耐えていることを彼も理解している。
だからあやすように、気を逸らせるように優しく色んな部分を撫でてくれる。
「じゃ、じゃあ一回イかせてください」
「それもだめ」
ぎゅっと根本を握られて小さな悲鳴が零れた。
「い、たい…。お願い…」
「お願い?ちゃんと言ってよ。僕が欲しいって」
言葉で嬲られるのは好きではない。ひどい羞恥が押し寄せるし、胸がざわつく。
だけど、意地悪な顔をしている拓海は貴重だ。いつもの優しいセックスも好きだけど、そんな優しさなんて投げ捨てるくらい狂ってほしいときもある。
「…欲しい」
「僕とセックスしたい?」
「したい。拓海じゃなきゃ、嫌だ…」
我慢しすぎて生理的な涙が溢れた。
爆発寸前の熱はじわじわと身体の中を蝕んでいく。このままいったら自分が自分ではなくなる恐怖。そんな風になってたまるかと堪えるけど、時間の問題で、だから早くしてほしい。
「…優しくできないかも。明日辛かったらごめんね」
「そんなこと…」
どうだっていい。そんなことを考えられる余裕がもどかしい。
「じゃあ、声、我慢してね」
耳元で囁かれ、それにすら肌が粟立って何度も首肯した。
わかったから。ちゃんとするから。
ご褒美を目の前でちらつかせられる犬のようだ。惨めなのに縋るしかできない。
じりじりと圧力をかけられて、待ち望んだはずなのに喉の奥が引きつる。
先端を呑み込んで眉根を寄せた。いつだってこの瞬間が一番苦しい。
もっと簡単に繋がれる身体ならいいのに。
「大丈夫?」
拓海の声が掠れている。息を詰めて、かなり気を遣ってくれているのだとわかる。
「大丈夫だから…」
首に腕を回した。辛さの後には量れないくらいの幸福が待っている。
そのためなら苦しくとも痛くとも我慢できる。
「ごめん」
謝ってから最奥まで貫かれた。
「う、あ――」
自然と眉根が寄る。想いとは裏腹に、身体の反応は正直だ。
それでも暫くすれば苦痛と入れ替わるように快感が生まれる。
「蓮、蓮――」
名前を呼ばれる度に鼓膜が嬉しさで震える。
「っ、もっと、もっと呼んで」
「蓮、好きだよ」
いつもより低く、熱っぽく掠れた声に胸の奥がうずく。
この声が好きだ。余裕がない表情が好きだ。抱かれているのに自分の手中に彼が堕ちてきた気になれる。
拓海は僕の身体を僕以上に理解している。
深い快感が生まれる場所を容赦なく責め立てられ薄く開けた口から声が漏れてしまう。
我慢しなくれてはいけない。咄嗟に手の甲をきつく噛んだ。
「だめだよ。痛くなる」
優しく手を振り払われ懇願するように見上げた。
「声…。我慢、しなきゃ…」
「…もういいよ。そんなことどうでも」
冷淡に言い放って昂った部分を優しく包まれた。
「だ、めだ…。やめて」
「なんで。気持ちいい方がいいでしょ?」
「今は…」
強すぎる快感はやらなければいけないことを頭から消し去る。
一度口を開けばひっきりなしに嬌声が漏れた。自分でも耳を塞ぎたくなるような甘ったるさだ。
「ごめ――。我慢、できない」
「蓮、可愛い」
どろり。甘い蜂蜜を頭の中に流し込まれたようになる。それ一色になって甘すぎて胸焼けがしそうなのに、いつまでも浸かっていたいと思う。たとえ息ができずとも。
「たくみ、拓海――」
熱を共有して一緒に溶けてしまおう。そうしたら永遠に一緒にいられる。そんな、錯覚に浸っても今は罰が当たらないだろうか。
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